Scene 2 清楚な微笑み
リリアは、社交の輪の中心には入らなかった。
音楽から一歩外れ、賑わいが薄くなる場所を選んで歩く。
下位貴族の少女が、壁際で落ち着かなげにドレスの裾を直しているのに気づくと、
リリアは声を張らず、そっと近づいた。
「留め具が、少し緩んでいるみたいです」
少女が驚いて振り向く。
「え……?」
「失礼しますね」
指先は慎重で、触れる時間は短い。
留め具を直し終えると、リリアは一歩下がって微笑んだ。
「これで、大丈夫です」
「……ありがとうございます」
少女の顔が、安心にほどける。
その様子を、少し離れた位置から侍女が目に留めていた。
エミリアだった。
彼女は何も言わない。
ただ、見やすい位置に立ち、
「たまたま視界に入る距離」を保っている。
リリアは気づかず、次へと歩く。
給仕の少年が、銀の盆を持つ手を震わせている。
足元には、誰かがこぼした水滴。
「ここ、滑りやすいですね」
リリアはそれだけ言って、
自分のハンカチで床を拭った。
「すみません……!」
「大丈夫ですよ」
声は変わらない。
大きくも、特別でもない。
遠くで、それを見た誰かが小さく頷く。
リリアは、礼を言われる前に立ち去る。
立ち去り方まで、控えめだった。
また別の場所で、
会話に入れず困っている初老の婦人に気づく。
「こちら、空いていますよ」
それだけで、輪ができる。
リリアは中心に立たず、端に残る。
いつの間にか、
彼女の周囲だけ、空気が柔らかくなっていた。
エミリアは、
その柔らかさが伝播していくのを確認してから、
別の場所へ移動する。
後から聞いた者たちは、こう語るだろう。
「彼女は、誰にでも分け隔てなく」
リリアは、その言葉を聞いていない。
聞こうともしていない。
ただ、
誰かの視線の端に、
都合よく収まる場所にいるだけだ。




