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【第17話】大事

『あのさ、こんなことを言ったら、身も蓋もないんだけど……』


 重かった口をそれでも再び開いていたトゥーに、ボクは内心で少し身構えてしまう。その後に続く言葉が想像できたからこそ、その先は聞きたくないと思ってしまう。


『俺たちがさ、避けられたり少し距離を置かれてるのって、やっぱり俺たちが外国人だからなんじゃねぇのかな……』


 トゥーの口から出た言葉を、ボクは『違ぇよ』とすぐに否定できなかった。それはボクだって毎日確かに感じている思いだ。


『ほら、俺たちっていくら日本語がうまくなっても、この見た目である以上、やっぱりそれは外国人が話す日本語には違いないわけじゃんか。それにやって来てもう数ヶ月経つから、大分慣れてきたとはいえ、まだまだ日本の常識には慣れないところも少しはあるわけだし。向こうだってまだまだ日本語が発展途上の俺たちと話すよりも、同じ日本人同士で話す方が、コミュニケーションでのストレスは少ないだろ』


 トゥーが言っていることが悔しいけれど、ボクにはよく分かってしまう。逆の立場になって考えてみたら、ボクだってまだベトナム語が上手くない人と話すことは、正直少しひっかかるものを感じてしまうだろう。


 同じ言語を使う人間と話す方が気が楽だということも、悲しいけれど自分に正直になれば、ボクには否定できない。


 それでも。


『いやでもさ、それにしたってそれは俺たちに冷たくしたり、いるのにいないように扱う理由にはならないだろ。それをしている日本人の学生やアルバイト先の人も、外国に行ったら同じ立場に置かれることを考えると。俺たちはただ生まれた国が違うってだけで、同じ一人の人間なのは変わらないんだし』


『それは、俺だって思うよ。俺と距離を置いている人にも、それくらいの想像力はないのかなとは正直思う。でもさ、こう言うのは良くないんだろうけど、俺にはそれが日本人の国民性のようにも思えちゃうんだよな。この国は周囲を海に囲まれて、他のどの国とも陸続きになってないから、その傾向がなおさら強いのかもしれない』


『それは確かに、俺も感じるときはあるよ。コンビニでレジに立ってても、俺が外国人ってだけで、多くの人は微妙に距離を取ってくるし。その人はそこまで強く意識してないんだろうけど、二つあるレジの両方が空いてるときに俺じゃなくて、日本人の店員がいるレジに向かわれたことも一度や二度じゃないし』


『それも多分、無意識のうちなんだろうな。だから俺はもっと、せめて俺やお前の周りの人には、俺たちを受け入れることに寛容になってほしいと思うんだけど、ただ暮らしてるだけでも現実や社会は、それとは逆の方向に進んでいるように思えるんだよな。特にこの頃はなおさら』


『……ああ、そうだな』トゥーの言うことが胸を刺してくるようにさえ感じられたから、ボクはそう短く相槌を打つので精いっぱいだった。


 そして、そうなっている原因もボクには一つ思い当たる。とても認めたくはないのだが。


『多分だけどさ、俺には今月になって始まった選挙の影響が大きいと思うんだよな。ほら、口に出すのも嫌だけど『日本人ファースト』なんて信じられないようなスローガンを掲げてる政党だって、いるわけじゃんか』


 まるでボクの頭を直接覗いて、考えていることを写し取ったかのように、トゥーは言っていた。ボクは驚きつつも、どこか腑に落ちた部分はあったので、『……やっぱり、お前もそう思うか』と返事をする。


 トゥーは小さく頷いていた。


『ああ。もちろん、それを言っている人たちやそれを支持する人たちにもそれなりの理由があるんだろうけど、俺には『日本人ファースト』ってのが、自分たち以外の存在は軽く扱ってもいい。何なら都合が悪くなったら、排除してもいいって言ってるように思えんだよ。自分たち以外の存在を認めないなんて、そんな排他的な態度、今の時代じゃ通用しないだろ。ただでさえ、今この国はしつこいほどに『多様性』や『SDGs』を掲げているのに、その『多様性』に俺たち外国人は入ってないのかよって。誰一人おいていかないんじゃなかったのかよって、俺には思えるんだ』


