Scene 7 大臣バルタザール ― 何もしない調整
晩餐会の中央付近。
燭台の光がもっともよく届く席に、大臣バルタザールは腰を下ろしていた。
彼はほとんど動かない。
杯を持つ手も、食事に伸ばす指も、必要最小限だ。
だが、その視線だけは常に動いていた。
若い貴族たち。
王子の周囲に集まる人々。
教会関係者に囲まれた少女。
そして、端の席で沈黙を保つクラウディア。
バルタザールは、誰かを見つめすぎない。
だが、見落としもしない。
「実に、良い夜ですな」
彼は、誰にともなくそう言った。
特定の意見でも、結論でもない言葉。
「最近の騒動も、こうして皆で顔を合わせれば……自然と落ち着くものです」
それは慰めでもあり、評価でもあった。
だが、指示ではない。
若手貴族の一人が、少しだけ背筋を伸ばす。
王子は穏やかに微笑み返す。
誰かが、ほっと息をつく。
「若い方々が、よく考えておられる」
その言葉は、誰かを褒めているようで、
実際には――誰の判断も否定しない宣言だった。
止めない。
修正しない。
「こうすべきだ」とも言わない。
結果として、その場にあるすべての選択が、
そのまま“正解”として固定される。
証拠が懐に戻されたこと。
それを別の視線が捉えたこと。
さらに別の人物が、それを確認したこと。
バルタザールは気づいていた。
だが、何も言わない。
この晩餐会で起きているのは、暴露ではない。
裁きでもない。
ただ――
証拠が、誰の手にあるかが静かに確定しただけだ。
それで十分だった。
大臣は杯を口に運び、ゆっくりと飲み干す。
満足でも、不満でもない表情。
彼の役目は、動かすことではない。
動いたものを、止めないこと。
そして後になって、人々がこう言うための準備を整えることだ。
「誰も間違ったことはしていなかった」と。
バルタザールは、何もしていない。
だからこそ――
この晩餐会で起きたすべては、
彼によって承認されたのだった。




