Scene 5 リリアの涙 ― 嘘を完成させる装置
小さな応接間には、静けさがあった。
王子レオンハルトは、向かいの席に座り、
いつもより少しだけ声を落としている。
「無理に話す必要はありません」
その言葉は、優しさだった。
同時に、出口でもあった。
リリアは、首を横に振る。
「いえ……大丈夫です」
そう言おうとして、
言葉が途中で途切れた。
視線が揺れ、
唇がわずかに震える。
侍女たちは、息を詰めて見守っていた。
責める言葉は、誰からも出ていない。
問い詰める声もない。
それなのに――
リリアの目に、涙が溜まる。
一粒、
こぼれ落ちる。
それは、作られたものではなかった。
抑えきれなかった感情が、
身体の方から先に溢れただけだ。
「……申し訳、ありません」
謝る理由は、語られない。
王子は、すぐに首を振る。
「謝る必要はありません」
その声には、
もはや疑いの余地がなかった。
侍女の一人が、
思わず口を押さえる。
「これ以上、聞くのは酷ですわ……」
誰に向けた言葉でもない。
だが、その場にいる全員が、同意する。
涙は、説明を必要としない。
理由が語られないからこそ、
周囲が、最も納得しやすい理由を選ぶ。
――傷つけられたのだ。
――耐えてきたのだ。
――これ以上、触れてはいけない。
リリアは、何も言っていない。
否定もしない。
名前も出さない。
それでも、
物語は完成する。
王子は、静かに結論を下す。
「あなたは、よく耐えました」
その一言が、
裁定だった。
涙は、証拠になる。
言葉よりも強く、
事実よりも速く。
この瞬間、
最初の嘘は、
誰にも疑われない“真実”へと変わった。




