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【第26話】訪問

 それでも、ひとまず映画研究会への入会はいったん保留にしたまま、俺たちは翌日の講義も終えて土曜日を迎えていた。敬朝大学には土曜日に行われる講義もあるが、俺たちは二人ともそれらを履修していない。だから、俺たちには日曜日だけでなく、土曜日も完全な休日となっていた。


 とはいえ、実際に土曜日になると、朝起きた瞬間から俺は若干の憂鬱さを感じてしまう。外では雨が降っていたからだ。それはわざわざ窓の外を見なくても耳に入ってくる雨音だけで分かって、なおかつスマートフォンの天気予報では、今日は一日中雨が続くと予想されている。外に出るだけでも億劫だ。


 もう寝れないというギリギリまでベッドの中で過ごし、午前一〇時過ぎにベッドから出る。そして、手早くフルーツグラノーラに牛乳をかけて食べながら、俺は今日一日何をしようか考える。


 漫画アプリで漫画を読んだり、録画してある今期のアニメを見たりといくつか過ごし方は思いついたが、それでも今日一日をそれで潰せるかどうかは、俺には少し心許なかった。


 ウェブ漫画を読んだり、録画していた今期のアニメを再生したり、だらっとスマートフォンでSNSを見たり。そうやって漫然と過ごしていると、時間はひどくゆっくりと流れた。


 スマートフォンで時刻を確認する度に、「まだそれだけしか経っていないのか」と俺は思ってしまい、「暇だ」という思いも頭に浮かぶ。昼寝もしたい気分ではなくて、溜まっているアニメの録画を見終えると、俺はすっかりすることがなくなってしまう。外で降っている雨は、まだ少しも弱くなっていない。


 だから、俺は一時でも暇つぶしになればと、ラインを開いていた。何となく一番上、つまりは直近でやり取りをしたグエンとのトーク画面を開く。


 俺はひとまず「今、何してる?」とメッセージを送る。すると、グエンからの返信はすぐに送られてきた。


「今は、スマホでマンガを読んでました」


 グエンも、外に出るのが億劫なのだろう。俺と大差ない過ごし方をしていることを知ると、やはり俺たちにはどこか通ずるものがあると、俺は感じる。


「そっか。今、暇?」「まあ、そうですね?」「今、家にいる?」「はい」そんなやり取りの延長線上で、俺は少し思い切って尋ねた。


「今からさ、お前ん家行っていいか?」


 俺の提案が突拍子もなく感じられたのか、グエンは「えっ、どういうことですか?」と返してきた。そんなの言葉通りの意味だろと思いつつも、俺もさらに返信を送る。


「いや、俺家にいてもやることないなって思っちゃって。だったらさ、二人で会って何か話した方が、多少時間も潰せるだろ?」


「それはそうですけど、でもそれなら、ボクが友貴さんの家に行きますよ」


「いや、いいよ。この雨の中、お前を外に出させるの申し訳ないし。俺が行くよ」


「いえ、ボクが行きます。ボクの方こそ、友貴さんを外に出させるのは申し訳ないですし。ていうか、ボクの家狭いし散らかってるので、そこに友貴さんを上げるのは気が引けるんですけど……」


「そんなの、俺だって同じようなもんだよ」


「いいえ、絶対ボクの家の方が散らかってます。ボクが友貴さんの家に行きますから。住所教えてください」


 グエンは頑なで、もしかしたら他に何か家に人を呼びたくない理由があるのかもしれないが、それでもそこまで言われると、俺としても強引にグエンの家に行くことはできない。


 だから、俺は「分かった」と観念し、今住んでいるアパートの住所をグエンに伝える。「それを地図アプリにコピーしてくれればいいから」とさらに送ると、グエンからも「分かりました。今から向かいたいと思います」と返信がある。


 そして、俺が「ああ、気をつけてな」とメッセージを送ると、既読がついただけでグエンからの返信は途絶えた。つまりは、もうやり取りが終わったということなのだろう。グエンの家がどこにあるのか俺は知らないが、それでも途中までは大学から帰る方向が同じなのだから、そんなに遠くはないはずだ。


