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【第32話】祝日

 アルバイト初日を大きな問題もなく終えられた俺たちは、最後に来週のシフトに入れる時間を島屋さんから訊かれていた。


 来週、いや正確に言えば明後日からはいよいよゴールデンウイークが始まる。映画館にとっても繁忙期で稼ぎ時だ。


 だから、島屋さんはなるべく多くシフトに入ってほしいと俺たちに頼んできていたし、俺たちにも特に断る理由はなかった。ゴールデンウイークの間は映画研究会の活動も休みだし、上京してからまだ一か月ほどしか経っていないなかで、帰省するのも少し早いだろう。


 だから、俺たちは特に休日である三日から六日はいつでも入れると、シフト希望を出していた。それを知って島屋さんは喜んでいてくれていたし、俺たちも自由に使えるお金が増えることは嬉しい。


 今この場で損だと思っている人間は、グエンも含めて誰一人いなかった。


 そうしてこの日の日程を全て終えた俺たちは、ロッカールームで私服に着替えると、島屋さんたちにもう一度「今日はありがとうございました」という挨拶をしてから、映画館を後にした。


 カードキーをかざして関係者通用口から外に出ると、少し涼しい風が俺たちの頬に当たる。四月も下旬になって日中はかなり暖かくなってきたものの、それでも夜になればまだまだ一枚羽織るものが必要だ。


 隣接しているショッピングモールも、もう全ての店舗が閉まっていたから、俺たちはまっすぐモノレールの駅へと向かう。駅に着くと、モノレールは数分してやってきた。夜の一〇時も過ぎた段階では車内はガラガラで、俺たちは何の支障もなく並んで座ることができる。


 そして、座席に腰を下ろすと、仕事中は感じなかった疲労がどっと押し寄せてきた。だけれど、それは嫌な感覚ではまったくなく、むしろ一仕事終えられたことが心地よくさえ感じられる。


 グエンもモノレールが動き出すやいなや大きなあくびをしていて、俺と同じように気が緩んでいるらしい。


 最寄り駅へと向かっていくモノレールの中で俺たちはそのまま少し喋ったり、軽く眠ったりする。


 初めて見る時間帯のモノレールの車窓は、建物や家々の明かりがきらめいていて、ほんの少しだったけれど俺には幻想的に感じられた。


 初日を終えてからも、俺たちは立て続けにアルバイトに入っていた。翌日も仕事に慣れるために大学を終えてから俺たちは映画館に向かっていたし、その次の日は祝日となっていた。


 初めて迎えた祝日に俺たちは、映画館がオープンした朝の七時半からシフトに入る。それでも、最初の上映回から観客は何十人何百人とやってきて、その分だけコンセッションにできる列も長くなる。俺たちも朝の早い段階から、フル稼働することを求められる。


 全員でコンセッションに入り、観客の注文を次々と捌いていく。出勤したときにはまだ少しあった眠気も、動き続けているうちに吹き飛んでいた。


 その翌日には、俺たちは二人揃って休みを貰えていた。島屋さんはまだ日本に不慣れなグエンのことを慮っているのか、俺と休むタイミングを合わせてくれていて、それは俺にとってもありがたく感じられる。俺だってグエン抜きで一人で働くのは、まだ少し心細い。


 だから、大学の講義はあったものの、俺たちは思うように羽を伸ばすことができていた。お互い五限まで講義を受講した後は、ここ最近の頑張りを労おうと俺たちは、俺の部屋で時間が許す限り映画やアニメを見た。なるべく楽をしたかったから、夕食もウーバーイーツで済ませる。


 来るのが初めてではなかったからか、前回に比べるとグエンもいくらかゆったりとくつろいでいて、それが俺には微笑ましく感じられた。


 そして、月が変わった最初の日は、俺たちは大学が終わってからアルバイトに入っていた。毎月一日は「映画の日」となっていて、誰でも割引料金で映画を観ることができる。だから、平日でも忙しかったのだ。


 夕方の時間帯から入った俺たちは、全ての回の上映が終わるまでたっぷりと業務を行う。


 すると、その翌日は俺たちにはまた休みが与えられていた。アルバイトとはいえ、週に二日の休日があるのは俺たちにも嬉しかったし、元々木曜日は映画研究会の活動があるから、俺たちもその日は「入るのが難しい」とシフト表に書いていた。


 講義が終わった後、映画研究会の活動に参加してメンバーと会話を交わしながらも、俺たちの意識は少し明日からのゴールデンウイークに向いてしまう。


 三日から六日の四日間は、俺もグエンも毎日シフトが入っている。休日の忙しさは既に一度経験していたけれど、それが四日間も続くとなると、俺には少し途方もなく思えるようだった。


