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【第3話】勧誘


 次の日、新入生へのオリエンテーションは、三号棟の一番大きな教室で行われた。教室に入った一〇〇人ほどの学生が全員ボクと同じ学部生だということに、少し不思議な感じもする。


 その中には留学生の姿も何人か見えたけれど、外見から察するに東アジア系や欧米系の学生で、ボクと同じような東南アジア系の学生は一人もいなかった。


 それでも、ひとまずボクは隣に座った男子学生に、勇気を出して話しかけてみる。でも、その男子学生も少し戸惑ったように応じていたから、ボクとしても長い間話すことは気が引けてしまう。


 同じ学部生だからといって話もそれほど弾むことはなく、一分にも満たなかった会話に、ボクは昨日の吉木さんとのやり取りを思い出さずにはいられなかった。


 オリエンテーションは講義と同じく、九〇分間行われた。履修登録の仕方や、学生生活を送る上での注意事項。この先の大まかな予定や大学の各機関の役割などを、講師となる学生課の職員がスライドショーを用いて説明した形だ。それと同じ内容の資料っも学生たちには配られていたから、何かあったらこれを参考にすればいいだろう。


 まだ漢字も勉強中のボクには多少読めない漢字はあったけれど、それでもこの大学は留学生に対する支援が充実していて、ベトナム語にも対応している。本当に困ったときにはベトナム語の資料も参考にすることができて、それはボクにとってはありがたいことこの上なかった。


 敬朝大学の留学生支援センターの職員や、ホアさんにもアドバイスを貰いながらどうにか履修登録を完了させたボクは、教科書や参考資料等を購買課で揃えて、いよいよ講義開始となる月曜日を迎える。


 二時限目の「現代経済論基礎Ⅰ」は、経済学部の一回生全員が履修する必修科目だ。だから、オリエンテーションのときと同じ面々が、教室に集まる。


 ボクはまだこの大学に話し相手がいなかったから、どうにか誰かと仲良くなろうと、一人で座っている男子学生の隣に座って、会話を試みる。だけれど、それも不発に終わったまま、ボクは講義開始の時刻を迎えてしまう。


 講義は初回だったから内容的に難しいことはさほどなかったけれど、それでも母国語とは違う日本語で九〇分間の講義を受けることは、いくつか理解できなかった箇所もあったから、集中力を保つことは少し難しかった。


 それからも日本語で行われる講義や出される課題に一生懸命に取り組んでいると、最初の一週間はあっという間に終わった。


 普通に日本の高校から進学してきた学生でさえ、大学生活に慣れるのは大変だろう。それが留学生であるボクとなればなおさらだ。まだまだ日本語にも完全には慣れていないから、講義の内容を理解するのも難しいし、課題にもより時間がかかってしまう。


 おかげで土日の休みもこの一週間の疲れがどっと出てしまって、ボクはあまり外に出られなかった。正午を過ぎる頃にようやく起き出しても、その後も何度も昼寝をしてしまう。その現実に、ボクは心細さや情けなさを感じてしまっていた。


 また、ボクがそのように感じたのは、講義や課題だけが理由ではなかった。


 いや、むしろ本格的に大学生活が始まって一週間が経つというのに、まだ一人も話し相手ができていないことの方が、要因としては遥かに大きい。


 一週間が過ぎる頃には、もうほとんど構内での友人関係はできあがっていて、ボクはまだどこにも属せていなかった。なかなか話しかけられないのは、ボクが留学生だからなのだろうか。


 それでも、同じ学部の留学生が他の日本人学生と話しているところは、ボクも見かけている。


 だから、ボクは原因は自分にあると捉え、同じようになかなか他の人と話せていない学生を中心に声をかけていた。


 しかし、そうした学生は元々一人でいるのが好きなのか、それとも人と話すのがあまり得意ではないのか、ボクとの会話もあまり弾まない。明確に拒絶されることはなかったものの、一度話したらそれでおしまいで、なかなか次には進まない。


 異国の地で日常的に話せる相手がいないという現実は想像以上にキツく、ボクの心はじわじわと蝕まれていくようだった。


 そうして迎えた、二週目の月曜日。


 ボクが二時限目が始まる前に大学に着くと、メインストリートとなっている一号館へと向かう道の両脇には、いくつもの簡易テントが張られていた。その中には椅子と長机が置かれ、先輩と思しき学生たちが座っている。


 さらに、各ブースごとにポスターや立て看板など様々な展示がなされていて、その様子を見てボクはこれがオリエンテーションでも説明された、サークルへの勧誘期間かと察する。


 既に何人かの新入生と思しき学生が説明を聞いていて、辺りは賑やかだったけれど、でもボクには二時限目の講義が控えているから、今はゆっくりと見て周っている時間はない。それとなく各ブースに目をやりながらも、一号館へと向かっていく。


