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薫かあさん  作者: 白夜
11/12

十一、文化祭当日(前編)

 はるかはかずみに、なにがおきるかわからない、と言った。そして当日、まるでそのとおりになってしまった。かずみは、このひどい事態に驚がくしながら堪能しつつ、もうすべてをあきらめながら思った。


 いやほんと。

 まさか、こんなことになろうとは。






 文化祭当日、かずみは、はるかとの計略どおりに仮病を使った。彼女とはけっきょく、この日までのあいだ、学校でのキス以上のことは何もなかった。

 部屋で練習がてら、いいところになると、必ずメイドの婆さんがのぞいて注意し、そこで終了した。鍵をかけてもドアをたたかれ、大声で怒られて「おあずけ」となる。といって、かずみがいやがるのでホテルとかでするわけにもいかず、煮えきらない状態は続き、はるかのかずみへの「恋心」は、日々ますます盛り、猛るいっぽうなのであった。



 そんなわけで、ついに文化祭の日がおとずれた。

 かずみは朝からカイロで熱くした温度計を母に見せ、せきこみながら寝こんだ。薬などを枕もとにあれこれ用意して心配しながらも、しごく残念そうにする薫さんに、かずみは「せっかくだし、行ってきてよ。寝てればだいじょうぶだから」とすすめた。わざわざ休みをとった父も「いっしょに行こう」と言い、結局ふたりは出かけたが、かずみは多少の罪悪感にさいなまれた。

(いや、これでいいんだ。舞台なんて、もともと立ちたくなかったんだし、やりたがってたはるかがやればそれでいいし)

(あとは、デートさえできれば……)


 そう考えなおそうとしたが。

 しかし。

 ほんとうに、これでいいのか。



 最初は、たしかにロミオ役なんていやだったが、練習するうちに、気づけば演技が楽しくなっていたし、大舞台で大勢の人の前でやるのもわるくない、と思うようになってきていた。

 考えたら、モデルだってさらし者だから、役者と似たようなものだ。蘭子さんは、「劇の経験は必ずプラスになる」と言った。それを俺は、だましてデートしようというのだ。

 たしかに劇に出ることは、彼女の押しつけではあった。でもだからって、だましていい、という理由にはならない。といって、ここまで来たらもう、いまさら学校へ行って「やっぱ出ます」というわけにはいかない。



 かずみは頭をふり、寝なおそうと頭から布団をかぶった。

 眠れるわけがない。


 目をだすと、前に誰かがいて驚いた。あの長い黒髪、細おもての美しい顔。ほかならぬあの人が、なんと自分を心配そうにのぞきこんでいるではないか。


「す、すまない、チャイムを押しても誰もでないし、鍵がかかっていなかったんで、つい勝手にあがってしまった」

 どぎまぎしながらそう言った蘭子さんは、なんでここに、と驚がくにかたまっているかずみの顔をじっと見つめ、うっすらとほほえんだ。

「よかった、元気そうだな。急に病気だってきいて、心配したぞ」

(し、心配して、それでわざわざ、うちにまで来てくれたんですか……?!)



 かずみは、頭をがーんと殴られた気がして、一瞬、ひざの上のかけ布団を見つめた。だが、すぐに布団から飛びだし、いきなりベッドのうえに土下座した。

「ど、どうしたんだ、急に?!」

「すみません部長!」

 布団に頭をこすりながら叫ぶ。

「病気なんて、ウソなんです!」

「ええっ?!」

 目をまるくする蘭子さんに、かずみは洗いざらいぶちまけてしまった。



 ――すべては四京院はるかをロミオ役に戻すために、彼女としくんだことでした。いまごろは奴がスタンバイしてると思いますが、俺は当日出られなくても、デートぐらいしてくれるだろう、などと蘭子さんをだまそうとしていたのです。最低です。

 だから、俺、俺――

 今から、責任をとりますっ――!


 そしてベッドから飛びだし、上は寝巻きがわりにしているTシャツの上にジャンパーをはおり、下はトランクスだけだったが、見られるのもかまわずズボンをはくと、財布だけにぎりしめて、家を飛びだした。

 蘭子さんはあっけにとられ、ベッドのわきに正座したまま、見おくるだけだった。





 大学につくと、開始時間の十分前だった。

(はるかには悪いが、やはり俺がロミオをやらないとダメだ……!)


