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【第28話】応募(2)

「グエンさ、一つ訊きたいことがあるんだけど」


 四月も終わりが見えてきたとある日の昼休み。俺は昼食を食べ始めたところで、隣に座るグエンに尋ねていた。


「何?」と反応するグエン。俺へのタメ口は、敬語をやめてから一週間以上が経ったこともあって、大分スムーズになっていた。


「そろそろさ、バイトしたくねぇ?」


 俺はなんてことのないような調子で言う。


 実際、俺たちは大学に入学してから、もう一ヶ月が経とうとしている。大学生活にも慣れてきているし、そろそろアルバイトを始めてもいい頃合いだろう。


 だけれど、グエンは「バイト?」と不思議そうに訊き返している。あたかもその単語を初めて聞いたかのように。


「そう、アルバイト。俺たちも大分大学生活に慣れてきたし、何より自分で自由に使えるお金はほしいだろ?」


「それはそうだけど、でもバイトするにしたって、何のバイトするんだよ」


 そう訊いたグエンに、俺は「ふふふ」と気味が悪い笑い方さえしそうになる。よくぞ訊いてくれましたと、俺はとっておきの秘策を話すように答えた。


「いやな、実は最近良いバイトを見つけたんだよ」


「良いバイト? ってどんなだよ?」


「ああ、待ってろ。今表示させるから」


 俺は机の上に置いていたスマートフォンを手にする。そして、そのページをブラウザーに表示させて、グエンに見せた。


「いやな、モノレールで立川まで行って、そこから二駅行った駅の近くに映画館があるんだよ。俗に言うシネコンってやつ。で、今そこがアルバイトを募集してるんだよな」


 俺の話を聞きながら、グエンの目はスマートフォンの画面に向いている。興味は持っているようだったから、俺は自分のスマートフォンをグエンに手渡して、「よかったら見てみろよ」と言う。グエンも画面をスワイプさせながら、アルバイトの応募要項に目を通している。


 でも、グエンにはまだ読めない漢字もあるかもしれなかったから、俺は口頭でも説明した。


「時給は一二〇〇円だから決して高いとは言えないんだけど、それでもシフトの融通は大分利くみたいだし、何より社員割引はアルバイトにも適用されて、その系列のシネコンならどこでも映画が一本一二〇〇円で観られるんだよ。それって一般料金が一九〇〇円ってことを考えると、かなりお得だろ? ただでさえ俺たちは映研に入って、これからたくさんの映画を観ようとしてるわけだし」


「確かに悪い話ではなさそうだな。で、友貴はここに応募するつもりだと」


「いや、俺はてっきりお前も一緒に応募するもんだと思ってたけど」


「えっ、ボクも?」グエンは驚いたような表情を見せていて、自分が応募することを本当に考えていなかったようだった。


 そんなグエンにも、俺は「そりゃそうだろ」としか思わない。何のために、グエンにその映画館でのアルバイトの情報を見せたのかという話だ。


「いや、お前だって一人で誰も知り合いがいないところでバイトするよりも、俺と一緒にバイトした方がいくらか気は楽だろ?」


「それはそうだけど、でもボクはまだ日本に来たばかりだし、日本語もまだまだ勉強途中だから、そんなすぐに採用されるかな……」


「グエン。せっかくなんだから、前向きに考えようぜ。それに俺は、俺たち二人とも採用される可能性は低くないと思ってるんだけど。だってほら、もうすぐゴールデンウイークだろ? それこそ映画館は猫の手も借りたいほど忙しくなるだろうし、人手も必要になるだろうから」


「確かにそれはそうだけど……」


「だろ? ていうかさ、応募するなら早く応募した方がいいと思うぜ。このバイト、募集が始まったのが昨日のことなんだよ。社員割引で映画を一二〇〇円で観れるっていうのは魅力的だし、きっと他にも応募する人は出てくると思う。だから、決めるならなるべく早く決めた方がいいと思うんだ」


