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[第一章:旅の始まり]その7

 薄っすらと明るいだけの夜の空の下、現れた三体の[騎装樹]は、さく達を見下ろす。

 巨体が三つ並ぶその光景は、薄暗く見えづらい中であっても十分な威圧感を持っている。

『…』

 右端の一体は赤い。

 太いそれは、バレル系と呼ばれる[第九種子]の単独支配勢力たる、[ソリード]から払い下げられた旧種([騎装樹]は根本的に生物であるため種類分けは“種”で行う)の[騎装樹]の一種で、名を[レッドバレル]と言う。

 [ソリード]では既に[シルバレル]他が最新種として稼働しており、一つ前の世代である[レッドバレル]は金さえ払えば手に入れられる。

 しかし、[ソリード]の主力として運用されていた、長所のない代わりに短所もないという、非常に安定した性能の[レッドバレル]は、決して安くはない。

 そんな[騎装樹]が、左端にももう一体。

 それだけで、くらんを実験体にした施設と言うものがそれなり以上の資金力、あるいは[ソリード]との繋がりを持つことを示していた。

『ははははは!』

 笑うサクシドが乗るのは細身の[騎装樹]、[グレイカリバー]だ。

 くらんの[シルバレル(プロトタイプ)]に襲い掛かった時のそれは、[カリバー系]と呼ばれる剣による近接戦闘特化に組み上げられた[重級]だ。

 乗り手はともかく、[騎装樹]そのもののパワーは侮れるものではない。

 そんな[重級]三体が今、さくとくらんのいる部屋を、見下ろしていた。

『…はははは。はははは!』

 [グレイカリバー]の操縦席で、ぴっちりとした衣装に包まれ、ヘルメットを被って笑っている。

 その、彼が元々来ていた服の上からその身を覆う衣装の名は[保護衣葉]という。

 戦闘と言う激しい動きを要求する[重級]に乗る際に搭乗者を守るそれは、操縦席の背中あたりに組み込まれている、特殊な品種改良と[付能]による改造が施された植物だ。

 並みのリーフルの座高ほどの大きさを持つそれは、操縦席に備え付けられたスイッチを押すことで流される水に反応し、巨大で透明な花が閉じて搭乗者の頭を、巨大な複数の葉が絡みついて顔以外の体全体を覆う。

 硬い前者と強靭な後者で、搭乗者は戦闘機動の衝撃からある程度守られるのである(が、代わりに動きにくく、操縦以上のことをするには邪魔である)。

 そんな恰好で、相手の[騎装樹]がいるわけでもないのに万全の戦闘態勢を整えたサクシドは、さく達を見下ろしながら笑う。

『…[重級]。[重級]だよ。生半可な力じゃ対抗できないこの力。それが三体だ。どうだ、怖いかい?怖いかい?』

 [グレイカリバー]が見せつけるように一歩を踏み出す。

 それに、ベッドの上でくらんは恐れを露わにする。

『…さぁ、恐れるがいいさ。いいのさぁ!』

 生身のリーフルに対して圧倒的な力を持ってきて、気が大きくなったサクシドは、[騎装樹]に一歩を踏み出させながらそう言う。

 …と、

『…なにを、しているのかなぁ!』

 彼は画面を、頭部の視覚器官たる[眼花]を通して、さく達を見て言う。

 そこでは、くらんを抱えたさくが、部屋から逃げようとしていた。

 その動きはやはり、鋭い。

 サクシドが生身のままであったならば、確実に取り逃すだろう。

 しかし、今は違う。

(僕には、[騎装樹]があるんだからねぇ!)

 大きさと速度は、いくらさくの身体能力が高くとも、[騎装樹]には決して勝てない。

 だからこそ、ワンテンポ遅れた動作であっても、間に合う。

『そぉりゃぁ!』

 [グレイカリバー]が、踏み込み、前方へと飛び出す。

 次の瞬間、巨大な左腕が部屋の壁に接触、粉砕し、その奥へと叩き込まれる。

 部屋を形作っていた木材の欠片が、宙に舞う。

『ははははは!ほら、捕まえたぞ!やっぱり僕は成功作だ!』

 [騎装樹]の手の中に何かが掴まれているのを画面越しに見て分かったサクシドは、調子に乗り切った声でそう言う。

 そして、巨体の腕を引かせる。

 そうして左手の中に現れたのは、

『…片方だけ?』

 [グレイカリバー]が掴んだのは、くらん一人だけだった。

 さくはどこかとサクシドは視線を巡らせ、家の奥の方へ逃げていくさくの姿をすぐに発見する。

『逃げる?…ああ、そうか。恐れをなしたんだな、僕に!成功作にして有能で最強のこの僕に!ははは!やっぱりだ、やっぱりガワだけだ!一回まぐれで勝ったぐらいで調子に乗って、デカい事言ってただけだったんだ!あっははははは!』