 お祭りらしく大勢の客でごったがえし、両わきに並ぶ店の宣伝や音楽のやかましくひびくキャンパスをぬけ、体育館の裏から控え室に入ると、どういうわけか誰もいない。この時間に誰もいないのは、どう考えてもおかしい。だが、館内からはひしめく観客のざわめきが聞こえてくるから、開演前なのはまちがいない。

 すると奥の更衣室から、ひょいと誰かが顔をだした。新見さんだ。前にここではるかにキスをかましたときに、すぐそばを歩いていった人である。

 気まずい。


 だが、彼がそう思うひまもなく、彼女は目を輝かせて引っぱりこんだ。

「いやぁ、よかったあ! じゃあさっそく、これ着て!」

 などと強引にシャツをぬがすので、あわてた。だが、むこうも裸とか気にしてる場合ではないらしい。たしかに、もう開始五分まえだ。


 衣装を着せられながら、聞いた。

「ええと、四京院はるかさんは、いないんですか?」

「ああ、来てたけど、どこ行ったんだか……」

 意味不明な返事をし、「さあ完成! じゃ、たのむよー!」と舞台に押しだした。そこで彼は初めて、自分の着ている衣装の柄がまっかであることに気づいた。


(ん……?)

(これ、女の服じゃね……?)

 かずみは、かたまった。

(これ――)

(ジュリエットの服じゃねえか!!)






 その日、朝から演劇部は大混乱だった。

 十時開演だというのに、まずロミオ役の平川かずみが風邪で来られない、との連絡が九時ごろに入り、そこへちょうどふらっと現れた四京院はるかが、急きょ代役にたてられた。彼女は、いつものうす笑いで髪をかきあげ、「しょうがないなぁ。まあ、そんなに頼むなら、出てもいいですよ」と歯を光らせ、しらじらしく承知した。


 これで問題ないと思われた開始十五分前、今度はジュリエット役の女性が、大学へ来る途中で交通事故にあって入院するという、完全にねらったようなタイミングのトラブルが発生、顧問をふくめた部員全員が代役をさがしに出てしまい、かずみが来たころには、まだ誰も戻っていなかったのである。

 もはや時間がないと悟った留守番の新見は、とりあえず主役の二人がそろえばなんとかなるだろうと、ヤケクソでかずみをジュリエットにしたのだった。



「あーあ、どうもついてないなぁ」

 体育館の裏で、胸に黒いフリフリつきの襟がひらいた青シャツに白ズボン、足もとは黒ブーツというロミオの衣装のままで、はるかはイチョウの木に背をもたれて腕ぐみし、うんざりとつぶやいた。せっかく計略どおりにコトが運んだと思ったら、今度は相手役が来ないだと。神の妨害を感じた。

(きっと僕への嫉妬だ)

(そうだ神が、あまりにうつくしい僕に嫉妬して、なにかと邪魔してるんだ……!)

 などと納得したが、開始時間になったら、いちおう舞台には行ってやろうと思った。

 劇が始まるなら、だが。




  *******




 ブギ子は、楽屋に入ってきょろきょろしていた。かずみにサインをもらい、あわよくばセクハラしようと思ったのだが、誰もいない。

 更衣室にいくと、壁ぎわに何着もおいてある青シャツと白ズボン、そのわきに立つ黒ブーツが目に入った。

(こ、これは……)

(ロミオの衣装なりか?!)


 だとすれば、かずみくんが着ていた可能性が濃厚なり。きっと彼のエキスがたんまり染みついているはず、うっひょっひょ。

 などと鼻の下をのばして、ただちに着こむ。なぜこんなに何着もあるのかと思ったが、じつはかずみにあわせる際に何度もサイズを変更したため、S、M、Lと数種が作られたが、けっきょくM以外は使われずに、放置されていたのである。ブギ子はSを選んだが、それは誰も着ていないので、彼女のもくろみは水泡に帰したのだった。


