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【第27話】同年

 そこまで難しい日本語を使っている作品ではないが、まだ日本語を勉強中のグエンがセリフを聞き取れないことも想定して、俺は日本語字幕をオンに設定する。グエンがコンビニエンスストアで買ってきたジュースや個包装のお菓子をテーブルに用意してから、俺は再生を始めた。


 すると、耳馴染みのあるメロディーとモノローグが聞こえてくる。グエンも「綺麗ですね」と言っていて、とりあえず第一印象は悪くないようだった。


 俺たちは時折お菓子をつまみジュースを飲みながら、『君の名は。』を見続ける。やっぱり「前前前世」が流れるシーンは何度見ても勢いがあるし、主人公の男女が入れ替わる展開もコミカルかつ軽快で見やすい。


 グエンも度々「これはこういうことですか?」などと俺に声をかけたり、思わず表情を緩めたりしている。どうやら前向きに映画を楽しんでいるようで、俺としてもこの映画を選んでよかったと見ている間から思える。


 映画は途中で思いもよらない真実が明かされて、それをきっかけに展開はさらに加速していく。それは何度か見ている俺でも思わず見入ってしまうほどで、グエンも明らかに俺に声をかける回数やお菓子やジュースに手を伸ばす頻度が減っていた。


 それほどまでに、今流れている映画に集中しているのだろう。俺も画面に釘付けになる一方で、グエンと同じ時間を共有していることが嬉しく感じられた。


 映画は二時間ほどかけて、前向きなハッピーエンドで終わった。ラストのセリフが決まってエンドロールが流れ始めた瞬間に、俺は確かな感慨を覚える。やはり何度見ても、良い映画は良いのだ。


 グエンがどう思ったのかも、何か言われる前から俺には雰囲気で伝わってくる。


 外ではまだ雨が降り続いていたけれど、部屋の中は暖房を入れなくても暖かかった。


「友貴さん、今の映画凄く面白かったです」


 グエンはエンドロールの最中からそう俺に声をかけてきていて、俺は自分が作ったわけでもないのに、思わず「よっしゃ」と思ってしまう。日本で広く受け入れられたように、『君の名は。』は外国人で感性も違うであろうグエンにも受け入れられていた。


「そっか。お前が気に入ってくれたようで、俺も嬉しいよ。なあ、具体的にはどこが面白いと思った?」


「いや、最初の二人が入れ替わるところから面白かったんですけど、でも三葉(みつは)の村がもうないって分かったときから、さらに面白くなっていて。最後の方はずっとハラハラドキドキしながら見てました」


「そりゃよかった。俺もほとんど同じ感想だよ」


「はい。この映画を好きだなんて友貴さん、センスありますね」


「いやいや、そうでもねぇよ。この映画は公開されたときには一〇〇億円超えの大ヒットをしたんだし、評判もいいから。別に俺だけが特別じゃねぇよ」


「そうなんですか。でも、それでも友貴さんはセンス良いと思いますよ。実際、今見た映画も面白かったですし、他にも面白い映画やアニメを知ってるんですよね?」


 グエンはそれでもなおまっすぐに俺のことを褒めてくれていたから、俺も悪い感じはしない。「ま、まあ、そりゃちょっとはな」と思わず照れてしまったものの、それでも「センス良い」とはなかなか他人から言われたことがなかったから、内心では舞い上がってさえしまうようだ。


 グエンはさらに「友貴さん、凄いです! じゃあ、また友貴さんの家に来て映画とかアニメ、見ていいですか?」と俺に尋ねてくる。俺も「ああ、いいぜ」と頷こうとする。


 だけれど、とある思いが俺に返事をさせるのを妨げた。どこかむずかゆいような、こそばゆいようなそんな思いだ。


 俺が少しでも口ごもっていると、グエンは「ダメですか?」と少し心配そうに、俺の顔を覗き込んでくる。それを見ると「ダメだ」なんて、俺には言えるはずもなかった。


「いや、別にダメじゃないんだけどさ、そのためにはちょっと俺と一つ約束をしてくれないか?」


「何ですか?」グエンは少しも心当たりがないような顔をしてみせる。俺は少し思い切って告げた。


「あのさ、よかったら俺にはタメ口で話してくれるとありがたいんだけど。ほら、俺らってタメなわけじゃんか。同い年じゃんか。だから、敬語を使われると、俺はちょっと気が引けちまうんだよな」


「で、でも友貴さんは友貴さんですし……」


「だから、その『さん』付けが俺には、ちょっとこそばゆいっていうかむずかゆいんだよ。同い年なのに、片方だけが敬語を使ってるのもおかしいだろ? だから、な? 頼むよ。俺を助けると思って」


 少し難色を示しているグエンにも、俺は重ねて頼み込む。実際、グエンだけに敬語を使わせているのは、俺が偉ぶっているみたいで申し訳ない。


 まだ渋られるようだったら、手を合わせるか頭を下げるか。そんな思いさえ俺の頭には過っていた。


「……分かりました。それを守ったら、また家に呼んでくれるんですよね?」


「ああ、もちろんだよ」


「は、はい。じゃなくて、おう……? えっと、友貴……?」


「助けると思って」という言葉が効いたのかもしれない。グエンはぎこちないながらも、俺を呼び捨てにしてくれていて、それが俺には嬉しかった。ようやくグエンが、俺に心を開いてくれたような気さえする。


 まだぎこちないのは気になるけれど、それも話していけば次第に慣れていくだろう。


「ああ。今度からそれで頼むぜ」


「はい、分かりました。あっ、いや、分かった、ぜ……?」


 そんなにすぐには切り替えられなかったのだろう。尋ねるようなグエンの口調がおかしくて、俺は少し笑ってしまう。グエンも釣られて小さく笑っていたから、気を悪くしたようではないことに、俺もさらに安堵できていた。


「よっしゃ、じゃあ次の映画見るか。改めてだけど、グエン何か見たいのある?」


「い、いや、友貴が見たいのでいいよ」


「そっか。じゃあ、同じ監督の『天気の子』って映画があるんだけど、それ見るか。こっちも面白いし」


「う、うん、じゃあ、それで」


「ああ。でも、その前にグエン腹減ってないか? もう夜の七時を過ぎてるし、食べたいもんあったらなんかウーバーでも頼むけど」


「い、いや、そんな気遣わなくても大丈夫だよ」


「いや、つーか俺が腹減ってんの。それに外はまだ雨降ってるし。あと、別に俺のおごりってわけじゃないから。お前にもちゃんと、自分で頼んだ分のお金は払ってもらうから」


「そ、それならボクはカレーが食べたいかな」


「言うと思った」そう言って、俺はスマートフォンを手にとって、ウーバーイーツのアプリを起動した。表示された地図から、最寄りのカレーチェーンを選んでメニューを表示させる。


 グエンもその店には行ったことがあるらしく、少し考えてから頼むメニューを決めていた。俺も自分の注文を決め、二人分の夕食をウーバーイーツで注文する。


 あと三〇分ほどで届くらしく、俺たちはリモコンを操作して、それまで同じく無料で見られる『天気の子』を選び、再生させる。


 映画が始まった途端、グエンの目は再び画面に釘付けになっていて、それを横目で見ていると、俺も安寧としていられた。



(続く)

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