 その間もボクはいくつかのサークルからチラシを渡されて、どのサークルも新入生を呼び込むのに必死なようだった。


 講義が終わって一号館から出ると、昼休みを迎えたからか一号館から伸びる通りは、さらに活況を呈していた。あちこちのブースで人の呼び込みが盛んに行われていて、日本の大学はこうなのかと、ここでもボクはカルチャーショックを感じる。ただ歩いているだけでも、様々なサークルが自らの魅力を宣伝していて目移りがする。


 ホアさんから話し相手や友達を作って大学生活をより充実させたいなら、サークルに入ることも検討してみるといいと、ボクはアドバイスを受けている。実際、日本の大学生活について少し調べてみても、サークルが占める割合はことのほか大きく、だからボクは大学のホームページに載っていたサークル紹介にも、あらかた目を通している。


 そして、その中で一番気になっていたサークルのブースに、ボクは向かった。


「あの、ここってフットサルサークル『FC KEICHO』のブースですか?」


 ちょうどブースが空いたタイミングで、ボクは思い切って声をかけてみる。すると、ブースに座っていた男女はあからさまに意外そうな顔をしていた。留学生のボクがサークルに入るのも、決して変ではないはずなのに。


「もしかして、入会希望?」と、男性が訊いてくる。ボクが「はい」と頷くと、その二人は今度は見るからに表情を華やがせていた。


「そっか! ありがと! まあ、とりあえず座ってよ」


 男性にそう促されて、ボクもパイプ椅子に腰を下ろす。目の前の二人は微笑んでいたけれど、それでもボクの緊張は止むことはない。


「じゃあ、とりあえず自己紹介をしようか。俺は加賀(かが)で」


「私は木更津(きさらづ)


「あっ、はい。ボクはグエン・ヴァン・カンです」


「そうなんだ。グエンくんって呼べばいいかな」


「あっ、はい。それでお願いします」


 二人は何回生かは分からないけれどフランクで、それがかえってボクの緊張を高めた。


 少なくともボクはこの大学に入学してから、こんなに親しく人に話しかけられたことがないから、少しあたふたしてしまうようでもある。


「じゃあ、グエンくん。ウチの活動内容を説明させてもらうな。ウチは毎月第二・第四水曜日に集まって、近くにあるフットサルコートでフットサルをするってサークルなんだ。ウチに興味を持ったってことは、グエンくんもサッカーやフットサルは好きなの?」


「は、はい、まあ。ベトナムではサッカーが人気ですから。でもボク、サッカーは体育の授業でくらいしかやったことないんですけど……」


「ああ。それなら心配しなくていいよ。競技志向のサッカー部は別にあるから。ウチはあくまでみんなで楽しくフットサルをやりましょうってサークルだから」


「そ、そうなんですか……。でも、多分ですけど、お金がかかるんじゃ……」


「そりゃフットサルコートの使用料もタダじゃないからね。でも、そんな心配しなくてもいいよ。何万円とかかるわけじゃないし。グエンくんでもちゃんと払えるような金額だから」


「そ、そうですか。それはありがたいです」


「ねぇ、グエンくん。もし興味があるなら、明後日にさっそく活動があるから、よかったら来てみない?」


 そう訊いてきた木更津さんに加えて、加賀さんもボクに期待するような目を向けている。二人からの視線を受けると、ボクは断りにくい。


 それにこのままサークルに入らなかったら、四年間を一人で過ごすことになる想像も容易にできたから、ボクには迷う必要はなかった。


「は、はい。じゃあ、お願いします」


 ボクがそう答えると、二人はすぐに喜びの表情を浮かべた。新入生を一人勧誘できたことが嬉しいのだろう。それは留学生であることも関係ないようで、ボクは良い返事ができたらしい。


「ありがとう! じゃあ、ラインはやってるよね? 当日の連絡のために、交換しておきたいんだけど!」


 身を乗り出すかのように訊いてきた加賀さんに、少し気圧されそうになりながらも、ボクも「はい」と頷いてスマートフォンを取り出す。あまり経験はなかったけれど、それでもどうにかラインのアプリを開いてQRコードを表示させると、加賀さんはスマートフォンのカメラで、それを読み取ってくれた。


 そして、ボクの友だちリストに「加賀卓馬(かがたくま)」という名前が追加される。入学してから初めて同じ大学の学生とラインを交換できたことに、ボクは感慨を覚えずにはいられない。「これで一人じゃなくなった」と、大げさでなく思うほどだ。


 さらに、ボクは加賀さんからグループラインにも招待を受ける。「FC KEICHO入会希望者(仮)」と題されたそのグループには、木更津さんとさらにもう一人、ボクが知らない「町屋修士(まちやしゅうじ)」という名前がメンバーに入っていた。


 加賀さんから「そのグループを、一回生との連絡に使うから」と言われて、ボクはそのグループラインに入る。入ってすぐに木更津さんが「ようこそ!」と、猫のキャラクターのラインスタンプを送ってきていて、ボクの心はまた少しだけ絆された。



(続く)

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