 全て身につけて姿鏡で確認し、どれオナニーでもするか、と思ったとき、新見が入ってきた。

「あら、あなたがロミオ? じゃ、さっさと舞台に行って」

「ええっ、出ていいなりか?!」

「ええ、もう時間ないから。じゃ、よろしくー」


 これでずっと着ていられると、大よろこびで舞台へ行くブギ子。「かずみがロミオ役じゃないのか」と思ったが、まあいいか、と気にしなかった。




  *******




 楽屋に入った雪乃は、この時間になぜ誰もいないのか、と不審に思った。

(おかしいわね、もしかしたら劇は中止かしら)

(かずみくんに、ひとこと告げようと思ったのですけれど……)

 父をやっと説きふせて、今日の舞台を見にきてもらうことに成功した。ここで輝くあなたを見れば、がんこな父も考えなおして、あなたを認めてくれるはず。だから、どうかがんばって! と言いに来た。


 もちろん、そんなことを事前に言ったらプレッシャーになるだけだろうし、かりに父が二人の交際を許可したとしても、そもそもかずみが彼女のほうを向いてくれる可能性が極度に薄いことは、じゅうじゅう承知のうえだった。

 それでも、言いに来ざるをえなかった。完全に自分のわがままだったが、それを押しとおした。どんなにこっちが好きでも、向こうはちがう。望みはない。泣いた。どん底に落ちたと思った。

 だから、どうせふられるなら、せめて相手にとってウザいことだけでもしたかった。しがみつきたかった。

 だがこの状況では、そうしないですんでしまいそうで、かえっていやだった。


 奥に足を踏みいれる。

(おや、更衣室にも誰もいないわ)

(あら、なにかしら……こ、これはもしや――ロミオの衣装?!)

(こ、これを、か、かずみが――むはああっ!……だ、だめよ、こんなことをしては……で、でも――む、むはあああ! むううう、すうはあ、すうはあ……! ああっ、た、たまらないわ、かずみのにおいいい! はあはあ)

 Lサイズの白ズボンの股間の部分に顔を深くうずめ、身をくねらせて息あらくもだえまくる雪乃。


 じつは、これにはかずみが一度だけ足をとおしており、そのまま洗わずに放置されているので、ほんのわずかににおいが残っている程度だったが、雪乃の鋭い嗅覚は、荒野の川底に眠る砂金のごとき微少なかずみ分を、腰からすそまで、まさに犬のようにズボン各部の隅々からさぐりあて、その媚臭を極限までおっぴろげた鼻の穴から、ズオーズオーと、思うぞんぶん吸いこむのであった。


 そのうち、彼と擬似的にだきあうことを思いついた。服を脱ぎ捨てて全裸になり、衣装の上下を着こんでブーツをはく。少々大きめだが、彼女は背が高いほうなので、このくらいがちょうどよい。これで、彼と裸で密着しているも同然。

(ああっ、かずみの肌とわたしの肌が、べったりとふれあって、くちゅくちゅ、こすれているわっ! すっ、すごいっ!)

 あまりにも卑猥な地肌の感触に、おのれをきつく抱きしめ、腰ふって異常興奮する美女。


 そのうち、誰かが来たので、ぎょっとした。

「あれ、また変更になったの?」

 新見は眉をひそめたが、すぐにほほえんだ。

「まあ、いいわ。早く舞台に行って!! 時間ないわよ!」と、背をぐいぐい押す。

「はあ?! ちょ、ちょっとお待ちになって! わたくし、べつに――」




  *******




 幕があがり、拍手しようとした薫さんの手はとまり、目が飛び出そうになった。そりゃそうだ。舞台中央に、胸から足元まであるすそ広がりの真っ赤なワンピのスカートにすっぽりと身をつつみ、頭に宝石をちりばめたカチューシャをつけ、ぼう然とたたずむ彼女の息子が現れたのだから。

「いやあ、こりゃおどろいたねえ」

 のん気に腕ぐみして苦笑する夫の隣で、眉をつりあげて突っこむ母親。

「な、なんだぁ?! ロミオじゃなくて、ジュリエットのほうなのかよ!」

 背景は、ジュリエットの生家であるモンタギュー家の屋敷の壁をえがいた垂れ幕なので、ここでジュリエットが出るのはたしかに正しいのだが、配役じたいがメチャクチャまちがっていた。


