Scene 7 大臣バルタザール ― 何もしない確認
夕刻。
執務棟の回廊は、人影が少ない。
バルタザール大臣は、書類に目を落としたまま、
脇で交わされる声を聞いていた。
「……例の令嬢の件ですが」
部下の言葉は、慎重だ。
「社交会以来、評判が……」
その先は、言わなくても分かる。
バルタザールは、顔を上げない。
「そうか」
短い返事。
肯定でも、否定でもない。
「殿下も、かなりお気にかけているようで」
ペンが止まる。
一拍。
それだけで、
彼が必要な情報を得たことが分かる。
噂の内容。
広がり方。
誰が中心にいるか。
すべて、すでに把握済みだった。
それでも、
訂正しない。
制止もしない。
今は、
手を出す段階ではない。
バルタザールは、
ゆっくりと視線を上げ、
窓の外を見る。
王都の屋根が、
夕焼けに沈んでいく。
整っている。
あまりにも。
彼は、心の中でだけ呟いた。
――よく育っている。
噂も、感情も、
若者たちの立場も。
この状況は、
利用できる。
そう判断した瞬間、
彼は再び書類に目を落とす。
何も言わない。
何もしない。
それが、
最も効果的だと知っている男の、
確認だった。




