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【第23話】映研

 新入生オリエンテーションが終わっても、俺は多くの時間でグエンと行動を共にするようになっていた。グエンはオリエンテーションの合間にジャンプの話で盛り上がった俺に、いたく親近感を抱いたようだったし、俺もまた慣れない大学で一人で行動することは、少し心細かった。


 大学の図書館で一緒に履修登録をしたり、購買に講義に必要な参考書を買いに行ったり。俺たちは履修する講義もほとんど同じだったから、同じ参考書を手にしたときには仲間意識さえ感じられた。


 そうして本格的な講義は、入学式の翌週の月曜日から始まった。その最初、俺たちが大学に入ってから初めて受ける講義は、必修科目の「現代経済学基礎Ⅰ」だ。


 いよいよ始まる講義に、俺は教室がある三号館に着く前から緊張してしまう。構内には入学式のときよりも多くの人が行き交っていて、本当に大学に入学して新学年が始まったことを俺は改めて思い知る。


 ロビーで少し待っていると、グエンも講義が始まる一〇分前には、三号館にやってきていた。「友貴さん、ドキドキしますね」と言われると、「そうだな」という返事以上に、俺の緊張も高まっていくようだ。


 そして、オリエンテーションのときと同じ三〇一教室に入ると、そこには既に一〇〇人を超える学生が座っていて、初めて受ける大学の講義に、誰もがソワソワしている様子が窺えた。俺たちも後方の席に腰を下ろして、少し話しながら講義の開始を待つ。


 そうして講義が始まる頃に教室に入ってきたのは、眼鏡をかけた壮年の男性で、いかにも「教授」といった雰囲気に、俺たちは自ずと息を呑んでいた。


 そして、九〇分間にわたった講義が終わったとき、俺はすっかり疲れてしまっていた。講義の内容自体は初回だったから入門的で、そこまで難しくはなかったものの、それでも少し気を張ってしまっていたから、九〇分という長丁場は心身ともに堪えた。


 これを前期だけでも一五回、しかも一〇種類を超える講義を一週間のうちに受けなければならないと思うと、今から途方もなく感じられる。


 それでも、グエンは講義が終わっても、疲れた顔一つ見せていなかった。講義の内容の前に、ただでさえ日本語を理解する苦労もあったはずなのに、それでも何食わぬ顔で「友貴さん、今の講義分かりました?」と訊いてくる。


「まあ、なんとなくはな」と俺が答えると、「そうですか。ボクにはちょっと分からなかったところがあったので、よかったら後で少し教えてもらえますか?」と言う。


「それは今講義をした教授に言えよ」とは一瞬思ったものの、それでも俺は「ああ、いいぜ」と頷いた。グエンが日本語で行われる講義についていく手助けができるのなら、俺も面倒くささを超える意味があると思えた。


 そうして毎日いくつかの講義を受けていると、最初の一週間はあっという間に終わった。


 金曜日の最後の講義が終わったとき、俺はすっかり疲れ果てていたし、隣で一緒に講義を受けていたグエンも、顔に疲労の色が浮き出ている。いくら休憩時間はあっても九〇分の講義はただ聴いているだけでも一苦労だし、しかもどの講義でも初回からしっかりと課題は出された。


 それは「参考書のこの部分を読んでくるように」といった簡単なものもあれば、紙一枚でもレポートを書かなければならないものもあって、たった一枚でも初めて書くレポートに俺たちは四苦八苦してしまう。


 グエンとも協力して何とか終わらせることはできたけれど、少なくない時間がかかって、これを毎週繰り返すとなると大学生活は思いのほか大変だ。入る前は大学生というともっと遊んでいるイメージがあったのだが、現実はそう甘くない。他の学生は、いったいどうやって遊ぶ時間を作り出しているのかとさえ思える。


 まだまだ俺たちが大学生活に慣れるまでは、時間がかかりそうだった。


 そして、土日を家で好きな漫画やアニメを見ることで過ごした俺は、再び月曜日を迎える。その日も二限目の「現代経済学基礎Ⅰ」に間に合うように大学に行くと、構内は今までとは様変わりしていた。


 一号館から三号館の脇を通り抜けて講堂へと向かうこの大学のメインストリートと言っていい道に、いくつもの簡易テントが立てられていたのだ。


 それぞれのテントでは様々な趣向を凝らした展示がなされており、長机の向こうに学生が座っている。それどころか、簡易テントを飛び出してチラシを配っている学生さえいて、二限目が始まる前でも、この通りだけがキャンパスの中で異様とも呼べるような盛り上がりを見せている。あちらこちらから聞こえる呼び込みの声に、俺も三号館に向かう合間にいくつかのチラシを渡される。


