【第25話】故郷
それからも、俺たちは時間があるときには、様々なサークルを見て回っていた。軽音サークルや将棋サークル、クイズサークルにフットサルサークルなどグエンは様々なサークルに興味を示していて、その都度俺もついていく。
当然、どのサークルも新入生を迎え入れたい一心なのだろう。説明を聞いていると、どのサークルもそれなりに魅力的なように俺には思える。
だけれど、それも映画研究会には及ばない。グエンはどうなのか知らないが、俺は木曜日に行われる映画研究会の説明会に参加したい気持ちを、日に日に強くしていた。
そして、迎えた木曜日。五限の講義が終わるとすぐに、俺は隣に座っていたグエンに声をかけていた。用件はもちろん、この後六時半から行われる映画研究会の説明会に参加しないか、だ。
グエンも頷いてくれたから、俺たちは少しだけ時間を潰してから、説明会が行われる七号棟の七一二教室に向かう。
始まる一〇分くらい前に教室に入ると、そこには既に二〇人ほどの学生が座っていた。前方で少し緊張しているように開始を待っているのは新入生で、後方で砕けた調子で談笑しているのが先輩たちだろうと、入って間もなく俺は察する。男女比は半々くらいだ。
そして、俺たちがやってきたのを見ると、他の学生と話していた安井さんが俺たちに近づいてきて、「来てくれてありがとう!」と言ってくれる。俺たちは頷くと、前方の空いている座席に座るよう促される。
ちょうど一列目の奥の方に隣り合って二つ席が空いていたので、俺たちも自然とそこに座る。
安井さんはそれからも俺たちに声をかけてくれていたから、俺もそこまで大きな緊張を抱かずにいられた。
それからもさらに数人の新入生と思しき学生が入ってきてから、説明会は定刻通りに始まった。まず俺たちにはA4用紙一枚のプリントが配られ、続いて俺たちよりも少し背が高い、髪を肩のあたりまで伸ばした女子学生が、教室の一番前にある教壇に立った。
そして、その人は声量以上によく通る声で「皆さん、今日は私たち映画研究会の説明会に来てくれてありがとうございます。私は、今年度の主務を務めさせていただいています、社会学部三回生の片瀬です。今日は短い時間ですが、よろしくお願いします」と挨拶をした。俺たちも小さく頭を下げ返す。
それを確認すると片瀬さんは、「では、さっそくですが、私たち映画研究会の活動内容について説明させていただきます。最後に質疑応答の時間も取りますので、質問がある方はそのときにお願いします」と言ってから、俺たちにたった今配布したプリントを見るように促した。
俺たちもプリントを手にすると、片瀬さんはまず映画研究会の年間の活動スケジュールから説明を始めた。一一月に行われる学園祭で制作した映画を上映するためには、どのようなスケジュールで動けばいいのか、プリントには例として去年のスケジュールが掲載されている。
五月には脚本を執筆し終えていなければならず、そこからキャストやスタッフの決定、機材のレンタルやロケ地の許可取りなど諸々の準備を進め、八~九月の夏季休暇中に撮影。そして、学園祭までに編集して上映というのが去年の主なスケジュールだった。
学園祭が終わってからも、自分たちで資金を出せればいつでも撮影を行っていいらしく、俺には思っていたよりも自由度が高く感じられる。
でも、五月には脚本を書き上げなければならないとなると、まだ創作の経験もほとんどない俺には難しそうで、多分今年は先輩たちの手伝いがメインになるだろうとも感じる。
でも、「撮影中や準備期間中は意見が対立することもあるけれど、それも含めて大勢で一つのものを作ることは、他ではなかなか得られない経験ができる」と片瀬さんは言っていて、それが高校時代は帰宅部だった俺には魅力的に思えた。
片瀬さんは他にも会費のことや活動をする上での決まり事、さらには大まかな映画撮影の流れなどを俺たちに説明していた。ホワイトボードも用いながらの説明は授業を受けているみたいだったが、それでも分かりやすく、俺もすんなりと理解できる。
グエンもしっかりと片瀬さんの説明に耳を傾けているのが、横目で分かる。
そんななかでも、片瀬さんは「まあ、ずっと私が説明するのも何ですし、実際に去年私たちが撮影した短編映画を見てもらいましょうか」と言う。
そして、片瀬さんはスクリーンを引っ張って下ろすと、「これから見てもらうのは去年私たちが撮影した『ひそかなシナジー』という二〇分の短編映画です。監督した祢津さんにも、就職活動で忙しい中今日は来てもらったので、よかったらこの後のフリートークの時間にでも話してみてください」と告げた。
