Scene 5 大臣バルタザール ― 沈静化の提案
会議室は、外界から切り離されていた。
重い扉、厚い壁、絞られた光。ここで交わされる言葉は、噂にも記録にも残らない。
卓を囲むのは、王子、数名の高官、そしてバルタザール大臣。
彼は最後に口を開いた。
声は低く、穏やかで、感情の起伏がない。
「殿下のお心遣いは、十分に伝わっております」
まず、肯定。
否定から入らないのは、彼の流儀だった。
「ですが……これ以上の介入は、かえって噂を大きくする恐れがある」
誰も反論しない。
すでに、空気は“収束”を求めている。
「王家の品位を考えれば、沈静化が最優先でしょう」
「社交界も、これ以上の刺激は望んでおりません」
理性的。
穏健。
誰の耳にも心地よい言葉。
バルタザールは視線を巡らせる。
王子の表情が、安堵に傾くのを見逃さない。
「一度、距離を置かせるのが最善かと」
「時間が経てば、熱も冷めます」
それは、剣を収める提案のように聞こえた。
争いを終わらせる、賢明な判断。
――表向きは。
彼の内側では、計算が終わっている。
(まだ早い)
噂は育ち切っていない。
恐怖も、依存も、完全ではない。
今、壊してしまえば、ただの騒動で終わる。
使える道具は、使い切ってから捨てるべきだ。
だから、止める。
正義を。
暴力を。
そして、裁きすらも。
「今は、動かない方がよろしいでしょう」
その一言で、会議は終わった。
誰もが「賢明な判断だった」と思う。
事態は収束し、王家の威信も保たれる。
だが、剣は鞘に戻されたのではない。
磨かれ、温存されただけだ。
バルタザールは立ち上がり、静かに一礼する。
その瞳の奥には、満足も、憐れみもない。
ただ――次に抜く時を知っている者の、沈黙だけがあった。




