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悪者――『誰も清くない王国で』  作者: 南蛇井


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Scene 6 リリア ― 錯覚の完成

エミリアの名を聞いたのは、昼前の回廊だった。


 教会関係者の一人が、あくまで雑談の延長のような口調で言った。


「侍女の配置を少し整理することになりましてね。エミリアは、別の持ち場へ」


 リリアは一瞬、言葉を失った。


 胸の奥で、小さく何かが沈む感覚があった。

 理由ははっきりしない。ただ、今まで当たり前のようにそばにあった存在が、静かに切り離される――その事実だけが、妙に重かった。


「……そう、ですか」


 声は自分でも驚くほど平静だった。


 その沈黙を、すぐに別の声が埋める。


「ご安心ください。これは、あなたを守るためです」


「余計な影響を減らした方が、今は良いでしょう」


「あなたは象徴なのですから」


 守る。

 象徴。

 その言葉が、柔らかく、しかし確実に彼女の不安を包み込んでいく。


 ――そうか。私が、大切だから。


 エミリアがいなくなるのは、排除ではない。

 選別だ。

 私を中心に、余計なものを取り除く作業。


 そう考えた瞬間、不安は安心へと変わった。


 私は、もう無力な被害者じゃない。

 耐えただけの存在でもない。


 皆が私を見て、判断を変えている。

 動いている。


 そうだ。

 これは、私が流れの中心にいる証拠だ。


 彼女は知らない。


 この配置換えが、

 彼女を守るためではなく、

 彼女から「余計な情報」を遠ざけるためのものだということを。


 守られていることと、

 主導していることは、

 まったく別の意味を持つ。


 だがその違いに気づくには、

 彼女はまだ、物語の中に深く入り込みすぎていた。


 ――こうして、錯覚は完成する。


 誰にも奪われず、

 誰にも与えられず、

 ただ静かに、彼女自身の中で。

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