Scene 2 「失脚予定者リスト」という名の箱
ヘルマンは、積み上げられた書類の山から、一枚の紙だけを静かに引き抜いた。
厚手でも、装飾もない。ほかの書類と何一つ変わらない、ごく普通の紙だ。
表題は簡素だった。
――《関係者整理案》。
彼はその文字を、感情もなく一度だけ目でなぞる。
この言葉が何を意味するのか、考える必要はなかった。
整理。
それは、残すものと、片づけるものを分ける作業だ。
正すことでも、裁くことでもない。
紙の中央には、事件名が置かれている。
最近の王都騒動――そう呼ばれている一連の出来事。
すでに「問題」としてではなく、「事象」として固定された名称だ。
その周囲に、いくつもの名前が配置されている。
円を描くように、均等に。
上下も、優劣もない。
ただ関係者として、そこにある。
ヘルマンは一本のペンを取り、順に視線を走らせた。
名前の横には、短い言葉が添えられている。
――過剰反応。
――影響力過大。
――象徴化の危険。
――政治的ノイズ。
そこに「悪」という文字はない。
「罪」も、「責任」も、「誤り」もない。
あるのは評価だけだった。
それも、人間に対する評価ではない。
制度に対して、
権力構造に対して、
安定に対して。
使えるか。
邪魔か。
その二択以外は、最初から書かれていない。
ヘルマンは一つの名前の前で、ほんのわずかだけペンを止めた。
クラウディア・フォン・***。
評価は簡潔だった。
――影響力過大。
――黙認による緊張持続。
彼はそれを、訂正しない。
付け足しもしない。
同じ紙の、別の位置には、別の名前もある。
王子レオンハルト。
評価は、こうだ。
――象徴化の危険。
――善意による不可逆性。
さらに、その近くに。
リリア・***。
――被害者像固定。
――物語性過多。
ヘルマンは、その配置を確認してから、ゆっくりと息を吐いた。
誰が正しかったか。
誰が悪かったか。
そんな問いは、この紙には存在しない。
必要なのは、秩序が続くかどうかだけだ。
彼はその紙を、折ることなく、
一つの箱の中へと静かに収めた。
木製の、鍵もかかっていない箱。
だが、いったん入れられた紙は、もう戻らない。
ヘルマンは机に戻り、次の書類を手に取る。
彼の仕事は、終わっていない。
なぜなら――
裁きは、これから行われるのではない。
すでに、記録されたのだから。
あとは、それが「現実になる順番」を待つだけだった。