 この日から始まったサークル勧誘期間の賑やかな光景は、かつて俺が映画で見たようなシーンとも大きく違ってはいなくて、それでも想像以上の光景に、俺は少し圧倒されるようだった。


 俺が到着してから少しして三号館にやってきたグエンも、やはりいくつかのサークルのチラシを手に持っていて、それを見ると俺は思わず少し笑ってしまう。グエンも釣られて笑いながら、「これが日本の大学なんですか?」と言う。


 そこに嫌味ったらしいニュアンスはなかったから、俺も「ああ、そうだよ」と敬朝大学しか知らないのに、答えていた。


 そして、「現代経済学基礎Ⅰ」の二回目の講義が終わったとき、三号館の前の通りは先ほどにも増して賑わっていた。昼休みを迎えた今が、一番人が多い時間帯なのだろう。どこを見ても人がいる光景に、俺は軽く目眩さえ覚えそうになってしまう。


 隣でグエンも何度も目を瞬かせているのが、その横顔から分かる。「凄いですね」と思わずこぼしているグエンに、俺も同感だ。


 それでも、いつまでも気圧されているわけにもいかない。俺はグエンに「なんか気になってるサークルある?」と訊いた。グエンは「いえ、まだ特にはないです」と答えていたから、俺は「じゃあ、とりあえず俺が気になってるサークルに行ってもいいか?」とさらに尋ねる。


 グエンが首を縦に振ってくれたことを確認すると、俺たちはそのサークルの簡易テントへと歩き始めた。


 そのサークルは、講堂の近くに簡易テントを構えていた。俺たちがそこに行くと、そこではちょうど他の新入生が話を聞いている途中だった。順番を待ちながら、俺はしばしそのサークルの様子を眺める。


 大きなコルクボードにはいくつもの俳優の姿が切り抜かれて貼られていて、その中央には「映画研究会」という文字が躍っている。


 そして、前の新入生が席を立つと、俺たちは入れ替わるようにして、二つ置かれていたパイプ椅子に座った。目の前に座る髪を茶色に染めて、耳に小さなピアスをつけている男子学生が「こんにちは」と言う。


 俺たちも若干緊張しつつも、同じ挨拶を返した。


「ここに来たってことは、俺たち映画研究会に興味があるってことでいいんだよね?」


 俺たちは頷く。すると、その男子学生はぱっと表情を華やがせた。


「ありがとう! ウチに興味を持ってくれて、とても嬉しいよ! あっ、俺は安井(やすい)。経営学部の三回生で、この映画研究会に入ってる。これからよろしく!」


「は、はい。よろしくお願いします」


 そう俺が相槌を打つと、安井さんは「いやー、本当に嬉しいよ」と言いながら、俺たちに「映画研究会」と書かれたチラシを渡してきた。そこにはカメラやフィルムのイラストが描かれ、「一緒に映画を観て、撮って、語りませんか?」という謳い文句も書かれている。


 それだけで俺には、このサークルの活動内容が大まかにイメージできたが、それでも「じゃあ、まずはウチの活動内容を説明するね」と安井さんは声を弾ませる。


「ウチは文字通り映画を研究するサークルだよ。具体的には一番メインの活動は一一月に開催される学園祭に向けて、短編や中編の映画を撮ることだね。今は、俺たちはその撮影に向けた準備を進めてるところ。そうでなくても毎週木曜日には全員で集まって、最近観た映画の話をしたり、映画についての本やメディアを紹介し合ったりして活動してるんだけど、どうかな? 興味ある?」


 安井さんが話した大まかな活動内容は、大体俺がイメージしていた通りだった。だから、俺も「はい、興味あります」とすぐに答えられる。


 グエンもまだ完全に理解はできていないようだったけれど、俺に合わせるように頷いている。安井さんの表情も実に晴れやかだ。


「そっか! ありがとう! じゃあさ、詳しい活動内容はそのチラシにも書いてあるけど、今週の木曜日に七号館の七一二教室で説明するから。去年俺たちが作った短編映画も見てもらうから、大体こんな感じかなって内容は掴めると思うんだけど、どうかな? 来てくれる?」


「はい、ぜひ行きたいと思います」そう答えるのにも、俺は迷わなかった。俺だって少なからず映画を観てきて、映画作りに興味を持っている。グエンもやはり頷いていて、俺に合わせるためだとしても、俺はやはり嬉しい。


 安井さんも「マジで!? ありがとう!」とさらに声を弾ませている。その嬉しそうな表情は、俺の心をも大いにくすぐった。



(続く)

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