Scene 3 辞退 ― 勝利の否定
応接室の空気は、整いすぎていた。
香炉の甘い香り、磨き上げられた机、壁に掛けられた王国史の肖像画。
ここで語られる言葉は、いつも「決定事項」であるはずだった。
だからこそ、その場に集められた者たちは、すでに結果を疑っていなかった。
高官たちは柔らかな笑みを浮かべ、
教会関係者は祈るように手を組み、
貴族代表は「当然の流れだ」という顔をしていた。
――英雄の椅子は、もう用意されている。
あとは、本人が座るだけ。
クラウディアは、その中央に立っていた。
装いは控えめで、飾り気はない。
勝者に与えられるはずの華やかさを、最初から拒むような姿だった。
「あなたの判断が、国を救った」
誰かがそう言った。
続けて、別の誰かが言葉を重ねる。
「混乱を最小限に抑えた功労者です」
「今後は、ぜひ政務にも――」
クラウディアは、相手の言葉を最後まで聞いた。
遮らず、否定もせず、ただ待った。
そして、全員の視線が自分に集まった瞬間、静かに口を開いた。
「――辞退します」
声は小さかった。
だが、不思議なほど、はっきりと響いた。
応接室に沈黙が落ちる。
「私は、国を導いたわけではありません」
感情は乗っていない。
自己弁護でも、謙遜でもない、事実の提示だった。
「秩序は、皆さん自身の選択の結果です。
私はそれを、少し整理したにすぎません」
誰かが口を挟もうとしたが、言葉を見つけられなかった。
「ですから――私の名を使う必要はありません」
それだけ言って、クラウディアは一礼した。
困惑が広がる。
不満も、確かにあった。
だが、誰も反論できなかった。
彼女は正義を否定していない。
功績も否定していない。
ただ、「その物語の中心に立つこと」を拒んだだけだ。
英雄にならないという選択は、
誰かを傷つけることも、誰かの顔を潰すこともない。
だからこそ――
誰にも否定できなかった。
クラウディアは背を向け、静かに部屋を出た。
勝利を手にした者の背中ではない。
役割を終えた者の、淡々とした歩き方だった。




