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【第37話】照明


 箕輪さんが教壇から下りて、脚本の確認が終わると、活動は続いて映画のキャストやスタッフを決める段階に入った。


 俺たちが脚本を読んでいる間に、片瀬さんは必要なキャストやスタッフの役職をホワイトボードに書き終えている。各役職の下に括弧付きで書かれている数字は、その役職に必要な人数だろう。全ての数字を足すと、今の映画研究会の総会員数である、二〇になっている。


 そうして片瀬さんは再び教壇に立つと、いきなり「では、どの役職を担当したいかこれから訊きますので、一人一回担当したい役職に手を挙げてください」と言った。


 それは今突然知らされたわけではなく、俺たちはグループラインで前日のうちに、各役職の大まかな内容と人数を伝えられている。だか今に至るまで、俺やグエンにも考える時間は十分にあったのだ。


 それでも、まだ撮影現場を知らない俺たちには、具体的なイメージはなかなか湧かない。少なくとも、今もまだ決めかねているというのが、俺には本音だった。


 最初に片瀬さんが「では、監督をやりたい人」と尋ねる。監督も立候補制なんだと俺は少し驚いたものの、それでも片瀬さんを含む三人のメンバーが手を挙げていた。片瀬さんが、三人の名前をホワイトボードに書き込む。


 ここからどうやって決めるんだろうとは思ったものの、それでも片瀬さんは特に気にする様子も見せずに「では、次は撮影をやりたい人」と言う。どうやら一度全員の希望を聞いてから、改めて人数を調整するようだった。


 撮影の担当を募ったときにもまた違った三人が手を挙げていて、やはりやることがイメージしやすいのか、人気があるなと俺は感じる。


 そして、次に片瀬さんが訊いた役職は照明だった。定員は二人だ。目の前では、安井さんが手を挙げている。去年の映画でも照明を担当したらしかったから、十分予想できた事態だ。


 そして、俺もそれに続くように手を挙げた。理由は照明の仕事に興味があったというよりも、安井さんと同じ役職を担当できると思ったことの方が大きい。どの役職も俺にとっては全くの未知だったから、それならせめて親しい先輩と一緒に担当した方が良いと思ったのだ。


 そして、照明に俺たち二人以外の手は挙がらなかった。片瀬さんがホワイトボードに、俺と安井さんの名前を書き込む。まだ分からないが、それでも希望者がちょうど二人だから、もうこれで決定しただろうとも俺には思える。


 ここから他の役職にあぶれた人が割り込んでくるとは、俺には少し考えづらかった。


 そして、続いて片瀬さんが尋ねた役職は録音だった。すると、すぐに去年も録音を担当していたらしい基山さんが手を挙げる。


 そして、さらに俺は後ろでグエンが手を挙げた気配を感じた。振り返ってみてもやはりグエンの手は挙がっていて、それはきっと俺とほとんど同じ理由だろう。


 グエンは俺や安井さんの他にも、基山さんともよく話している。だから、少しでも動きやすいように基山さんと同じ録音を選ぶのも、理にかなっているだろう。


 片瀬さんが、ホワイトボードに二人の名前を書き込む。それが俺には、もうほとんど決まったように見える。


 グエンが疎外されることなく、映画作りの中で役職を見つけられていることは、俺としても大いに安堵できることだった。


 片瀬さんはそれからも次々と各役職の希望者を尋ねていっていた。その中には何人もの人が手を挙げた役職もあれば、誰も手を挙げなかった役職もあって、やはり立候補という形を採るとどうしても偏りが出てしまうんだなと俺は感じる。


 そして、一通り全員の希望を聞き終えた後は、監督など定員以上の希望者が集まった役職は、その希望者全員の協議によって決める形となる。


 そうなったら先輩の方が有利なのではないかと言ったら、それはその通りで、あぶれだす者は一回生が多かった。まあ新入生説明会でも一回生は細々とした雑用がメインになることが多いと説明されていたから、それもある程度は受け入れなければならないだろう。むしろ、すんなりと決まった俺やグエンの方がラッキーだ。