 さくの行動を見、そう考えたサクシドは、そこで満足し、さくへの興味を失う。

『…あっちは、もう後悔して、逃げた。ガワだけだって証明された。いい気味だ。自業自得だ。だから今度は…』

 サクシドは[グレイカリバー]の手に握られたくらんを見る。

『こっちにも後悔と恐れを、くれてあげようじゃないか!』

「ひっ…!」

 くらんの顔が、抗いようのない脅威に、恐怖に歪む。

 それを満足げに見つめながら、サクシドは[グレイカリバー]の左手に力を籠めさせる。

「…ぐっ…!」

 くらんの顔が、別の形に歪む。

 木材でこそあるが、それなり以上の重量と、近接戦用の[カリバー系]だからこその握力が、細く、回復しきってはいない小さな少女の身へと襲い掛かる。

「…いた…ぃ…う!」

 さくのような強さも何も持ち合わせないくらんは一切の抵抗もできず、苦悶の声と、恐怖故の涙を流す。

『はははは!後悔したかな?悔いたかな?自分のバカさを、思い知ったかな?僕に恥をかかせたことの、その意味と、自分の過ちを、ねぇ!』

「…う、ぐ…」

『はははははは!』

 サクシドは完全に調子に乗り切り、より力を入れようとする。

 だが、それを止めるように左右の[レッドバレル]が[グレイカリバー]の手に赤い手を添える。

 それにサクシドははっとし、

『おっと。成功作の僕としたことが。ははは、ああ、そうだった。持って帰るんだった』

『…』

『…』

 [レッドバレル]二体は特に何も反応せず、すっと[グレイカリバー]から手を引く。

『ははは。もう、十分だね?』

 サクシドは[グレイカリバー]の顔の前に息も絶え絶えのくらんを持ってきて、そう言う。

 消耗した彼女からの返事はない。

 むしろ、それが彼の気を大きくしたのか、彼はくらんのことを鼻で笑う。

『それじゃぁ、行こうか。僕に恥をかかせたことへの罰は与えたし。必要なものは手に入ったし。ここにはもう用はないね』

 サクシドは[騎装樹]の首を後ろに向かせながら、周囲の光景を見る。

(しっかし、ここは変な形しているなぁ。丘の上にだだっ広い平らな部分なんて)

 彼の思う通り、三体の[騎装樹]の周りには、僅かに草が生えているだけの、妙に平らでならされた地面が広がっている。

 三体の先、さく達の家があるところには、今しがた[グレイカリバー]が手を突っ込んだ三階建ての四角い区画が、その左に丘のようなものと隣接して付いていた。

 丘に家が食い込んでいるようにも見える珍妙な光景である。

(こんな変なので、町から離れてたから、見つけて罰を与えるのに、無駄に時間取らされたわけだ。…なら、これも成功作の僕に無駄な時間を過ごさせた…)

 そう考えた瞬間、サクシドは右手にある巨大な両手剣を無理やり振るい、既に穴が開いていたくらんの部屋のあたりを粉砕する。

『ははははは!』

 サクシドの笑いが空に響く。

 木片と妙に多い茎やツタが、破壊されたところから飛び散る。

 その光景を見、満足したサクシドは、

『それじゃぁ、今度こそ、行こうか』

『…』

『…』

 [レッドバレル]二体が、頷き、さく達の家に背を向ける。

 それを見たサクシドが[グレイカリバー]もまた、同じように動かそうとする。

 …そんなときだった。

「…いゃ…」

『…?』

 サクシドは画面越しに、[グレイカリバー]の左手を見る。

 そこでは、サクシドが家を壊す僅かな時間で、ほんの少しだけ復調したくらんが何かを呟いている。

(なにを…)

「いやぁ…」

『いや…?…はははーん』

 サクシドはすぐに理解する。くらんは恐れているのだ。

 さくも逃げ、三体の[騎装樹]に囲まれて掴まり、逃げる場所もない。

 それは即ち、自分が施設に連れ戻されることがほぼ確定しているということである。

『…無様だねぇ。ほんとに』

「…うぅ…」

 サクシドは嗜虐的な笑みを浮かべくらんを見下ろす。

『泣いたって無駄さ。君は連れ戻される。この、成功作の僕によって!それは決定事項さ。覆らないことなのさ!』

「…いや、そんなの…」

『いやだって関係ない。君の身勝手は終わりさ。歌いたいだっけ?そんなことはもうできないし、させない。君は一生を」

 …あれの□□として。

『そうして終える以外にはないのさ!』

 精神を追い詰めようと畳みかけるサクシドの言葉に、くらんは弱ったからで涙を流しながら呟き続ける。

「…いや、いやです……私にはやりたいことが……やっていたいのに…やめて…」

『やめるわけないだろう?必ず僕がミィジット母様のところに連れていくんだからねぇ!』

「……」

 すすり泣く声。

『ははははは!さぁ、さぁ、行くよ!ミィジット母様のところに、すぐにねぇ!』

 [レッドバレル]二体が頷き、歩き出す。

 それに[グレイカリバー]も続いて歩き出す。

 さく達の家が遠ざかっていく。

 くらんがやりたいことをやれる世界が遠のいていく。

 理不尽に、一方的に、僅かな間の平和は、くらんから取り上げられる。

 それはもはや変えられないことで、どうしようもないことであるのかもしれない。

 だが、そうだとしても、彼女は諦められなかったのだろう。

 だからこそ、ここまで逃げてきた。決して強くはないのに、弱いのに、必死に。

 そうであるからこそ、彼女はそれを求めた。

「助けて…」

『…ははは、無駄なのさ、無駄なのさ!』

 嘲笑の声が響く。

 それでもくらんは、弱い自分にできるたった一つのことを行う。

 誰に対してというわけでもなく、ただ必死に叫んだ。

 助けてと。

 その瞬間だった。

『じゃぁ…そうしようか』

『!?』

 サクシドは、背後からの聞き覚えのある声に、思わず[騎装樹]を振り返らせる。

 直後、

『な…』

 丘のようにしか見えなかった場所…否、偽装されていた格納庫の扉が蹴り飛ばされる。

『なぜ…』

 開けた道を踏みしめ、その右手に巨大で細い一振りを手に、来る。

『なんで、[重級]が…!』

 桜の剣が、その身を夜の光の下にさらす。

『…それじゃぁ、やろうか』

 桜の剣を取る者の声が、静寂の夜に響き渡った。


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