Scene 2 王子の英雄気分 ― 剣を振るわなかった勇者
王城の回廊は、静かだった。
高い窓から差し込む光が、白い石床に長い影を落とす。
歩くたびに、靴音が澄んだ空気を切った。
レオンハルトは、満足していた。
騒ぎは収まった。
誰も剣を抜かなかった。
血は、一滴も流れていない。
それが、何よりの証拠だ。
――正しい判断をした。
彼は、自分の胸中でそう結論づける。
噂を放置しなかった。
被害者を守った。
力に訴えず、言葉で場を収めた。
王とは、こうあるべきだ。
力を持ちながら、使わない。
剣を持ちながら、振るわない。
それこそが、成熟した支配だ。
回廊の角で、騎士たちが一斉に立ち止まり、頭を下げた。
「殿下」
短い言葉に、敬意が詰まっている。
彼らの目には、疑念がない。
命令の曖昧さも、
手続きの不備も、
もう問題ではない。
結果がすべてだ。
若手貴族たちも、視線を向ける。
尊敬。
憧れ。
そして、安堵。
「さすが殿下だ」
「見事なご判断でした」
誰も声を荒らげない。
誰も異を唱えない。
それが、答えだ。
レオンハルトは、ふと立ち止まる。
もし、あのとき強硬に出ていたら。
もし、誰かを公に断罪していたら。
きっと、血は流れた。
争いは長引いた。
だが、そうはならなかった。
だから、自分は正しい。
――問題は起きなかった。
彼の中で、そう整理される。
クラウディアの名が、脳裏をかすめる。
だが、それはすぐに薄れる。
騒ぎが起きていない以上、
問題も存在しない。
そういうことだ。
誰も傷ついていない。
少なくとも、目に見える傷は。
レオンハルトは、軽く息を吐いた。
王であることは、重い。
だが、今日はその重さが、心地よかった。
正義は行われた。
秩序は保たれた。
そして彼は知らない。
剣を振るわなかった勇者が、
すでに誰かの未来を斬り落としていることを。
それでも人々は言う。
「殿下のおかげで、平和が守られた」
その言葉を、
彼は疑わなかった。




