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【第4話】初回


 そして、迎えた水曜日。ボクは夕方の六時になる前に、モノレールを降りてその駅に到着していた。その駅はボクの住む近辺では一番大きな駅で、暗くなり始めている中を大勢の人が行き交っている。何回か来ていても、その度に背筋が伸びてしまう場所だ。


 待ち合わせ場所である、駅の北口へとボクは向かっていく。肩には昨日買ったばかりのエナメルバッグが提げられ、中にはこれまた新品のスポーツウェアやフットサルシューズが入っている。あれから初めてのフットサルには何がいるのかをネットで調べ、比較的安いものを買った形だ。


 今日初めて使うと思うと、歩きながらボクはドキドキしてしまう。


 加賀さんたちは、ペデストリアンデッキの上にある円形の植え込みの前に立っていた。


 ボクも合流すると、そこには加賀さんと木更津さんの他に、男女が二名ずついた。ボクと同じ入会希望者なのだろう。


 ボクが「はじめまして、グエンです」と名乗ると、同じように挨拶がてら簡単に自己紹介をしてくれる。一度聞いただけでは全員の顔と名前は一致しなかったけれど、でも留学生のボクに顔をしかめるような人は一人もいなかった。


 それからさらに一人の男子学生が合流し、ボクたちは合計八人で駅を出発した。またモノレールに乗ること数分。ボクたちは二つ先の駅で降りる。


 すると、目の前には巨大な商業施設が見えた。横に長いその施設は、入り口広場にいくつもの電飾が灯っている。


 でも、今日のボクたちの目的地はその商業施設ではない。


 階段を下りて地上を歩いていると、その施設はすぐに見えてくる。背の高いネットが張られ、照明がコートを眩しく照らし出しているそこは、間違いなく今日ボクたちが活動を行うフットサルコートだった。


 きっと新入生の多くが初めて訪れたのだろう。一団はにわかに盛り上がり始め、ボクもドキドキしながら期待を感じられる。


 そして、ボクたちは管理棟の前で、他のサークルのメンバーと合流した。FC KEICHOは今いるだけでも一〇人以上のメンバーがいて、他にもアルバイトや就職活動等で今日は来られなかった人もいるらしい。想像以上の規模に、ボクは改めて緊張を感じる。


 それでも、ボクたちはスポーツウェアに着替えるために、まずは更衣室に通される。今日の活動時間は二時間。体験会のようなものだから、新入生に参加費は必要なくて、それはボクの懐具合を考えるとありがたかった。


 スポーツウェアに着替えてフットサルシューズを履いたボクたちは、改めて管理棟の前に集合する。


 そして、先輩たちについていってコートに足を踏み入れると、人工芝の柔らかな感触がフットサルシューズ越しに伝わってきた。なかなか味わったことのない感触に、はっとする。


 今日集まった全員がコート上に集合すると、さっそくチーム分けが行われた。とはいってもそれは案外適当で、まずはボクたち新入生がそれとなくの雰囲気で男子二人女子一人の二チームに分かれる。最初のゲームではボクたち新入生を全員プレーさせてくれるらしい。


 ひとまず最初のボクのチームメイトは、男子学生の町屋さんと女子学生の大畑(おおはた)さんだ。それからはプレーしたい者が自分から名乗り出る形を採っていて、ボクたちのチームには加賀さんと、野々宮(ののみや)さんという女子学生が入った。


 ボクたちは赤い服(加賀さんが言うには「ビブス」というらしい)を着て、相手チームが黄色いビブスを着る。簡単に誰がどの役割、ざっくり言えば攻めるか守るかを決め、コートに散らばる。ボクは、後ろの方にポジションを取る。


 そして、真ん中のサークルにボールが置かれ、一五分間にセットされたタイマーが最初のアラームを鳴らし出すと、野々宮さんのキックオフで試合は開始された。


 野々宮さんが後ろにいる大畑さんにボールを戻す。大畑さんは少し考えてから、横にいるボクにパスを送ってきた。


 ボールを受けたボクは、どうすればいいか少し迷ってしまう。前にいる町屋さんにパスを出そうにも、ボクがすぐに動けなかったせいで、相手の選手に素早く前に立たれてしまう。


 ボクが迷っている間にも相手選手はあっという間にボクに寄せてきて、どうしていいか分からなくなったボクは寄せきられる前に相手選手から背を向けて、ゴールキーパーをしている加賀さんにボールを戻す。


