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【第38話】嫉妬


「お前ってさ、グエンと仲良いよな」


「まあそうだと思いますけど、それがどうかしたんですか?」


「いや、だったらどうしてグエンと同じ役職に就かなかったのかなって、ちょっと気になって」


 安井さんの疑問は少し唐突ではあったけれど、大きな意外性のあるものでもなかった。俺だって、俺たちの関係を客観的に見ていたら、きっとそう思っただろう。


 俺は慌てずに、落ち着いて答える。


「いや、でも一回生二人だけで同じ一つの役職を担当していたら、それこそマズくないですか? 俺もグエンも映画の撮影に参加するのは、今回が初めてなのに」


「いや、それはその通りなんだけどさ、でも助監督とか制作担当とか、定員が三人の役職もあったわけじゃんか。それなら、お前ら二人が一緒になっても、一人先輩がつけるだろ?」


「そうですね。実際、それも考えたんですけど、でも最後は別々の役職に就こうって言ったんですよ。グエンが」


「グエンが?」


「はい。グエンは俺ぐらいしか一緒に講義に出たり、ご飯を食べたりする友人がいないらしくて。そのことを危機的に感じたようで、『もっと他の人との付き合いも多くしていきたいから、一緒の役職には就かないでおこう』って言われちゃいました」


「なるほどな。確かにグエンは他の奴らとも普通に話せてはいるけれど、それでもお前以外の誰かと飯食いに行ったりしてる様子はないもんな。もう五月も終わるし、ヤバいと思うのも無理ないか」


「はい。俺はそれでも『一緒の役職に就こうぜ』って言ったんですけど、それでもグエンは『今の状態だと友貴が風邪とかで休んだりしたら、ボクは大学に一人ぼっちになっちゃうから、それは嫌だ』って言ってきて。そこまで言われると、俺もグエンの提案を受け入れざるを得ませんでした」


「そっか。でも、お前らいつも二人で行動してるだろ? お前はグエンが少しとはいえ、自分から離れていって心配じゃないのか?」


「そんな。グエンだってもう小さな子供じゃないんですし、日本にやってきてからも二ヶ月が経ってるんですよ。それに基山さんも面倒見が良い人なので。全然大丈夫ですよ」


「そうだな。基山なら心配いらねぇよな」安井さんはそう納得したように頷いていたけれど、俺はほんの少し後ろめたい思いも感じていた。俺が言ったことは、一〇〇パーセント完全な本音ではなかったからだ。


 もちろん基山さんは良い人だし、俺だって信頼している。


 だけれど、グエンのことをまったく心配していないと言ったら、それは嘘になった。同い年なのに、まるで子供のように、俺はグエンを心配してしまう。


 基山さんとうまくやれているだろうか。迷惑はかけていないだろうか。嫌な思いはしていないだろうか。


 少し考えただけでも心配事は尽きなくて、俺はこの後すぐにでもグエンと顔を合わせたい気持ちに駆られるようだった。





 それからも俺たちが大学生活にサークル活動、アルバイトに明け暮れていると、いつの間にかカレンダーは六月に突入していた。まだ梅雨に入る前だというのに気温は大分上がっていて、上旬でも昼間は半袖で何の問題もなく過ごせる日が続く。


 そして、その日はサークル活動も映画館でのアルバイトも入っていなかったから、俺たちは大学の講義が終わると、そのまま俺の家に向かっていた。今俺たちは数年前に放送されていたテレビアニメを見ている途中で、グエンは続きが気になって仕方ないようだったからだ。


 途中にあったコンビニエンスストアで、ジュースと手を汚さないように個包装のお菓子を買って、俺たちは俺の家に到着する。俺に続いて家に上がったグエンは、もう何度も来ているから特に遠慮もせずに、そのままベッドに腰かけていた。


「グエンさ、そろそろ飯にしねぇか?」


 そう俺が尋ねたのは、全一二話あるアニメの第六話から第九話を見終えたときだった。いくら日は長くなってきているとはいえ、夜の七時にもなると外は大分暗くなってくる。


 グエンもこの辺りで一息つきたいと考えたのか、「そうだね」と頷く。


 俺は一応「なんか食いたいのある?」と尋ねたけれど、グエンは「カレー!」と即答していた。だから、俺たちは今日もチェーン店のカレーライスを頼む。


 グエンも俺も毎回頼むメニューは、トッピングも含めてほとんど決まっていたから、俺たちは一分もかけずに注文を終えることができていた。


「それでさ、グエン。どうだよ? 基山さんとは」


 ウーバーイーツで夕食を注文してからも、俺たちはすぐにアニメの視聴を再開させなかった。アニメを四話見続けて、少し休憩したい気持ちは俺だってあったからだ。それは先週も訊いた質問だったけれど、まだ気になることには違いない。


