Scene 5 侍女エミリア ― 静かな配置換え
王城の回廊は、いつもと変わらぬ朝の匂いをしていた。
磨かれた石床、控えめな光、足音を吸い込む厚い絨毯。
そこでは「変化」は、音を立てない。
エミリアは呼び止められた。
場所は執務室でも謁見の間でもなく、ただの事務用控室だった。
告げられた理由は簡素だった。
「人員配置の見直しです」
「最近は業務が偏っていまして」
「あなたには、別の役割をお願いしたい」
どの言葉にも、感情は含まれていない。
誰かの責任でも、誰かの判断でもないように整えられた説明だった。
エミリアは一度だけ頷いた。
「承知しました」
それだけで会話は終わった。
引き留める者も、詫びる者もいない。
廊下に戻ると、彼女は一瞬だけ足を止めた。
いつもなら、この時間に向かっていた扉を見てから、静かに踵を返す。
リリアの部屋。
彼女が付き従っていた「象徴」の居場所。
だが、もうそこへ行く理由はない。
エミリアの表情は変わらなかった。
怒りも、悲しみも、安堵も浮かばせず、ただ役目を終えた者の顔だった。
その配置換えは、誰にも問題視されなかった。
教会関係者は言った。
「人手が足りませんから」
王城の事務官は言った。
「適材適所です」
誰も「なぜ今なのか」を問わない。
誰も「誰が決めたのか」を確認しない。
だが、その結果だけは、はっきりしていた。
リリアの周囲から、
余計な視線を持つ者が一人、静かに外れた。
情報は、声高に奪われることはない。
最も安全な形で、道を変えられる。
配置換え――
それは処罰でも、追放でもない。
だからこそ、抗議も起きない。
だからこそ、切断としては完璧だった。
誰も傷ついていないように見える。
だが一本、確実に線は引き直されている。
そしてそのことに気づいている者は、
この城の中でも、ほんのわずかしかいなかった。




