第9話 「主人公の錯覚」Scene 1 リリア ― 主導権を握ったと思う朝
朝の光は、教会付属施設の小さな窓からやわらかく差し込んでいた。
白いカーテン越しの光は、昨夜までのざわめきをすべて洗い流したかのように静かで、清らかだった。
王子の件は「一区切りついた」。
そう、誰もがそう言った。
扉を叩く音が、これまでより少しだけ丁寧になる。
廊下ですれ違う聖職者たちの視線は、遠慮と期待が入り混じったものへと変わっていた。
「リリア様、こちらについてご意見をいただけますか」
「リリア様なら、どう思われます?」
相談される。
意見を求められる。
それは、今までなかったことだ。
(私の言葉が……影響するようになったんだ)
胸の奥が、わずかに温かくなる。
声を荒げたわけでもない。
誰かを責めたわけでもない。
ただ黙って、耐えていただけなのに。
(違う。耐えただけじゃない)
(私は、流れを変えた)
そう思いたかった。
差し出された書類に目を通し、彼女は穏やかに頷く。
「それでいいと思います」
「角が立たない形が、望ましいですね」
彼女の意見は、すべて無難だった。
誰も困らない。
誰も反対しない。
そして、最初から決まっていた結論と、寸分違わない。
それでも周囲は満足そうに頷き、安堵の表情を浮かべる。
まるで、彼女の承認が最後の仕上げであるかのように。
(私が決めた……)
そう感じた瞬間、彼女は気づかなかった。
その「選択肢」が、最初から一つしか用意されていなかったことに。
リリアは主導権を握ったと思っていた。
だが実際には、
彼女は“選んだつもりで、選ばされている”だけだった。
そしてその錯覚こそが、
この朝に与えられた、もっとも甘い祝福だった。




