Scene 2 噂の構造 ― ヒロインの位置づけ
噂というものは、意思を持たない。
だが、流れはある。
私は机に向かい、何も書かれていない紙を一枚、指で押さえた。
文字にする必要はない。
すでに頭の中で、線はすべて引き終えている。
起点は、侍女エミリア。
彼女は善意だった。
見聞きした出来事を、心配と同情の形で口にしただけ。
誰かを貶める意図も、誇張する悪意もない。
だからこそ、最初の歪みは小さい。
事実から、ほんの一歩だけ外れた位置。
次に触れたのが、情報屋ルーク。
彼にとって噂は感情ではなく商品だ。
売れる形に整え、
耳に心地よい温度に加工し、
“理解しやすい物語”へと変換する。
ここで、速度が生まれる。
そして――
受け取ったのが、社交界。
彼らは判断しない。
消費するだけだ。
誰が正しいかではなく、
どちらが語りやすいか。
どちらが退屈でないか。
結果、噂は定着する。
最後に置かれた象徴。
それが、リリア。
彼女は黒幕ではない。
それは、最初から分かっている。
誰かを陥れる計画を立てたわけでも、
噂を操ったわけでもない。
ただ――
泣いた。
理由を語らず、否定もせず、
守られる位置に立った。
それだけで、彼女は
“被害者像”として完成した。
噂が成立するために、
彼女は不可欠な装置だった。
善意の起点、
商売としての加速、
消費者としての社交界。
それらを一つの物語に束ねるための、
感情の錨。
今、もし私が彼女に触れれば――
物語は即座に完成する。
悪役令嬢が、無垢な被害者を追い詰めた。
証拠は不要。
反論も不要。
噂は、その形を待っている。
私は紙から指を離した。
この盤面で、リリアは重要な駒だ。
だが、動かすべき駒ではない。
触れてはいけない。
少なくとも、今ではない。
悪役令嬢が最初に切るのは、
いつだって“物語の外”だ。
彼女は、まだ――
保護される位置に置いておく。




