Scene 5 王子の視線
ざわめきが、少しだけ色を変えた。
「――殿下」
声が低くなり、背筋が伸びる。
人の流れが、自然と道を作る。
レオンハルト王子が姿を現した。
金の装飾を抑えた正装。
柔らかな微笑み。
視線を向けられた者は、誰もが一瞬、自分が選ばれたと錯覚する。
その視線が、最初に留まったのは――リリアだった。
「先ほどから、お姿は拝見していましたよ」
声は穏やかで、距離を詰めすぎない。
けれど、確実に“個人”として名指しする声音。
「社交会は慣れませんか?」
「い、いえ……皆さまに助けていただいて」
リリアは少しだけ頬を染め、控えめに答える。
王子は満足そうに、微笑んだ。
――守られるに値する。
そう評価するような目。
次の瞬間だった。
レオンハルトの視線が、
自然な流れで、広間の別の一点へ移る。
黒。
クラウディア・フォン・ローゼンベルク。
彼女は王子の方を見ていない。
音楽の方へ、あるいは、誰でもない方向へと、視線を預けている。
それが、王子の足を止めさせた。
「……相変わらず、お美しい」
呼びかけは、軽い。
しかし、聞き逃せない声量。
周囲の視線が、一斉に集まる。
クラウディアは、ようやくこちらを見る。
一拍。
それだけの間が、場の空気を引き締める。
「恐れ入ります、殿下」
礼は形式通り。
声にも、表情にも、余計な色はない。
王子は、その反応を楽しむように目を細めた。
柔らかな笑顔の奥で、
計算と欲望が、同じ方向を向く。
――どちらも、手の中に置ける。
庇護すべき存在。
抗い、距離を取ろうとする存在。
どちらも、選ぶのは自分だという確信。
レオンハルトは、二人の令嬢を同じ視界に収め、
ゆっくりと、満足げに息をついた。
その視線は、
誰かを想うものではなく、
所有を前提とした興味だった。
そしてその事実を、
この場で気づいている者は、まだ少ない。




