第1話 「清楚な微笑み、高慢な沈黙」 Scene 1 王都・春の社交会
王城大広間は、春そのものだった。
白い石の床に反射する光は柔らかく、天井から垂れ下がる花々が、甘い香りを空気に溶かしている。弦楽器の音色は耳障りにならない程度に整えられ、笑い声は波のように重なっては消えていった。
貴族たちの会話は軽い。
収穫の話、次の舞踏会、誰それの結婚話。
どれも深く踏み込むものではなく、ただ時間を磨り減らすための言葉だった。
その輪の外れに、一人の少女が現れた。
リリアだった。
派手さはない。
淡い色合いのドレスは装飾を抑え、体の線を誇張しない。宝石も最小限で、光るのはせいぜい胸元の小さな銀だけだ。視線を集めるための工夫ではなく、むしろ避けるための選択に見えた。
歩き方も静かだった。
音を立てぬよう気を配るその所作が、かえって人目を引く。
テーブルに近づいたとき、
彼女の指先が、ほんのわずかにグラスに触れた。
かすかな音。
倒れかけた透明な縁を、誰かの手が支える。
「失礼」
「大丈夫ですよ」
いくつもの声が重なった。
誰も責めない。誰も笑わない。
リリアは驚いたように目を見開き、すぐに深く頭を下げた。
「ありがとうございます……不注意でした」
その声は小さく、控えめで、
言い訳を含まなかった。
周囲の空気が、ほんの少し緩む。
「いえ、こちらこそ」
「お気になさらず」
誰かが微笑み、誰かが場所を譲る。
それは無意識の動きだった。
――健気だ。
――可憐だ。
言葉にはならない評価が、
香りのように広間を巡っていく。
リリア自身は気づかないふりをして、
ただ、もう一度丁寧に礼をした。
その姿を見て、
彼女を責めようとする者はいなかった。
最初から、
守られる場所に立っているかのように。