俺たちも小さく頷くと、天井に備え付けられたプロジェクターから、スクリーンにパソコンの画面が投影される。そして、片瀬さんはその中から『ひそかなシナジー』と題された動画ファイルをクリックして、表示させた。そして、室内の照明が落とされると、スクリーンだけが明るく照らし出される。
「では、始めます」と片瀬さんが言うと、スクリーンの中も動き出し、フィルムを模した三秒間のカウントダウンののち、『ひそかなシナジー』の本編は始まった。
映画は、ベランダから街を映し出すショットで始まっていた。
とはいえ、画質はそこまで良くなくて、あまり高くないか少し古いカメラで撮影したことを、俺はすぐに察してしまう。演じている俳優も今同じ教室の中にいて、本当にこのサークル内で撮ったのが伝わってくるようだ。
それでも映画はセリフも少なめに、映像で物語を伝えることに重きを置いていて、地元のシネコンでくらいしか映画を観たことがない俺にはいくらか新鮮に映った。それに、描かれている内容にも少なからず共感できる。
『ひそかなシナジー』は、大学進学を機に上京してきた男子学生が故郷を想うという内容で、もしかしたらこれを監督した祢津さんによる自伝的要素も含まれているのかもしれない。
それでも、ふとした瞬間に故郷を思い出すような演出は、緩やかに流れている音楽ともマッチしていて、俺の胸にもすっと入り込んでくる。新潟から上京してきてまだ一ヶ月も経っていない俺でも、実家や通っていた学校、よく訪れていた本屋やカラオケ店などを懐かしく思うときは、確かにある。些細なシーンの連続から、不思議と目が離せない。
その隣で俺は、俺以上にグエンがスクリーンに釘付けになっていることを感じる。グエンもベトナムから留学してきて、思うところがあるのだろう。いや、俺よりもずっと遠く離れているからこそ、故郷を想う気持ちはより強いのかもしれない。セリフが少ない作風も、まだ日本語を勉強している最中のグエンには、プラスに働いているようだ。
自分とはまったく違う人の出来事なのに、どこか自分を重ねて見ることができる。そんな映画、いや創作物に特有の魅力を俺たちはじっくりと味わっていた。
『ひそかなシナジー』の上映が終わった後、俺たち新入生はすぐに言葉を発することができなかった。それは片瀬さんが照明をつけてからも同様で、たった二〇分間とは思えないほどの余韻を新入生全員が味わっていることが、俺には感じられる。俺も思わず心の中でだが、拍手をしてしまったくらいだ。
そうして片瀬さんがさらにいくつかの説明をすると、説明会の終盤は、映画研究会のメンバーとのフリートークの時間になった。
すると、話を聞きたかったのか『ひそかなシナジー』を監督した祢津さんのもとには、何人もの新入生が近づいていき、あっという間に話の輪が形成されてしまう。俺も祢津さんに話を聞きたかったのだが、少し出遅れてしまう。でも、映画研究会に入会すれば祢津さんとまた話す機会もあるだろう。
俺とグエンは、唯一の顔なじみである安井さんのもとへと向かう。安井さんと、さらにもう一人男子学生である基山さんと一緒に、俺たちは少し話す。
『ひそかなシナジー』で安井さんは照明、基山さんは録音を担当していて、それぞれ撮影のときの思い出やエピソードを聞いていると、俺としても実際の撮影現場でのイメージが、何となく掴めるようだった。
映画研究会の説明会は、夜の八時になる少し前に終わっていた。俺としては、この後に飲み会に誘われることも想定していたのだが、今日はそういった感じではないらしく、説明会が終わると俺たちは自然解散となった。
安井さんや基山さんとラインを交換してから、俺とグエンも帰路に就く。俺たちは、途中まで帰る方向は同じだ。だから、夜道を帰りながら少し話す時間が取れる。
俺が「今日の説明会はさ、ためになったよな」と言うと、グエンも「うん」と頷く。それから少し話していても、グエンも今日の説明会に好感触を得ていたことが伝わってきて、俺は思わず「俺はさ、映画研究会に入りたいと思ったんだけど、お前はどうだよ?」と訊く。
すると、グエンも迷わず「うん、ボクも入りたいと思った」と答えていて、この瞬間に入会を決めるわけではなくても、そう言ってくれたグエンに、俺も胸をなでおろすようだった。
(続く)




