【第33話】連勤
映画はまあまあ面白かった。息もつかせない展開がスリリングで、アクションも見栄えがしていた。少なくとも俺が抱いていた期待は裏切らない出来だったし、グエンもまだ日本語を勉強している途中だから少し内容には理解できなかったところもあったようだったけれど、それでも「面白かった」と言っていて、俺たちは良い気分のまま家路に就くことができる。
モノレールに乗って俺たちの家の最寄り駅に着いた頃には、夕食にもちょうどいい時間帯となっていて、俺たちは駅の近くのラーメン屋に入った。ラーメンを食べながら、グエンと映画の感想や「明日からもまた頑張ろう」と話していると、俺には充実感が生まれる。また明日からの忙しい日々も、どうにか乗り切れそうだった。
そして、次の日もまたその次の日も、俺たちは朝の七時からアルバイトに入っていた。二日とも言わずもがなの混み具合で、俺たちもコンセッションに出ている間は忙しなく働く。
四日は朝から雨が降っていたものの、それでも映画館への客足は思っていたほどには鈍ってはおらず、反対に一日中晴れ渡って気温も上がった五日は、こんなにもこの辺りに人がいたのかと思うほど、映画館は終始賑わっていた。ポップコーンやドリンクも飛ぶように売れ、俺たちは観客の前だけでなくバックヤードでも休みなく働く。
俺やグエンも仕事には大分慣れてきて、ほとんどの場合なら島屋さんや先輩の従業員に訊かなくても、テキパキと業務を行えるようになっていた。
五日のアルバイトが終わって、ゴールデンウイーク最終日である六日を迎える頃には、俺にも大分疲労は溜まってきていた。たった三日間とはいえ、仕事中はほとんどの時間を立って過ごしていたことは、想像以上に堪えている。アルバイトが終わってからもどこかに出かけるわけではないのに、それでも六日は朝起きることさえ苦労してしまったほどだ。
ようやく布団から起き出した頃には、もう出勤時間に間に合うギリギリの時間帯になっていて、俺は急いで支度をして軽く走りながら最寄り駅へと向かう。
それでも、モノレールの時間にはなんとか間に合って、俺はどうにかグエンと映画館に向かい出せていた。車内では俺たちはお互いウトウトしていて、三日間立て続けに働いて、疲れ始めているのはグエンも同様のようだった。
俺たちが映画館に着いた頃には、時刻はもう六時五〇分を回っていた。急いで制服に着替えて朝礼に参加する。七時の開始にはどうにか間に合って、島屋さんや他の従業員も俺たちに注意はしてこなかった。
だけれど、ギリギリになってしまった申し訳なさを、俺はひしひしと感じる。次からはもっと時間に余裕を持って行動しなければならない。
コンセッションに出て、ポップコーンやドリンクなどの諸々の準備をしていると、開館時間である七時半はあっという間に訪れた。友人と、恋人と、家族で、もしくは一人でやってきた人たちが次々と館内に入っていき、映画の開始を待ちわびる。
コンセッションにも瞬く間に列はできていて、俺たちはいきなり忙しなく働く。
それでも、動いているうちに頭も身体もようやく目覚めてきて、かなり要領も掴めていた仕事を、俺たちは手早く行うことができていた。
ゴールデンウイーク最終日ということもあって、今日を逃せばまたしばらくは映画を観る機会もないという風に、映画館には続々と観客がやってくる。この四日間でも一番の混み具合に、コンセッションの列もなかなか途絶えることはない。
俺たちも注文をした人が映画の時間に間に合うように、素早くポップコーンやドリンクなどを用意していく。対応しても対応してもなかなかなくならない列は、俺には少し精神的に来たが、それでも焦ったり不満を言っても仕方がない。
今日が終われば、俺もグエンも明日はアルバイトは休みとなっている。だから、それもモチベーションにしながら、俺たちはひたすら働き続けていた。
とはいっても、やはりゴールデンウイーク最終日を迎えた映画館の混み具合は少し凄まじいものがあり、俺たちはなかなか休憩に入ることすらできていなかった。少しだけ落ち着いてきて、ようやく入れた休憩も三〇分が一回だけで、これは労働基準法か何かに触れるのではないかとさえ、俺には思えてしまう。
