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【第35話】歓談


 そこから俺は二人に立て続けに、ホーチミンやロンアンには何があったり、何が有名なのかを尋ねていた。


 トゥーはサイゴン大教会やドンコイ通りといったホーチミンで有名な観光名所について俺に教えてくれていたし、グエンはロンアンには遊園地や、その地域の運送の要となっている港があることを話してくれる。


 二人はスマートフォンで写真を見せながら、自分たちが生まれ育った街のことを伝えてきてくれて、それは俺にとっても興味をそそられるもので、「いつか行ってみたいな」という言葉も、お世辞やリップサービスではなく零れ落ちる。


 二人も「ああ、よかったら来てみてよ」と言ってくれていて、俺たちの精神的な距離は言葉を交わすたびに、少しずつでも着実に縮まってきていた。


 そして、一通り俺が二人に出身地について訊いた次には、トゥーが俺やグエンに話を聞いてくる順番になる。グエンとはどのようにして知り合ったのかや、どうやって仲良くなっていったのかといったような質問に、俺も一つ一つ丁寧に答えていく。


 入学式で偶然隣の席になったことがきっかけだったことや、同じサークルに入ったりアルバイトをしていく中で、だんだんと気の置けない間柄になっていったことを話すと、トゥーも鷹揚に頷いて、時には「もっと聞かせてくれ」と言うように食いついてくる。


 俺たちの話に興味を持ってくれて、俺たちとしても大分話しやすい。おかげで俺も何のためらいもなく答えることができたし、また自然な流れでトゥーの大学生活についても尋ねることができる。


 トゥーは藍佐大学で軽音サークルに入り、日本人学生とバンドを組んでいたり、駅前のカラオケ店でアルバイトをしているらしく、俺の質問に答えるその表情からも、日本での大学生活に充実感を得ていることが伝わってくる。


 グエンとも時折こうやって会って食事をしているようで、二人がひとまずは日本での大学生活を必要以上に大変だと思っていないらしいことは、俺にも内心で安堵の息を吐けるほど嬉しいことだった。


 それからも二人の学生時代のエピソードや日本にやってきて感じたことなど、話題はいくつか変わりながらも、俺たちの話は少しも途切れることはなかった。心穏やかに話している二人を見ていると、俺も疎外感を感じることなく、いくらか自然体でいることができる。


 そうして話題は、いつの間にか俺の出身地に移っていた。グエンには俺は新潟出身であることは伝えていたが、それでもトゥーに「新潟ってどんなとこなんだよ?」と訊かれると、そういえば新潟の話はグエンにもあまりしていなかったなと気づく。


 だから、俺は二人に新潟はとにかく米が有名であることや、冬になるととても多くの雪が降ることを話す。ベトナムでも米は盛んに食べられているようだったから、米の話は二人も共感してくれていたけれど、それでも雪の話にはいまいちピンとは来ていないらしい。


 ベトナムは東南アジアに位置していて、しかもホーチミンやロンアンはその中でも南部に位置しているという話だ。赤道も近いから、冬になっても雪は降らないのだろう。


 二人は「雪は映画やアニメの中でしか見たことがない」と言い、俺は「じゃあ、冬になったら一緒に新潟行ってみるか」と返す。「新幹線なら二時間もかからないで着く」と言っても、さすがにベトナムとは違う寒さを想像しているのか、二人はどこか及び腰で、俺も軽く突っ込む。


 そうすると、テーブルにはまたささやかな笑いが生まれて、夕食を食べ始める前から、俺は既に今日この三人で会えてよかったと感じ始めていた。


 そうして俺が二人に訊かれて、さらに新潟の話をしている最中に、テーブルには店員がやってくる。まず俺とトゥーが頼んだフーティウを置き、もう一往復してからグエンが頼んだバインセオと三人で食べる生春巻きを追加で置く。


 目の前に置かれたフーティウは、湯気とともにまろやかな海鮮の香りが立ち昇ってきていて、食欲をそそられる。そして、俺たちは三人で「いただきます」をしてから、食事を始めた。


