Scene 4 王子の満足 ― 選択の完了
王子の私室は静かだった。
厚い絨毯が足音を吸い込み、窓から差し込む午後の光が、柔らかく室内を満たしている。
レオンハルトは椅子に腰掛け、ゆっくりと息を吐いた。
(……ひとまず、収まったな)
報告は簡潔だった。
大事にはなっていない。
騒ぎも、衝突も、流血もない。
それだけで、十分だった。
彼の脳裏に浮かぶのは、あの中庭の光景だ。
自分の隣に立つリリア。
怯えながらも、礼を尽くすその姿。
(守るべき存在だ)
疑いはない。
彼女は善良で、傷つけられる側の人間だ。
だから、自分は動いた。
それは王子として、当然のこと。
「正しい判断だった」
声に出さずとも、結論は揺るがない。
誰も泣き叫ばなかった。
誰も剣を抜かなかった。
つまり――誰も傷ついていない。
レオンハルトは机に置かれた書類に目を落とす。
そこに、特別な記述はない。
クラウディア・フォン・□□□。
処罰の記録はない。
正式な罪状もない。
(問題は起きなかった)
それが、彼の認識だった。
行動を制限されたこと。
名誉が曖昧になったこと。
沈黙を強いられていること。
それらは“何も起きていない”部類に入る。
血が流れていない以上、
それは争いではなく、調整だ。
王子は立ち上がり、窓の外を見る。
王都は穏やかで、春の空は晴れている。
(国は平和だ)
その平和の中で、自分は正しい選択をした。
そう信じることに、何の抵抗もなかった。
レオンハルトは、満足していた。
剣を抜かせたことも、
沈黙を生んだことも、
すべては「大事にならなかった」という結果に回収される。
彼は知らない。
――いや、考えなかった。
血が流れなかったからといって、
何も斬られていないわけではないということを。
そしてその誤認こそが、
次の一手を、最も無自覚に許すのだということを。