「そうだな……」そう言って、グエンは少し考え込む様子を見せ始めた。カレーライスを食べる手も止まっている。


 その様子に、俺はどうか首を縦に振ってくれることを望む。一人でアルバイトを始めることが心細いのは、俺も同じだった。


「分かった。俺もそのバイトに応募してみるよ」


 少し考えた結果、グエンは俺が期待した通りの返事をしてくれていたから、俺も心の中でガッツポーズができる。


 もちろんまだ採用されると決まったわけではないものの、それでも二人とも採用されると明るい展望さえ抱けるようだ。


「そっか! ありがとな! じゃあ、ちょっと待ってろ。今応募ページのURLをラインで送るから。そこから応募してみてくれ」


 そう言って、グエンが頷いたのを確認してから、俺はスマートフォンを返してもらい、応募ページのURLをコピーして、グエンにラインで送った。


 すぐに既読はついて、グエンもさっそく自分のスマートフォンを操作している。俺も同じようにそのページから氏名や住所、簡単な来歴や志望動機を入力して、「送信」をタップする。


 グエンも少し時間はかかっていたが、俺に「応募できました」と言って、「応募完了」と表示された画面を見せてきた。それを見て、俺の表情も思わず緩む。


 次は担当者から面接の連絡を来るのを待つ段階だが、既に俺にはその映画館でグエンと一緒に働いている様子も、イメージすることができていた。





 俺たちがアルバイトに応募した映画館からメールで返信が来たのは、同じ日の夜の九時を過ぎた頃だった。


 メールの差出人は冒頭で「採用担当の島屋(しまや)です」と名乗っていて、その内容は「面接をしたいから、都合の良い日時を教えてほしい」というものだった。書類選考があったのは分からないが、それでも面接という次の段階に進めたことに、俺は小さな手ごたえを得る。ラインで確認したところ、グエンにも同様のメールが届いているようだ。


 どうせなら面接日を合わせたいと、俺たちは軽くラインで相談をする。今日は月曜日で、できることなら明日にでも面接をしたいがそれはいくら何でも急すぎるし、俺たちとしても準備は必要だ。


 それでも、他の応募者もいるかもしれないことを考えると、なるべく早く面接はしたい。そうやってグエンと少しやり取りをした結果、俺たちはひとまず二日後の水曜日、講義が終わった後の時間帯に面接を入れてもらえるよう、返信をした。履歴書も一日あればどうにか書けるだろうし、何なら翌日の木曜日でも映画研究会の活動には不参加になってしまうが構わない。


 とにかく俺は大学生になったからには、高校時代にはできなかったアルバイトというものをやってみたかった。


 島屋さんからの次の返信は翌日の、大学に向かおうと家を出ようとしたときにやってきた。それは明日、水曜日の午後五時から面接をすることが決まったというメールで、俺は再び「よっしゃ」と思う。履歴書をはじめとした必要な持ち物も、今日一日あれば揃えられるだろう。


 俺が弾んだ気分で家を出ると、大学に向かっている途中にグエンからのラインも届く。グエンも同じ日の午後六時に面接をしてもらえることになったらしい。


 もしかしたら同じタイミングで応募したから、島屋さんも俺たちが友人同士であることには気づいているのかもしれない。短い時間にまとめて面接をしてくれるという配慮が、俺たちにはありがたかった。


 そうして俺は講義と講義の間に映画館でのアルバイトの仕事内容や、アルバイトの面接への対策などをレクチャーしたウェブ記事をひたすら読んでいく。有用な記事はラインでURLを送ってグエンとも共有するし、一緒に昼食を食べたときも、話題は明日の面接のことで持ちきりだった。俺もグエンも、今から少し緊張している。


 そうしてそれぞれ四限目の講義を終えた俺たちは、再び落ち合って道路を挟んだ先にある五号館へと向かった。学生食堂や購買があるこの棟には、一階に証明写真機もある。


 俺たちは、まずそこで履歴書に貼る証明写真を撮った。


 初めて使う証明写真機に少し苦戦しながらも、俺たちはどうにか証明写真を撮り終わる。出来上がった写真を見ると、二人とも明らかに表情が硬くて、軽く笑えてくるようだった。



(続く)

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