 フーティウを一口口に入れた瞬間から、口の中に優しくまろやかなスープの味が広がる。匂い通りに海鮮の出汁が効いていて、もっちりとした弾力のある米粉の麺にとてもよく合っている。香草の香りも良いアクセントになっていて、マイルドな味わいはラーメンやうどんとは違ったけれど、それでも俺にはとても食べやすかった。グエンやトゥーに向かって思わず「美味ぇよ」という声が出てしまったほどだ。


 二人も自分の国の料理が好評で、表情もどこか誇らしげだ。その表情も俺には微笑ましく、リーズナブルな値段もあって、自分の家からは離れていても、俺はまたこの店に通いたくなるようだった。


 俺たちはそれからも時折、話しながら食事を進める。フーティウは二口目も三口目もその美味しさは少しも変わらなかったし、ヌクマムというタレにつけた生春巻きも野菜の食感と豚肉や茹でエビの旨味が合わさって、その美味しさは目が覚めるようだった。


 グエンが分けてくれたバインセオも、ココナッツミルクが入った生地の甘味と、具材の塩気がいい塩梅に混ざり合っていて、口にした瞬間に俺は思わず頬を緩める。


 グエンやトゥーも慣れ親しんでいるであろう自国の料理に舌鼓を打っていて、俺たちのテーブルは暖かな賑やかさに包まれていた。


「なあ、お前ら大学では同じ映画研究会に入ってるって言ってたよな?」


 夕食も後半に差しかかり始めたところで、トゥーがふと俺たちに訊いてくる。俺たちも「ああ」と頷くと、トゥーはさらに身を乗り出すかのように尋ねてきた。


「そこって映画も撮ってるんだよな? 凄ぇじゃん。どんな映画なんだよ?」


「まあ撮ってるのは素人の大学生だから、そんなに大したもんじゃねぇよ。学生が故郷のことを想ったり、後はカップルの出会いやすれ違いだったりとか。先輩たちが撮った映画は、そういった身近なことをテーマにした映画が多かったかな。正直機材とか予算も限られてるし」


「いやいや、それでも映画を撮るってこと自体が、俺には凄ぇことに思えるよ。それでさ、今年はどんな映画を撮るのかって、もう決まってたりするのか?」


 トゥーの問いに、俺とグエンは軽く顔を見合わせる。少し目で会話をしてから、俺が答える。


「いや、まだ何も聞いてない。でも、撮影するのは毎年夏休みの間だって話だし、そろそろどういった話になるのかぐらいは伝えられるんじゃないかな」


「なるほどな。それってもしかして、お前ら出たりすんのか? もしそうだとしたら、俺も観てみてぇんだけど」


「いや、正直それも今の段階ではまだ分かんねぇよ。キャストは映研のメンバーから選ぶ場合もあれば、外から人を連れてくる場合もあるから。それに映画は、キャストだけじゃできねぇしな。撮影とか録音とか色んなスタッフが必要だし、俺たちがそっちに回る可能性だってかなりあるよ」


「そっか。なるほどな」


「あっ、いやでも、撮影された映画は秋の学園祭で上映される予定だから。もしよければトゥーにも敬朝大まで来てもらって、ボクたちが作った映画を観てほしいんだけど」


「そうだな。せっかくお前らが関わってるんだもんな。まだ分かんねぇけど、俺もできる限り予定空けて行くよ」


 そう自然な表情で答えたトゥーはお世辞を言ったり、無理して俺たちに合わせているようではなさそうだった。純粋に俺たちが作ろうとしている映画に興味を持っているようで、それが俺には嬉しい。


「ああ、待ってるぜ」と答えながら、それ以上に良い映画を作らなければと感じる。同じように答えているグエンもにわかにモチベーションが高まっていることが、横顔から伝わってくる。


 トゥーも変わらず微笑んでいて、客も増え始め賑やかさを増していく店内で、俺たちは気持ちよく夕食を食べることができていた。



(続く)

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