 そうして迎えたゴールデンウイーク初日。俺は朝の六時にはもう目を覚ましていた。俺もグエンもシフトは四日間毎日、朝七時からの勤務となっている。


 冷凍食品をチンして簡単に朝食を済ませると、俺はすぐに家を出て最寄り駅の前でグエンと落ち合った。いよいよこれから繁忙期が始まることに、俺もグエンも心の中で身構えていることは表情から察せられる。モノレールに揺られている間も、全然眠くならなかったほどだ。


 映画館に到着して制服に着替えた俺たちは、他の従業員と一緒に簡単に朝礼に参加してから、コンセッションに出る。機械の様子を確認したり、フードやドリンクの準備を行っていると、時刻はすぐに開館時間である七時半を迎えた。


 その瞬間から、何人もの観客が場内に入ってくる。この日の最初の上映は七時五〇分から始まる。よって、その回や他のスクリーンでの初回の上映を観る観客で、コンセッションにもすぐに列ができる。俺たちもすぐにスイッチを入れて、働き始める。


 俺もグエンも多少業務に慣れてスピードは上がっていたものの、それでも朝から観客は一〇〇人近くやってきていて、従業員総出で取り組まなければとても捌けなかった。


 朝の時間帯は、一時間ほどの間に八つのスクリーンが立て続けに上映を開始する。だから、その分だけ観客も集中して、コンセッションの列もなかなか途切れなかった。むしろ提供しても提供しても、並んでいる人数は増えていっているかのようで、俺は少し途方に暮れそうにもなってしまう。


 それでも、今の俺たちにできることは、休まずに動き続けることしかない。全員で協力して、注文を一つずつ着実にこなしていく。


 そうしていると八時半を過ぎた頃から徐々に列は短くなり始め、九時も一五分を過ぎた頃には大方解消されていた。朝のとりわけ混雑する時間帯を大きなトラブルもなく乗り越えられて、コンセッションにもひとまず安堵が広がる。交代で休憩を取れる余裕も出てくる。


 俺たちの番はまだ少し先だったけれど、俺もグエンも二時間近く立ちっぱなしでいても、思っていたほどには疲れていない。自分たちがまだ若いことが実感できるようだ。


 そして、三〇分も経たないうちにコンセッションはまた混み出してくる。最初の回の上映が終わった観客がスクリーンから出てくるのも、横目では捉えられる。俺たちも、気を締め直して業務に向かう。


 今度の列は瞬間最大風速的には少し落ち着いていたものの、それでも次の回の上映開始時間には初回よりも幅があるからか、コンセッションに並ぶ人はなかなか途絶えなかった。


 それからもコンセッションにやってくる人は、寄せては返す波のように増減を繰り返し、比較的閑散としている時間帯には休憩を貰いながらも働き続けていると、時刻はいつの間にか午後三時を迎えていた。


 つまりそれは朝七時からの勤務が終わったことを示していて、俺とグエンは他の何人かのスタッフと一緒に、「お先に失礼します」と声をかけて、ロッカールームへと引き上げていく。


 制服から私服に着替えた途端、俺はどっと疲労が降りかかってくるのを感じて、働いている間はあまり気にならなかったけれど、それでも確実に疲れていたのだと感じる。


 でも、一仕事終えた解放感も確かにあって、それはグエンやこれで帰る他の従業員も同様であることが、少し話していても分かった。


「お疲れ様」とか「また明日」と、先輩たちがロッカールームを後にしていく。俺とグエンも着替えが終わったら長居はせずに、すぐに関係者通用口にカードキーをかざして、この日の仕事を終える。


 それでも、俺たちはそのまま帰ることはしなかった。今度は正面入り口から観客として映画館に入って、三〇分ほど後に上映される映画のチケットを、従業員割引で購入する。その映画は俺たちもちょうど見たかったし、従業員割引も一度は使わないともったいない。


 それにこの映画館は俺たちの家からも少し離れていて、そう気軽に来られる場所ではなかったし、午後三時過ぎは何をするにも少し中途半端な時間帯だ。


 だから、四連勤の初日でまだ疲労も軽いこともあって、俺たちは仕事が終わった後に、映画を観ようと決めていたのだ。


 チケットを購入した俺たちはロビーのソファに座って、軽く話しながら少し身体を休める。そうしているうちにも館内はまた混雑していき、この中の多くの人が俺たちと同じ毎年公開される大人気アニメの劇場版シリーズを見るのだろうと、俺はぼんやりと思う。コンセッションに並ぶ人も増えていて、同僚である従業員たちの苦労が偲ばれるようだ。


 だから、俺たちもポップコーンを食べたり、ドリンクを飲みながら映画を観たい気持ちはあったけれど、遠慮して何も買わずにスクリーンに入る。


 俺たちが座った後も、スクリーンには次々と人がやってくる。映画が始まる頃には満席に近いほど席は埋まっていて、そのアニメの衰えない人気を俺は実感していた。



(続く)

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