 グエンは何一つ気兼ねなく答えた。


「ああ、うまくやっていけてると思うよ。基山さんは機材の使い方とか、録音のやり方とか教え方も丁寧で。まだ日本語を勉強中のボクにも分かるように、易しい言葉で説明してくれてるから、すごいありがたいよ」


「そっか。俺も映画の照明のやり方について、安井さんから説明を受けてるところだよ。安井さんもさ、俺が何か訊いたら親身になって答えてくれてて。おかげで俺も一つずつだけど、理解できるようになってきてる。まあ、実際にやってみなきゃ分かんないこともあるんだろうけど」


「そうだね。ボクも基山さんと一緒に軽く機材を触ってみて、初めて分かることも多かったし。それにやっぱり実物を見てると、早くこれでセリフとかを録音したいって思った。八月からの撮影まであと二ヶ月もあるのが、今から待ちきれないよ」


 グエンは本当に撮影が行われる八月を待ち遠しく思っているようで、俺も「分かる」と頷けた。俺だって実際の機材を目の当たりにしたときには、早くこれを使ってみたいと感じたし、そう思うとあと二ヶ月はとても長い。


 実際は色々準備を進めていたら、むしろ時間は足りなくなるくらいなのだろうけれど。


「ああ、あとそれとさ、一昨日も基山さんと一緒にご飯を食べたよ」


「えっ、一昨日もか?」グエンが変えた話題に、俺は思わず小さく驚いてしまう。一昨日は、俺たちは映画館のアルバイトを朝の七時半から始めて、午後の三時半には終えていた。


 でも、そういえば帰るときにグエンはJRの駅でモノレールを降りていたと俺は思い出す。


 そのときは何か買いたいものがあったり、沿線の駅に用事があると俺は思っていて、基山さんと夕食を食べている可能性は、俺の頭からは抜け落ちていた。時間もまだ夕食には早かったし。


「うん。夕方の五時ぐらいに基山さんと落ち合って、駅前を少し散策して時間を潰してから、駅から少し離れたところにある中国料理の店に行ったんだ」


「それで、どうだったんだよ? その店、美味かったのか?」


「うん。ボクはラーメンを頼んだんだけど、あっさりしてて美味しかった。基山さんが頼んだホイコーローも少し食べさせてもらったんだけど、そっちは味が濃くてご飯が進みそうだなって思った。基山さんがおごってくれたとはいえ、値段もそんなに高くなかったしね」


「そっか。まあ、お前が満足したんならそれが何よりだよ」


「うん。それにさ、基山さんと話せたのも楽しかったよ。基山さんの映画トークは聞いてるだけで面白かったし、参考になった。ボクが『その映画見たいです』って言ったら、『今度DVD貸すよ』って言ってくれたし。本当、基山さんは幅広く映画を見てて、ボクとしても見習わなきゃって思ったよ」


「そっか。それはよかったな」


「そうそう、それにさ基山さんの家は映画鑑賞の他に、旅行も好きだったらしくて。基山さんも小学生の頃から、国内外の色んな場所に行ってたんだって。なんでもベトナムにも中学生の頃に家族で訪れたことがあるらしくて。もうびっくりだよね。そんな偶然ある? って」


「そ、そっか。それは奇遇だな」そう相槌を打つ一方で、俺はほんのわずかにだが煮え切らない思いも感じてしまっていた。グエンの声色は、本当に楽しそうだった。


 もちろん、グエンに俺以外に友達ができたのは嬉しいし、それは俺たち二人ともが望んだはずのことだ。


 でも、何だろう。この胸の奥に何かが引っかかるような思いは。グエンが交友関係を広げようとしていることを、手放しで喜べない自分がいる。


 もしかしたら、俺は自分が思っているよりも心が狭いのかもしれない。


 グエンはそれからも、基山さんと夕食を食べたときのことを上機嫌で話していて、俺は相槌を打ちながらも、どこか気が気でない思いを感じてしまっていた。



(続く)

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