『ああ。俺もそう思うよ。お前の言った通り、自分たち日本人も外国に行ったら外国人になるってことが想像できないのかなって思う。もしその国が『自国民ファースト』を掲げてたらどう思うのかなって。でも、『日本人ファースト』を掲げてるその政党は、少なくない数の日本人に支持されてんだろ? 今のままだと、議席数も大きく伸ばすんじゃないかって予測されてるし。どうしてそんなに俺たちのことを、いや俺たちだけじゃなくて、他人のことを想像できない人たちばかりなんだろうって思うよ。本当にどうして今、こんな風になっちゃってるんだろうな』


『多分だけど、俺が思うに今のグローバル化に対する抵抗みたいなもんがあるんじゃないかな。ほら、今って外資もどんどん日本に進出してきてるし、元々日本にあった企業が外資に負けるって話も珍しくはないだろ? それに外国人観光客も急増していて、有名な観光地なんて日本人よりも外国人の方が多いじゃんか。でもって、労働者としての外国人の受け入れも加速してるし、色々現場で摩擦が生まれてる部分もあると思う。日本のルールに馴染んでない外国人が増えることで、治安の心配もあるだろうし、一言では言えない複雑な要因が重なってるんだと思うぜ』


 トゥーはいくつか理由を挙げていたけれど、それだけが『日本人ファースト』という主張が幅を利かせている理由ではないだろう。それくらい頭の出来が良くないボクだって分かる。


 もしかしたらこれはここ数年で顕在化してきた問題ではなく、もっとずっと前からあった問題なのかもしれない。ここ数年でさらに増えたとはいえ、外国人自体は昔から日本にもいただろう。問題は想像よりもずっと根深そうだ。


『そうだな。きっとお前が言う通りなんだと思う。でもさ、やっぱ俺はそれでもこの国の人たちに、『日本人ファースト』とは言ってほしくねぇんだよ。俺たち外国人も同じように大事にしてほしいっていうのは、外国人の俺からしたエゴなのかな』


『いや、そんなことはないと思うぜ。基本的な人権は誰にだって保障されてるんだろうし、周りの人から大事にされたいって思いを持つのも、人間なら当然のことだと思う。むしろただでさえ、言葉の壁や文化の違いが俺たち外国人にはあるんだから、その上で周りからも住んでる国からも大事にされなかったら、それこそやってけねぇよ』


『そうだよな。本当のことを言えば、俺だって今以上に大事にされてぇよ。でもさ、ほとんどの人はたとえ内心では違っていても、表向きは俺たち外国人を邪険に扱ったりはしないじゃんか。だけれど、もし何かの間違いで『日本人ファースト』が広く浸透してしまったら、俺たちに対する差別意識みたいなものを表に出す人が増えそうで、俺は怖ぇんだけど』


『それって、さっきお前が言った、一緒のコンビニで働いてる人みたいなことか?』


 ボクが直接的に言及していなくても、トゥーはさすがの察しの良さを見せていて、ボクは少し返事にためらってしまう。


 だけれど、堺谷さんとのことは一人で抱えておくには辛すぎたし、それを話せる相手は、ボクにはトゥーぐらいしか思い当たらなかった。


『まあ、正直言うとな。あのさ、これはお前だから言うんだけど実はその人、その『日本人ファースト』を掲げる政党を支持してるんだよ』


『マジかよ。それ、直接訊いたのか?』


『いや、面と向かっては訊けてないけど、でも間違いない。だって、その人がその政党の選挙運動に参加してるところ、俺見たことあるもん。とある駅前で、その政党のシンボルカラーであるオレンジ色のTシャツを着て、道行く人たちに政策が書かれたビラを配ってたんだ』


『おい、嘘だろ。そんなのただ聞いてる俺でさえ、胸糞悪くなってくるんだけど』


『いや、残念だけど嘘でも見間違いでもない。だって、その本人が認めてるんだから。『俺は何も悪いことしてないだろ』って。いや、確かにその通りなんだけど、でも『日本人ファースト』に共感する人がこんなにも近くにいることが、俺には恐怖でしかねぇんだ』


『そうだな。お前のその話を聞いて、俺も怖くなってきたわ。もしかしたら、同じようにその政党や『日本人ファースト』なんて言説を支持してる人が、俺の周りにもいるかもしれないって考えると、俺も怖くてたまらねぇよ』


 トゥーの表情にははっきりと怯えが覗いていて、ボクも小さく頷くしかない。


 もしかしたら敬朝大学にも、その政党を支持している学生はいるのかもしれない。いや、たとえ一人でもいると考えると、ボクは敬朝大学に通うことさえも同じように怖くなってきそうだ。



(続く)

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