Scene 4 大臣バルタザール ― 最大の観測対象
バルタザール大臣の名を思い浮かべるとき、
私の記憶は、必ず同じ光景に辿り着く。
過去の政治事件。
いくつもあった。
どれも共通している。
彼は、表に出ない。
決して先頭に立たない。
責任の輪郭に、自分の名を置かない。
前に出るのは、いつも若者だった。
理想に燃える貴族。
正義を信じる王族。
忠誠に疑いを持たない騎士。
剣が抜かれ、
誰かが傷つき、
場が荒れる。
そのあとで、
彼は現れる。
深いため息。
穏やかな声。
理性的な提案。
「ここで争いを続けるのは得策ではありませんな」
「双方、一度冷静になりましょう」
――止めた顔をする。
だが、彼が止める頃には、
必要なものはすべて、すでに揃っている。
立場は削られ、
関係は壊れ、
選択肢は減っている。
彼は壊さない。
壊れたものを、
「これ以上壊れないように」管理するだけだ。
今回も、同じだ。
若者が前に出た。
剣が抜かれた。
そして彼は、最後に沈静化を提案した。
あまりに、整っている。
だから私は理解した。
――これは、まだ始まっていない。
今は導入だ。
状況を“育てている”段階にすぎない。
ここで私が動けば、
声を上げ、
対抗すれば、
それは彼の計画を助ける。
「対立」という形を与え、
物語を前に進めてしまう。
バルタザールは敵だ。
だが、まだ――
私を敵だとは認識していない。
それが、何より重要だった。
彼にとって私は、
騒ぎの中心でも、
排除すべき障害でもない。
静かで、
従順で、
動かない存在。
観測対象としては、
まだ“無害”。
ならば、そのままでいい。
最大の敵は、
最大の観測対象でもある。
彼が私を見るその日まで、
私は、彼を見る。
先に瞬きをした方が、
負ける。