 他の役職の希望者が話し合っている間に俺は安井さんと、グエンは基山さんといち早く顔を合わせる。


 安井さんは「俺が照明をやると思って手を挙げたでしょ?」と早くも俺の意図を見抜いていて、俺は少し恥ずかしかったけれど、でも決まったからにはどのみちやることは一緒だった。





 それからも俺たちが少し話していると、全員分の役職はちゃんと活動時間内に決まっていた。監督は俺の予想通り片瀬さんに決まっていたし、他の役職も一応は話し合いという体裁を採って、次々と埋められていく。


 第一希望の役職には就けなかった人も、この日の活動時間が終わる頃には、どこかの役職には収まっていて、もちろん全員が希望通りの役職に就けたわけではなかったけれど、それでも表面上は紛糾することもなく、穏やかにこの日の活動は終わっていた。


 安井さんは同じ照明担当に決まったことだし、より現場で動きやすくするためにも、一緒に夕食を食べないかと俺に声をかけてきていて、俺も素直に頷く。その一方ではグエンも基山さんに声をかけられていて、俺以外にも親しい間柄の学生がグエンにできたことは、俺にとっても喜ばしかった。


「じゃあ、大体これでウチにある照明機材の説明は済んだかな」


 腰に手を当てながらそう言った安井さんに、俺もメモ帳を手にしたまま頷く。


 映画研究会全体での活動があった木曜日から、アルバイトに入った週末を経て月曜日。俺たちは三号館の裏にある部室棟にいた。その中の一室が映画研究会の撮影機材を保管する倉庫になっていて、そこで撮影に用いる照明機材の説明をしたいと、俺は安井さんから声をかけられていたのだ。


 実際に見てみると、それはイメージしていたよりも心なしか本格的で、決して安くはなさそうな見た目に、俺の気は改めて引き締まる。一回聞いただけでは覚えきれないことも予想して、メモ帳を持ってきてよかった。


「安井さん、ありがとうございます」


「ああ。でも、まあこのくらい当然だよ。それにこう言うのもなんだけど、こういうのってやっぱり実際に使ってみないと、なかなか分からないものだから。一回撮影前にちゃんとこの機材たちが動くかどうかを確認する機会もあるし、そのときにまた色々覚えてこうな」


「はい」


「それとさ、お前照明を担当することが決まってどうだよ? ちょっとは映画の照明のやり方については調べてきたのか?」


「ええ、まあ。簡単にですけどネットで」


「そっか。例えば?」


「えっと、映画の照明は三点照明といって、三つの方向からライトを当てるのが基本なんですよね。メインで当たるキーライトと、キーライトで出る影を薄くするフィルライトと、人物の後ろから当てるバックライト。合ってます?」


「ああ、大体合ってるよ。やっぱり少しは調べてきてくれたみたいだな」


「それはまあ、何も知らない状態で撮影を始めて、安井さんや他の人たちに迷惑をかけるわけにはいきませんから」


「そうだな。でもさ、もうちょっと専門的な映画照明の技術について書かれた本が部室にもあるから、よかったらそれも読んでみてくれ。もちろん学生映画だから、なかなか高度な照明はできないんだけど、でも知ってるだけでも大分違うと思うから」


「分かりました。また読んでみたいと思います」


 俺がそう返事をすると、安井さんも頷いて、俺たちは少しだけ埃っぽい倉庫から出る。安井さんがドアを閉めて鍵をかける。


 それでも、俺は先輩の手前、なかなか自分からは「もういいですか?」とは言い出せない。


 だから、俺は安井さんが「じゃあ、またよろしくな」と言ってくれるのを待ったが、それでも安井さんは「あのさ、それともう一つ訊いていいか?」と口にしていた。昼休みが終わって三限の講義が始まるまでにはまだ余裕があったので、俺も「なんですか?」と相槌を打つ。



(続く)

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