 かずみは、(ど、どうしよう)と思ったが、(ええい、仕方ねえ!)と腹をきめ、右手をふりあげ、あるていど覚えているジュリエットのセリフを言いだした。

 女装とはいえ、彼の甘いマスクと小柄な体格のせいで、見た目は美少女にしか見えないので、会場はドンびくよりも、むしろ萌えのほうに激しくかたむいていた。

「あー、ロミオ、あなたはなぜ、ロミオなの?」

「君こそ、なぜジュリエットなんだい?」


 すぐ後ろで声がしてふりむくと、そこにはロミオの格好をしたはるかがいた。近づいて、怒ったようにささやく。

「いったい、なにしてるんだキサマ。なんだってジュリエットの格好を」

「新見さんが、かんちがいして着せたんだよ!」と、ささやき返すかずみ。「今さらやめるわけにいかない。しょうがないから、次の場面まで、このまま――」

「そうはいかないなりよ」


 聞きなれた声におどろいて見ると、舞台の右手からブギ子が現れた。同じくロミオの格好をして。

「な、なにしてんだ、てめえ!」

「ふっふっふ、なんとでも言うなり」

 キレるかずみに、完全にひらきなおって言うブギ子。

「すでにジュリエットの着ていたロミオの服は、わっちの管理下におかれたぞな。もう君とわっちは一心同体なりよー」

 などと、うれしそうに着ている衣装をおのれにこすりつけて身もだえするので、かずみはうんざりした。


 横でささやくはるか。

「おい、どうするんだ、これ」

「こうなったら、お前がなんか理由をつけて説明しろ」

「説明って?」

「こうなった事態の理由だよ」

「どういう理由があったら、ロミオが二人になるんだ」

「それを考えろよ」

「いやーん、かずみ考えてー。はるか、わかんなーい」

 などと、いきなりあごにこぶしを当てて目を輝かせ、裏声でブリッコするので、殺意をおぼえるかずみ。

「てめえ……」


「おーほほほほ!」

 いきなり高笑いがし、そっちを見たかずみは、口があきっぱなしになった。またもロミオ姿をした雪乃が左手から現れ、はるかたちを指さして、敢然と叫んだのだ。

「にせのロミオは、おうちにお帰りなさい! 今からわたくしがジュリエットと乳くりあうのです! 邪魔だてはさせなくてよ!」

「な、なんで雪乃さんまで……」


 かずみはがく然としたが、ほかの二人は、やる気まんまんになってしまった。

「ふっふっふ、そうか、そういう設定か。面白いじゃないか……」

「こうなったら、誰が本物のロミオか、勝負なりよ!」

「よしっ、ジュリエットを先にイカせたほうが、本物のロミオだ!」

「望むところですわ!」

「ちょっと待ってくれ! なんでそうなるんだ?!」

 あわてたかずみに、にじり寄る三人。

「めっちゃ人前だぞ! わかってんのか?!」と背後をちら見する。

「大丈夫だ、すでに観客はキサマに萌えまくって、理性がない」

 はるかの言葉に後ろをよく見ると、なんと女はおろか、オッサンの客までが、キャーキャー歓声をあげてよろこんでいるではないか。

「もう覚悟するぞな。ここでそなたをレイプしても、だあれも通報などしないなり」

「するにきまってんだろ! いいかげんにしろ!」


 だがそこへ、とつじょ勇壮な音楽とともに、またも、もう一人のロミオが、天井から吊ったロープにつかまり、ターザンのごとく舞台に飛びこんで、かずみを押したおした。

「うわああーっ!」

 さけんであおむけに倒れるかずみを危うく抱きとめ、結わえた後ろ髪をふって、にっと笑ったのは、彼の永遠のヒーローであり、母親である薫さんだった。

「か、薫さんまで……」

 あまりのことに理性が死んだ。しかし、心の底では彼を助けにきてくれたことが、なにかうれしいかずみであった。



 薫さんは息子を抱いたまま、後ろの三人にさけんだ。

「下がりおろう! あたしはロミオなら、小学、中学、高校と、もう二十回はやった大先輩だ! ここはあたしに――ああっ、おまえ!」と、いきなりはるかを指さす。「男のぶんざいで、こんなとこまで来て、かずみにちょっかい出してんのかっ!」

