エピローグ
[第二種子]の拠点建造に始まった一連の事件から一か月。
世界は緊張感がありつつもある程度落ち着いた様子を見せていた。
[第二種子]は侵攻拠点を失い、さらには多数の[騎装樹]を巨獣や[第八・九種子]の混成軍に破壊されたことにより多少の弱体化を余儀なくされ、一時的に[第八・九種子]からは撤退をしており、大規模な戦闘は起こっていない。
また、混成軍側も[第二種子側]と同じように大損害を被ったために戦いをしかけることはなく、他の[種子]もひとまず様子見に徹することによって一応の平和状態が保たれているのであった。
なお、その結果にゆりは満足しつつ、[漣湖面]の他集団から[スペリオ・テュポーン]を盗み出したサクシドを捕まえて締めたりしながら、また何か起こさないかと[種子]の動向に目を光らせている。
…そんな中、世間にはこんな噂話が流れていた。
その内容は、戦場のただ中に突如出現した災厄の化身たる巨獣を、大いなる女神が打倒した、というものである。
[第二種子]の新規拠点での戦いで生き残ったリーフルが、脚色をしつつも広めたその話は、幻覚を見たのではないかと笑い飛ばされながらも、その神話チックな内容から一部の者に好まれ、本にする話も持ちあがるくらいの扱いにはなっていた。
そして、その話の女神に関わるリーフルたちは今、[第八種子]の隅で穏やかに暮らしていた。
「…さく、そっちはどうや?」
「うん、今できた」
空から[陽華]の光が注ぐ中、さくはやっちゃんの言葉に答えた。
場所は緑の面積が多い、木のテーブルや机、ブランコなどが置かれた庭だ。
片側に扇形の大きな土台が置かれたそこで、さくはやっちゃんと共にある準備を進めていた。
一時はアンリミテッドシードの暴走のために酷く衰弱していたさくであるが、今は問題なく動くことができるようになっている。
その回復ぶりを示すように手早く作業を終えたさくは、やっちゃんに普段通りの様子で言う。
「席は並べ終わった。やっちゃんの方は?」
「うちもできたで。ステージ上の掃除はばっちりや」
「そう」
四つの腕で二本の箒を持って言うやっちゃんに、さくは頷く。
「…ミスリィがさっきから手伝ってへんのが気になるけど…。これ幸いと盗み食いしてるんやないやろな…」
やっちゃんはそう言ってミスリィがいるはずの場所を見る。
そこには、くらんのために移動する前、ただの家として機能していた時と同じ状態の[チェリーヘヴィエスト]がある。
[ダークカイザー]との戦闘で破損した部分を修復したことで形の変わったそれは、もはやただの家にしか見えない。
そんなの[チェリーヘヴィエスト]の、地上一階となっている部分の窓から、ミスリィが顔を覗かせる。
「まさか。ミスリィは既に終わらせた。やっちゃんに指摘されるまでもなく」
「そこはやるわけない、とかやろ!なんで事後報告をするねん!」
「なに?問題があると?よろしい、ミスリィがじっくり説明してやる」
そう言ってやっちゃんの前に転がり出るミスリィを、やっちゃんは箒の柄で軽く叩く。
「んなことはええから準備手伝いや。…といっても、もうやることないか」
「うん。大抵のことはやっちゃたし。後は…」
そう言ったさくの背に、声がかかる。
「…あの」
「ん?」
声に、さくは振り向く。
そうして彼女の視界に入ったのはくらんの姿だ。
ただ、その姿は以前とは少し違う。
彼女の背には蝶のような四枚の羽根が生えっぱなしになっていた。
それは一か月前、さくを助けるためにアンリミテッドシードの力を極限まで使った、後遺症のようなものである。
特に健康に害があるわけではなかったために、くらんは戦いが終わってアンリミテッドシードによる消耗から脱してからというもの、そのままの姿で過ごすようになっている。
その結果、物語に登場する妖精じみた姿がもはや普通になりつつあったくらんは、さくを見て言う。
