表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪者――『誰も清くない王国で』  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/81

Scene 4 リリア ― 名前が消える瞬間

教会の記録室は、祈りの場とは似ても似つかない静けさを湛えていた。

 高い棚に並ぶ帳簿は革の背を揃え、埃一つ許さぬよう丁寧に拭われている。ここでは奇跡も涙も、ただ「整理」される。


 王子廃位の報が王都を巡ってから、数日が経っていた。

 騒動を総括するため、年表と公式記録の改訂が進められている――その作業は、信仰よりも事務に近い。


 書記官の指が、淡々と頁を繰る。

 「最近の王都騒動」。

 見出しの下に並ぶ箇条書きは整然としており、そこに感情の居場所はない。


 かつてあった一行が、そこにはなかった。


 ――リリアの忍耐。

 ――清らかな象徴。


 言葉は削られ、代わりに無機質な表現が残っている。

 「社会的混乱の沈静化」。

 「関係機関の協調的対応」。


 理由は明文化されている。

 個人名を出す必要がない。

 物語性が強すぎる。

中立性を欠く恐れがある。


 誰も彼女を責めてはいない。

 誰も彼女を否定していない。

 ただ、彼女の名を「不要」と判断しただけだ。


 リリアがそれに気づいたのは、しばらく後だった。

 噂話でも、非難でもない。

 ただ、記録に自分がいない――その事実に、ふと引っかかる。


 抗議する理由が、見つからない。

 誰かが悪意をもって消したわけではないからだ。

 皆、正しく、穏やかに、善意のまま判断している。


(私は……何もしていない)


 その思いが胸をよぎる。

 だが、同時に、否定できない感覚もあった。


(それでも、確かにここにいた)


 名が消える。

 それは敗北ですらない。

 敗北とは、名を呼ばれる者にだけ与えられる。


 リリアは、物語から静かに降ろされた。

 誰にも押されず、誰にも憎まれず、

 ただ「記録の外」へと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