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悪者――『誰も清くない王国で』  作者: 南蛇井


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Scene 7 小さな事件

人の輪の中で、声が少しだけ高くなった。


「……でも、正直に申し上げますと」


 噂好きで知られる貴族令嬢が、

 扇子の陰からリリアを見ていた。


「そのように注目を集めるのは、分不相応ではなくて?」


 言葉は丁寧。

 しかし、選ばれた語尾には、刃がある。


 周囲が、気配を殺す。


 リリアは一瞬、言葉を探すように瞬きをし、

 それから、柔らかく微笑んだ。


「ご忠告、ありがとうございます」


 声は穏やかで、

 反論も、否定も、含まない。


「皆さまのおかげで、身に余る光栄をいただいているだけですから」


 頭を下げる。

 話を、そこで終わらせる所作。


 場は収まった――はずだった。


「ほら、やっぱり」


 令嬢は満足げに息を吐く。


「謙虚を装って、うまく立ち回っているだけですもの」


 空気が、わずかに歪む。


 そのとき、

 低く、切れ味のある声が差し込んだ。


「場をわきまえなさい」


 一言。


 視線が、声の主へ集まる。


 クラウディアだった。


 歩みを止め、

 令嬢を正面から見据えている。


「ここは社交会です。私的な感情を持ち込む場所ではありません」


 声量は抑えられている。

 だが、逃げ場を与えない。


 令嬢は、言葉を失った。


 反論する理由も、味方もない。


 沈黙。


 そして、視線を逸らし、

 小さく頭を下げる。


 それで、終わるはずの出来事だった。


 だが――


「……やっぱり、きついわね」


「人前で、あんな言い方を……」


 囁きが、波のように広がる。


 秩序は守られた。

 争いは止められた。


 それでも、評価は逆に動く。


 リリアは、守られた存在。

 クラウディアは、威圧する存在。


 事実よりも、印象が勝つ。


 クラウディアは、

 自分に集まる視線の意味を理解していた。


 だが、弁解はしない。


 ただ、もう一度だけリリアを見る。


 そこに、敵意はない。

 あるのは、距離だけだ。


 その距離が、

 後に“悪意”と呼ばれることを、

 この場の誰もが、疑わなかった。

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