「いいんでしょうか、私のためにここまでいろいろしてもらって」
「別に。くらんは私を助けるためにコンテストの出場を諦めて戦ってくれた。おかげで私はこうしてみんなのところに戻ってこれたわけだし」
さくはそこで、後ろにある土台とその前に並べられた椅子を見てから、言葉を続ける。
「これは、そのお礼。くらんに好きにやってもらいたいと思うから、私はこのライブを提案した…」
そう。
回復したさくは、歌のことを一旦放り投げて自分を助けに来てくれたくらんのため、彼女が存分に歌うための場を用意することを、モモナ達に提案した。
既に次の隠れ場所を見つけ、安定した状態に移りつつあったこともあり、モモナはそれを了承。
結果、丁度[チェリーヘヴィエスト]の前に合った古びた公園跡を庭に改造し、会場の用意が行われた。
今さく達がやっていたことも、全てはこのライブのためにある。
歌姫になる機会を逃したくらんに、せめて精いっぱい好きに歌ってもらうという趣旨の、このステージのために、だ。
「…くらんは気にせず、好きに歌うといい。私はそうして欲しいし、くらんの歌はまたちゃんと聞きたい」
「…さく」
さくの言葉に、しばしの間躊躇していたくらんであるが、厚意を無下にするのは失礼と思ったのか、意を決した様子で言う。
「…はい。昨日、一度はやると言いましたし、気にせず好きに歌わせてもらいます」
そう言ってから、くらんは笑ってさくに言う。
「ありがとうございます、さく」
「別に。…さて、くらん。丁度準備は出来てる。すぐにでも開始できる」
「はい!それじゃぁ…!」
さくが差し出した手を、くらんは取る。
そしてすぐにくらんは扇形の土台…ステージの上に登る。
同時にさくややっちゃん、それに一応ミスリィも並べられた席に座る。
「…すぅ」
観客である三人が、静かに開演を待つ中、くらんは呼吸を整える。
それから、ゆっくりと三人を見回し、
「…皆さん、私のためにありがとうございます。その厚意にお応えして…」
くらんは、両手を胸の前で合わせる。
「…歌わせていただきます。それでは、聞いてください。[穏やかな日々の中で]」
そして、くらんは歌いだす。
風が吹き 木々が揺れ 水が流れ
日が注いで 小鳥が啼いて
今は穏やかな日々 平和な日常の一時
木陰に座って 息を吸って 息を吐く
そうしていられる優しい時間
それは それは とても
幸せで 嬉しくて 休まって
だから私は 好きなんです
今まで披露されていなかったくらんの持ち歌の一つが、静かで穏やかな風に乗って流れていく。
とても平和で、とても穏やかな時間がただ、流れていった。
…そして。
『あなたもこれからはあの日々の一員ですよ』
モモナは、[チェリーヘヴィエスト]の窓からくらん達の様子を見る一人の男に言う。
『…穏やかに過ごしてください、ケルガラ』
「…ああ、そうだな」
頷いた男…ケルガラは今までのどんなときよりも幸せそうな表情で言う。
「…さくと一緒の穏やかな日々か…まさか、こんな風になれるとはな」
一か月前の戦いの後、くらんがやっちゃんたちにすぐ後に、ケルガラは意識を失い、[チェリーヘヴィエスト]の上に投げ出された。
そんな彼は合流したミスリィによって回収され、モモナややっちゃんの手で介抱された。
そして、ミィジットが亡くなったであろうことや、彼がさくと一緒にいたいとの要望を受け、モモナは彼を家族の一員として受け入れたのだ。
「…ミィジットのところにいた時は想像もできなかったな…」
ケルガラはそう言って苦笑した。
その耳に、くらんが歌う穏やかな雰囲気の歌が聞こえてくる。
「…さくを一緒に助けてくれたあいつの…か。結構いい感じだし、折角ならちゃんと聞きに行くか…」
ケルガラは呟き、[チェリーヘヴィエスト]の廊下を歩き出す。
モモナはその様子を画面越しに見て笑う。
くらんの歌が優しく広がるその場所で、彼女たちの穏やかな日常は続いていくのだった。




