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【第24話】最初



「じゃあさ、詳しい説明はその説明会で、俺からはひとまず以上なんだけど、逆にこの場で何か訊いてみたいことって二人はあったりする? あっ、ていうかそもそもまだ名前を訊いてなかったね」


「はい。僕は継本と言います」


「グ、グエンです」


「継本君にグエン君ね。じゃあ、改めてなんだけどどうかな? 俺に何か訊いてみたいことはある?」


 安井さんにそう訊かれて、俺はまず軽く周囲を窺った。今、俺たちのほかに映画研究会のテントに来ている人はいない。


 だから、俺もためらうことなくいくつか気になっていることを質問できた。


「あの、その学園祭で公開する映画って、具体的にはいつ頃撮るんでしょうか?」


「大体八月から九月の夏季休暇期間中が多いかな。その方がまとまった時間も取りやすいし。もちろんそこだけじゃなく二、三月の春季休暇中や、何だったら学期中も土日とかを利用して撮ることもある。まあ、当たり前だけど撮る映画によって色々だよ」


「そうなんですか。その撮影って、もし入会することになったら、僕たちも参加するんですよね?」


「当然。まあ、一回生のときは撮影や録音といった専門的な役職っていうよりは、現場での細々とした雑用がメインになっちゃうんだけど、それでも二回生三回生となるにつれて、徐々に専門的な役職もできるようになるよ。何だったら、監督を担当することだって可能だから」


「そうなんですか。それはちょっと憧れますね。でも、映画を撮るにあたってのお金はどうしてるんですか?」


「それは大学から割り当てられる年間の活動費や、会員から集める会費が主な予算になるね。当然、それには限りがあるから、同時に何本も映画を撮ったりとか、あまりお金がかかることはできないんだけど。もし予算をオーバーしてしまったら、その分は自分たちで負担することもあるから、そうならないように気をつけてやってるよ」


「そうですか。それは本当に気をつけなきゃですね」


「うん。正直毎回カツカツで大変だよ。それで、どう? さっきから継本君ばかり質問してるけど、グエン君はどうなの? 何か俺に訊いてみたいこととかない?」


「い、いえ、ボクは別に大丈夫です」


 グエンの返事は積極性には欠けていたけれど、それでもただついてきただけなのだから仕方ないと俺には思えた。俺もまだいくつか訊きたいことはあったけれど、それでもこの機会だけで多くの質問をするわけにもいかないのは、何となくの雰囲気から俺には察せられる。


 俺たちが質問をするのをやめたところで、安井さんは「じゃあ、反対に今度はこっちか、らちょっと訊かせてもらっていい?」と言ってくる。俺たちは頷くと、気持ち背筋を伸ばした。


「それじゃあまず最初に、継本君たちは普段どれくらい映画を観るの?」


 安井さんのその質問に俺は少しドキリとしてしまう。安井さんは映画研究会に入っているくらいだからきっと年に、いや月に何回も映画館に行っているに違いない。それと比べれば、俺たちは間違いなく映画を観ていない。


 だから、答えるのは少し怖くさえあったけれど、それでも俺は正直に答えるしかなかった。


「僕は月に一度は必ず映画館に行っています」


「そうなんだ。それはなかなかだね。グエン君は?」


「す、すいません。ボクはあまり映画館には行ったことがないです……」


「いやいや、別にそれでも全然大丈夫だよ。他の会員と話したり、短くても映画を撮ったりしているうちに、映画に興味を持っていくこともあると思うし。そういう人も、ウチは大歓迎だから」


「は、はい。そうですか……」安井さんはグエンを否定していなかったけれど、それでもグエンは気が引けているようだった。それは俺がグエンの立場でもそう思うだろうなと感じられて、映画研究会のブースに引っ張ってきたのはあまり良くなかったのかもしれないとさえ思ってしまう。


 もしかしたら言えなかっただけで、グエンには他に入りたいサークルがあったのではないかとも。


「うん。言っとくけど、これは嘘じゃないからね。実際ウチの会員でも、大学に入るまであまり映画は観たことなかったって人もいるから、安心してくれていいよ。じゃあ、次の質問なんだけど、二人はどんな映画が好きなの? よかったら俺にも教えてくれないかな?」