 俺はグエンがやってくるまでの時間で、少しでも部屋を綺麗にしようと試みる。床に脱ぎっぱなしの衣服を片付け、カーペットクリーナー(「コロコロ」と呼ばれるアレだ)をかけ、部屋中に軽く消臭剤を吹きかける。


 そうしていると、十数分が経ってからインターフォンが鳴らされた。モニターをチェックすると、そこには両手に傘とコンビニエンスストアのレジ袋を手にした、グエンが立っていた。


 俺は玄関を開ける。すると、グエンの足元は少し濡れていて、雨だけでなく外では風も少し強く吹いていることが察せられた。


「グエン、大丈夫だったか? 雨はまだ降ってるんだよな?」


「はい。でも、一〇分ぐらいで着けたので、思ってたよりも濡れずに済みました。あの、友貴さん、上がっていいですか? 近くのコンビニで、ジュースやお菓子も買ってきたので」


「そっか、ありがとな。まあ、上がれよ。これといったもてなしはできないんだけどな」


「はい。お邪魔します」


 そう言って、グエンはちゃんと履いてきたスニーカーを脱いで、俺の家に上がった。


 入るなり、グエンは部屋のあちこちを見回していて、それが俺には軽く掃除したにも関わらず少し恥ずかしく感じてしまう。とはいえ、手狭な俺のワンルームにソファなんて大それたものはなく、グエンにはベッドに腰を下ろしてもらうことになる。


 こんなときにお茶の一つでも出せないのが情けなかったが、それでもグエンの表情は、見る物すべてに新鮮さを感じているようだった。


「どうしたんだよ。俺の家、そこまで珍しいもんは置いてないだろ」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど、でもボク日本に来てから他の人の家に行くのは初めてなので。何だかすごく新鮮です。ボクとは違う『生活』がここにあるみたいで」


「そりゃ実際に、俺はここで生活してるからな。それよりグエン、これから何したいとかあるか?」


「いえ、特には。友貴さんがやりたいことをやってください」


「そんなこと言っても、俺も特にしたいことないしな……。とりあえずテレビでも見るか?」


「はい。それでお願いします」


 そうグエンに頷かれたはいいものの、俺は一瞬ためらってしまう。土曜日の午後四時を迎えるこの時間帯にやっているテレビ番組を、俺はほとんど知らなかった。バラエティー、ワイドショー、ドラマの再放送、どれもイマイチ興味を持てない。


 グエンも「どうかしたのか?」という目を俺に向けている。


「グエンさ、ジャンプとか漫画が好きって言ってたよな?」


「はい。そうですけど、それがどうかしましたか?」


「じゃあさ、ひとまずアニメでも見るか? 俺んちのテレビさ、Fire Stickが繋がっててネトフリやアマプラが見られるんだ」


「ネトフリ? アマプラ?」


「要するに好きなときに、好きなアニメや映画が見られるってこと」


「そうなんですか。それはいいですね。ボクもアニメ見たいです」


「分かった。じゃあさ、グエン何か見たいのあるか?」


「いえ、友貴さんが好きなのを見せてください」


「そう言われるのが一番困るんだよな」という思いを俺は喉の奥に引っ込め、「そうだな……」としばし考える。


 グエンがいつ帰るか分からない以上は、何話もあるテレビアニメは不向きだろう。となると、選択肢は自ずとアニメ映画に絞られる。


 ジャンプ作品の劇場版にしようか。とはいえ、グエンがその作品を好きでなかったり、知らなかったりする場合もあるかもしれない。


 だとしたら、ここで選ぶべきは二時間ほどで完結する単作のアニメ映画だろう。一応「ジャンプじゃなくてもいいか?」と訊くと、グエンも「はい。大丈夫です」と答えてくれる。


 単作で、なおかつ万人受けするアニメ映画。その条件で最初に思いついた作品を、俺は再生することにした。アマプラを開いて、見放題の中に入っていたその作品を選ぶ。


『君の名は。』は大ヒットしていて、俺も面白いと思っているから、きっとグエンも同じように思ってくれるだろう。



(続く)

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