 加賀さんは前方に向けて大きくボールを蹴り出していて、弾まないボールに右往左往しているボクたちは、まさしく素人だった。


 でも、それは相手チームも似たようなもので、ボクたちはお互いに相手に寄せられてはパスミスを繰り返し、なかなかお互いのゴール前まで行けなかった。ボクもパスをもらおうと動こうとするものの、せっかくパスを受けても足がもたついてあらぬ方向に蹴ったり、相手にボールを奪われたりしてしまう。


 ディフェンスもボールに対して足を出すだけで、それは功を奏するときもあったけれど、でもボールを奪えず相手に突破される場面も少なくなかった。それでも、チーム全体でカバーしていることもあって、得点は許していない。


 だけれど、たった五人でコートの中を走り回っていると、ボクは息を切らし始めてしまう。ボクは学校でも特にスポーツをやっていたわけではなく、想像していた以上に体力がなかったのだ。


 楽しかったのも最初の数分間くらいで、特に後半の方になると体力的にもキツくなっていて、どうしてこんなことをしているんだろうとさえ、ボクは思ってしまっていた。


 そして、そのシーンが訪れたのは試合時間も残り一分を切ったところだった。依然としてスコアは〇対〇で推移するなか、どうしても点を取りたかったのか、大畑さんが相手ゴール前まで上がっていく。


 でも、その途中でパスはカットされてしまい、そのカットした選手がドリブルで持ち上がってくる。後方に控えていたのはボクだけで、ボクがかわされれば後はゴールキーパーである加賀さんしかおらず、相手にとってはまたとないチャンスとなる状況だ。


 どうしても食い止めなければならないと、ボクは疲れている身体を懸命に動かし、足を出す。でも、相手選手はボールを遠ざけて、うまくボクをかわしてしまう。かわされたボクは必死に追いかけようとするも、追いつくことはできず、相手選手の打ったシュートは加賀さんの脇をすり抜けて、ゴールネットを揺らした。


 待ちに待った、この試合を決定づける先制点に、相手チームは即席とは思えないほど喜んでいる。この失点は間違いなくボクの責任で、そう思うとボクはすぐには取り返そうという気にはなれない。加賀さんや野々宮さんは「気にすんなよ」とか「切り替えてこう」とボクに声をかけてくれたけれど、ボクは肩を落とすばかりで、加賀さんたちに強烈な申し訳なさを感じずにはいられなかった。


 残り時間が三〇秒にも満たない中では、同点に追いつくどころかシュートすら打てずに、ボクたちのチームはそのまま〇対一で負けてしまっていた。相手チームが勝利を喜び合っている様子を、ボクは身を切るような痛みとともに眺める。最後に向かい合って整列して「ありがとうございました」と言い合ったときにも、情けなさを感じずにはいられない。


 加賀さんたちは「グエンくんのせいじゃないよ」と励ましてくれたものの、ボクはやはりあそこで自分が抜かれていなければ、ボールを奪えていればとどうしても考えてしまう。誰の言葉も胸の奥には届かず、心には「自分のせいだ」という気持ちがのしかかる。


 FC KEICHOのメンバーや今日参加している新入生たちは、さっそく次の試合を戦うチームを決め始めていたけれど、それでもボクはすぐにはまたコートに立てる気分にはなれていなかった。


 結局、この日の活動は一五分のゲームを五本行って終わっていた。他の多くの人たちは清々しい表情を見せていたり、「楽しかったね」とお互いに言い合っていたが、それでもボクの気分は晴れない。


 ボクは五本のうち三本に出場したものの、いずれの試合でも良いプレーができたとは言い難かった。パスもなかなか繋ぐことができず、ディフェンスもうまくいかなくて、また体力にも乏しい。前の方のポジションもやらせてもらったけれど、それでもシュートも一本も決められず、チームメイトの足を引っ張ってしまった実感がある。


 その証拠にボクが入ったチームは一度も勝てていなくて、チームメイトにどう思われたのかは、想像するだけで恐ろしい。


 いくら趣味や遊びの範疇だとしても、ここまで役に立たない人間がいると、「楽しい」とはとても言っていられなさそうだ。また次の活動に参加するかどうかも、ボクの中でためらいが生まれてしまう。


 それでも、加賀さんはボクがすっきりしない表情をしていることも気にしていないかのように、「この後打ち上げやるんだけど、グエンくんも来る?」と言ってくる。


 フットサルで迷惑をかけた以上、ここで断ったら他のメンバーの心証をより悪くしかねない。「今回だけ新入生は無料だよ」と言われると、退路を塞がれたようにも感じられる。どのみちこの後の予定もボクにはない。


「はい、行きます」と答えると、加賀さんは表情をぱっと華やがせていて、ボクはかえって寒気さえ抱いていた。



(続く)

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