Scene 2:侍女エミリア ― 善意の設計者
朝の光が、薄いカーテン越しに差し込んでいた。
リリアの私室は、整えられすぎているほど静かだ。
花瓶の位置も、椅子の向きも、昨日のまま。
エミリアは、テーブルに茶器を並べながら、耳を澄ましていた。
扉の外。
回廊を行き交う足音。
侍女たちの、低い話し声。
――聞こえる位置。
それを、彼女は選んでいる。
「お嬢様、お加減はいかがですか」
声は控えめで、心配を装わない。
あくまで、自然に。
「大丈夫よ、エミリア」
リリアは、少しだけ微笑む。
その微笑みに、胸が締めつけられる。
――守らなければ。
エミリアの中にあるのは、
単純で、疑いようのない忠義だった。
「……殿下も、ご心配されていました」
さりげなく。
報告という形で。
リリアが驚いたように目を瞬かせる。
「そんな……」
「はい。とても、お心を痛めていらして」
事実だ。
ただし、量は測らない。
扉の外で、誰かが足を止めた気配がする。
エミリアは、声の調子を変えない。
「皆さんも……少し、怖がっていらっしゃるようで」
名は出さない。
主語も、限定しない。
「皆さん」。
それだけで、十分だった。
リリアは、言葉に詰まったように視線を落とす。
「そんなふうに思われている方が、いるのね……」
エミリアは、すぐに首を振る。
「お嬢様が悪いわけではありません」
即座に否定する。
そこに、迷いはない。
「正しい方が、誤解されるのは……つらいことです」
その言葉は、
自分自身に言い聞かせるようでもあった。
エミリアは、噂を広めているつもりはない。
ただ、
お嬢様の置かれた状況を、
“理解してもらいたい”だけだ。
善意は、静かに配置される。
人目につく回廊。
聞こえる距離。
断定しない言葉。
誰かが、勝手に続きを補ってくれる。
エミリアは、それを止めない。
止める理由が、なかった。
――正しい人が、報われるべきなのだから。
彼女は、そう信じている。
その信念こそが、
噂を最も強く、
そして無垢な形で広げていくことを、
まだ知らない。