 顔をしかめて言うはるか。

「僕、女なんですけど」

「知ってたよ」と真顔。

「知ってたの?!」と驚くかずみ。「じゃあ、なんで言わないんだよ!」

「だって、そのほうが面白いからさぁ」

 薫さんはニヤニヤと言った。


 そしてかずみを床において観客にむかい、身ぶりをまじえて口上をのべる。

「さあ、にせロミオがこんなにも現れて、いったいどうしたものか?! ここは、ジュリエット自身に本物をえらんでもらうしかない! というわけで、先に彼女を満足させた奴がロミオだ! もちろん、性的に!」

 同じことすんのかよ!


 かずみはあきれはてたが、それにわっと歓声をあげた客たちもどうかと思う。

 ちなみに、のん気なかずみの父はやれやれと苦笑し、短気な雪乃の父は怒りで脳天爆発しかけていた。しかし、それ以外は、この女装美少年と男装美女たちの絡みという企画に対し、大歓迎のごようすだった。


 だが、この母の所業にいちばん傷ついたのは、かずみ本人だった。

(こんな大勢の前で、俺にヤラしいことしようなんて。鬼畜以下じゃねえか……)

(サイテーだよ、薫さん……)

 だが、昔から女には勝手にいじくられてきたので、今度もどうせそんなもんだ、とあきらめた。

(いいや、どうせ俺なんか女のオナニーマシンだ)

(ただ容姿がいいばっかりに、それを利用されて使い捨てられるだけの人生さ……)

 そして絶望の目を閉じる。

(人並みにあつかわれたいなんて、思うほうがどうかしてたんだ)

(さっさと済ませてくれ。寝てるから……)


 ところが、そうしてふてくされようとした彼の顔を、薫さんはやさしくのぞきこんで言った。

「どうだかずみ、このシチュ。興奮しないか?」

(えっ……?)

 おどろく彼に、まわりを見まわしながら続ける。

「考えてもみろ、こんなにでかいホールの、でかいステージのまんなかで、会場を埋めつくす観客の食い入るように見つめるなかで、スポットライトを浴びながら、大勢の下種な女たちにエロいことされる。すんげえだろ?」

「か、薫さん……!」


 かずみの不満で引きつっていた心は、一気にゆるんで天国にいるがごとく落ちついた。

 彼は悟った。

 ――そうか、薫さんは俺が極度のマゾだと知ってて、それで。俺をよろこばすために、満足させるために、こんなことを……!


 ふと、ブギ子の言葉を思い出した。

(薫さんも、雪乃さんも、蘭子さんも、そしてブギ子も、みんなかずみのことがだいすきだよ、きっと……)

(ただヤリたいだけじゃない)

(君の、人間が好きなんだよ……)


 思えば、ずっと薫さんが私利私欲でやっただけだとうらんでいたあのフレンチキスの嵐にしても、じつは俺がすさまじいマゾだとお見とおしで、あそこまで激しくかましてくれたのだ。

 思えば、みんなそうだった。自分がやりたいだけじゃなく、されたがりの俺のために、わざわざ強引に襲いかかってくれたのだ(はるかは、ちと怪しいが)。


 俺はないがしろになんか、されちゃいなかった。

 みんなに愛されていたんだ……。


 かずみの心に、こんこんとあたたかい泉がわくようだった。

 そうだ、このシチュ。二度とありえない、究極のシチュエーション。ロミオとジュリエット「エロエロ版」。それも百人以上の飢えた野獣の目に射ぬかれながらするのだ。AV女優も、こんなに大勢の前ですることは滅多にあるまい。それを男の俺が体験できるなんて……!


 彼のすさまじいマゾ魂に火がつき、体がぬめった欲情に熱く燃えはじめた。気づけば身をおこし、客席のはるかうえに広がる無限の闇に向かって手を伸ばして、完全オリジナルのセリフをはいていた。

「おおロミオ、どなたが真実のロミオなの? この死にかけた哀れなジュリエットを、どうかこの場で、あまたのその美しい手で、みずみずしいお口で、どうぞいますぐ、生き返らせてくださいましいいい――!」

 われんばかりの拍手がおきた。

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