表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約破棄された魔王の娘は、涙の別れとともに王都を去る

作者: 背骨

「お前との婚約を破棄する」


王宮の玉座の間。陽の光が射し込むその場所で、王太子アレックスは冷ややかに告げた。彼は黄金の髪を揺らし、エメラルドの瞳に嘲りの色を宿している。


あまりの言葉に、私はその場に立ち尽くした。心臓が強く脈打ち、視界が歪む。


「国王陛下は、この件をご存知なのでしょうか?」


かすれた声で尋ねた私に、アレックスは薄笑いを浮かべて肩をすくめた。


「知るはずがないだろう。親父はいま国外遠征中だ。この隙を逃す理由がどこにある?」


「でも、そんなことを独断で…!」


「うるさい。俺は、お前みたいな子供じみたちんちくりんと結婚するつもりはない。俺にはもっとふさわしい相手がいる」


彼の言葉に、胸が締め付けられる。私は実年齢こそ十七だが、見た目は人間の幼い少女にしか見えない。それは私が魔族であり、人間よりも遥かに長命で、成長が遅い種族だからだ。


「……わかりました」


絞り出すように答えると、アレックスは満足げに笑った。


「よし、話が早くて助かる。今日中に荷物をまとめて出ていけ。王宮からも、王都からもな」


私は小さく頭を下げ、自室に戻った。手慣れた動作で荷をまとめながら、心は十年前へと遡る。


あの時――人間と魔族は、血で血を洗う争いの只中にあった。終わりの見えない戦に疲弊しきった双方を救ったのは、現国王シルバニアだった。彼は命を賭して魔王のもとに赴き、和平を結んだ。そして、その証として私――魔王の娘と、人間の王太子アレックスとの婚約が定められた。


だがそれは、名ばかりの婚約だった。私はずっと、この王宮で人質として扱われてきた。


来年、アレックスの成人と共に婚儀を迎えるはずだったその約束は、今まさに打ち砕かれたのだ。


私は王宮の門をくぐる。十年ぶりの自由は、あまりにも痛々しい別れとともにあった。


街は賑わい、人々は笑顔で暮らしていた。誰もが、平和が永遠に続くと信じて疑わない。だが――それは、私がここにいることで辛うじて保たれていた均衡だった。


頬を伝う涙は、止まらなかった。


そして――その瞬間、大地が唸りを上げた。


地鳴り。揺れる地面。悲鳴。崩れ落ちる家々。


裂けた大地の隙間から、次々に現れるモンスターたち。棍棒を振るうゴブリン、槍を構えたリザードマン、剣を操るスケルトン。そして人間を踏み潰す巨大なキュクロプス。


王都は、わずかな時間で地獄と化した。


アレックスが勝手に婚約を破棄したこと。それは、平和協定の破棄そのものだった。


空を舞う炎のドラゴン。人々を手当たり次第に喰らうオーガ。逃げ惑う人々に容赦はなく、男も女も、子どもも老人も、すべてが血の中に飲まれていった。


私は、泣きながらただ歩き続けた。背に背負った滅びの重さを、誰よりも知っていたから。


そして、草原の先に一人の男が立っていた。


銀の髪に深紅の瞳。その姿を見た瞬間、私は膝から崩れ落ちる。


「すまない。……お前には、苦労をかけたな」


その声に、私は幼い子どものように泣き崩れた。


「……お父様」


魔王――私の父が、そっと私を抱きしめた。


その日、王都は一日で灰と化した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