とはいっても、この忙しい中で俺だけが文句を言うわけにはやはりいかない。俺は制服の上に一枚羽織った状態で一度外に出ていき、隣のショッピングモールで昼食を買って休憩室に戻ってから食べると、後の時間はひたすら休んだ。
この後も、軽く三時間は立ちっぱなしだ。動きっぱなしだ。
だから、一緒に休憩をしている従業員と話すエネルギーさえ惜しくて、俺はただ漫然とスマートフォンを見て時間を潰す。それは相手も同様だったのか、会話がないことを気まずく思うような空気は休憩室にはなかった。
休憩を終えた俺は、あとはとにかく働き続ける。昼間になって、上映開始時刻もそれぞれのスクリーンで大分ズレてきていたから、コンセッションの前には常に誰かが来ていて、ずっと動き続けていると、やはり疲労は溜まってくる。
それでも、疲れ始めているのはグエンや他の従業員も同じはずだ。だから、俺たちは言葉にはしなかったが、それとなく目でお互いを励まし合って、仕事に向かっていく。
そうしていると、いくら遅く感じていたとしても時間は確実に流れて、俺とグエンは勤務終了時間である午後三時を迎えた。他の同じ時間に上がる従業員も含めて、まだ営業は続いているのに、俺たちの間にはどことなくやりきったような空気が漂う。
俺もゴールデンウイークの四連勤を無事に終えることができて、達成感を感じられていた。
そして、私服に着替えて関係者通用口を出ても、俺とグエンはすぐには家には帰らなかった。今度は観客として映画館に入る。
俺たちはゴールデンウイークの間、一日も休まずに働き続けたのだ。何かご褒美があって然るべきだろう。
俺たちは今日も従業員割引で映画のチケットを買う。コンセッションはやはりまだ混雑していたから並ばない。
映画が始まるまでの時間をグエンと一緒に待っていても、四連勤が終わった解放感からか話は自然と弾んだ。もちろん働き続けた疲労はあったけれど、それもグエンと一緒に話していると、気持ちよく溶け出していくようだった。
そうして毎日をアルバイトに捧げた、上京してから初めてのゴールデンウイークは終わり、七日になると大学は再開された。
とはいえ、四連勤による疲労はまだ俺の中からは抜けきってはおらず、朝起きて大学に向かうだけでも俺は少し苦労してしまう。
それはグエンも同じだったようで、教室に着いて俺の隣に座るやいなや、大きくあくびをしていた。俺も釣られるように、あくびをしてしまう。
すると、俺たちはどちらからともなく、小さく笑い合った。一緒にゴールデンウイークの四連勤を乗り越えたことで、俺たちの間に生まれていた連帯感はより強固なものになっていた。
それからも毎日大学に通い、時にはアルバイトをしていると三日間は瞬く間に過ぎていき、俺たちはまた土曜日を迎えていた。
この日も朝の七時から、俺たちは一緒にアルバイトに入る。映画館はゴールデンウイークのときとも、さほど変わらないほど混雑していた。当たり前だが映画は毎週新作が公開されて、それを観に来る人も確実にいるのだ。
だから、俺たちはこの日も忙しく働く。それでも、仕事にも立ちっぱなしでいること自体にも、俺たちはかなり慣れてきていたから、ずっと動き続けていてもアルバイトを始めた当初ほどの疲労はもう感じなくなっていた。
その日も、俺たちの仕事は午後の三時で終わる。その後にまた従業員割引で映画を観ると、時刻は夕方の六時に近づいていた。
今までだったらまっすぐ家に帰るか、隣のショッピングモールで何か夕食を食べるかの二択だったけれど、今日の俺たちはそのどちらの選択肢も取らなかった。
モノレールをJRに接続している駅で降りて、そこから都心へと向かう上り線に乗る。モノレールと違ってJRは混んでいたけれど、それでも俺は苦痛には感じない。むしろ少しワクワクさえしている。
今日はグエンの友人と三人で、一緒に夕食を食べることになっていた。
(続く)