 それは映画が好きな人間にとっては、一番訊かれて困る質問だった。


 ここで有名な映画を挙げたら、いくつもの映画を観ているだろう安井さんに「浅い奴だな」と思われかねない。とはいっても、(できないけれど)マニアックな映画を挙げたら、それこそ伝わらない恐れもある。


 俺は安井さんの前でどう答えたらいいのか、迷いに迷ってしまう。ひとまず「あの、最近の映画でもいいですか?」と尋ねたら、安井さんも「うん、全然いいよ」と返事をしてくれて、俺が答えるハードルは少しだけ下がった。


「あ、あの本当に最近になっちゃうんですけど、最近映画館で観た映画なら、『1ST KISS』が結構好きでした」


「ああ、あの坂元裕二さんが脚本やってるっていう」


「そうです。安井さんも観たんですか?」


「いや、俺は観てないんだけど、評判は良いみたいだね。どう? 面白かった?」


「は、はい。事故に遭う夫を、妻がタイムリープして助けるって話なんですけど、主演の松たか子さんや松村北斗さんが二人とも凄く良くて。特に最後の手紙のところでは、感動して泣いちゃいました」


「なるほどね。その映画ってまだ映画館でやってる?」


「それは公開されてから二ヶ月ぐらい経ってるので、少し微妙なところなんですけど、でも近いうちに配信にも来ると思うので。よかったら観てみてください」


「うん、観てみるよ。それで、グエンくんはどう? 何か好きな映画とかあったりする?」


「あ、あの、ボクは普段あまり映画を観ないので、それほどないんですけど、でも最近やってた『スラムダンク』の映画はとても面白かったです」


「ああ。『THE FIRST SLAM DUNK』ね。それは俺も観たよ。面白かったよね」


「はい。漫画でも一番面白い山王戦が凄い高いクオリティで映画化されていて。ボクももう一〇回は見てます」


「そうなんだ。まあ、実際あの映画はめちゃくちゃ面白いからね。俺も映画館で二回観たくらいだし」


「はい!」グエンの返事は弾んでさえいて、先ほどまでの借りてきた猫のような状態とは大違いだった。その様子に、好きなものの話をするときに表情が明るくなるのは、海を隔てていても変わらないと俺は思う。


 実際、『THE FIRST SLAM DUNK』は俺も映画館で観ているし、間違いなく好きな映画だ。ブース内の雰囲気も一気に朗らかになっていて、自分たちとの共通項が見つかって俺も安井さんに親近感を抱ける。


「じゃあさ、俺から訊きたいことは以上なんだけど、最後にもう一度、継本くんやグエンくんの方から、俺に訊いてみたいことはある?」


 安井さんに最後にそう訊かれて、俺は「いえ、大丈夫です」と答えていた。まだ気になることは少しあったが、それはまた追々訊いていけばいいだろう。そう思えるくらいには、実際に安井さんと話して、映画研究会への興味は俺の中で深まっていた。


 グエンも、俺に続くように首を縦に振っている。俺たちの反応を見て、安井さんも最後まで穏やかな表情で、「うん。じゃあ、よかったら木曜日の説明会もよろしくね」と言う。


 爽やかな表情に、俺も「はい。ぜひ参加したいと思います」と、お世辞ではなく本心で答えることができる。


 そうして、俺たちは映画研究会のブースを後にした。自分が好きな映画を、安井さんにも好きと言ってもらえたことが嬉しかったのだろう。グエンは「良さそうなサークルでしたね」と言っていて、俺まで内心でガッツポーズをしたくなる。


 しかし、俺はその喜びをひとまずは抑えて、「そうだな。でも、この大学のサークルは映画研究会だけじゃないから。他にもサークルはいっぱいあるし、無理して俺と同じサークルに入らなくてもいいんだからな」と答えた。


「はい」と頷くグエンは、それでも期待に胸を膨らませているようで、そのワクワクとした表情は、俺が知り合ってから初めて見るものだった。



(続く)

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