第6話 「記録される悪」 Scene 1 補佐官ヘルマン ― 書類の山の中で
夜明け前の記録室は、音を失っていた。
厚い石壁に囲まれたその部屋には、
人の気配よりも紙の気配の方が濃い。
補佐官ヘルマンは、すでに机に向かっている。
新しい書類はない。
積まれているのは、すべて既存のものだった。
――騒動報告書。
――騎士団の行動記録。
――教会から届いた礼状。
――社交界における沈静化の経過報告。
どれも、昨日も読んだ。
一文一句、目を通した覚えがある。
それでも彼は、
もう一度、最初から順に並べ直す。
ペンが紙を引っかく音だけが、
規則正しく響く。
乾いたインクの匂いが、
部屋の空気に溶けている。
窓の外では、
王都が静かに目覚め始めていた。
パン屋が火を入れ、
衛兵が交代し、
市民が一日の準備を始める。
そのすべてと無関係に、
この部屋では「結論」が形を持ち始めている。
ヘルマンは、心の中で確認する。
――これは調査ではない。
事実を掘り下げる必要はない。
動機を問う意味もない。
――整理だ。
起きた出来事を、
起きた順に、
起きた形で並べる。
そして、
整った書類は、必ず同じ場所を指す。
――すでに結論は出ている。
誰が悪かったのか。
誰が間違っていたのか。
その問いは、
この段階では、もう不要だった。
必要なのはただ一つ。
誰の名を、どの書類に残すか。
ヘルマンはペンを止め、
静かに紙の束を揃える。
記録は、感情を持たない。
だが、運命を決める。
それを、
彼はよく知っていた。




