[第六章:私のやりたいこと]その7
『な、なによあれ…!?また、さっき見たいのが…!?』
巨獣の構築に際、襲い来る触手の魔の手から逃れたゆりは、[ナイト・テュポーン]の中、仲間たちと同時に目を見開く。
その視線の先では、先ほど巨獣が出来上がっていっていたときと似たような光景が広がっている。
ただし、その規模は小さい。また、触手が他のものに巻き付いて引っ張り込むということもない。
宇宙空間のある一点より伸びた植物の茎が、しかしすぐにその根元に向かって巻き付くように戻っていく。
それによって構築された巨大な緑の卵は、巨獣のときにそうだったように弾けて形を変える。
『…違、う…?』
ゆりが呟く中、弾けた卵はその形を新たなものへと整えていく。
そうしてつくられる形は、巨獣とは明らかに違うものである。
『…リーフル…?』
出来上がる形を見たゆりには、そうとしか思えない。そんな形状が次々と出来上がっていく。
葉の鎧に包まれた長い脚が伸び、葉の袖にくるまれた両腕は伸ばす動作と共に形になる。
『…これは、なんなの…?』
舞踏会のドレスを思わせる長いスカート状の装甲に包まれた腰ができ、白い胸当てに覆われた胸が形作られ、その背からは純白の、葉の集合体である翼が広がる。
その羽根が広げられた勢いと共に宇宙に舞い散る中、葉に覆われきった頭部が出来上がり、直後に花が咲くように葉が散り、くらんによく似た女性の顔が現れて長い髪が両翼の間に伸びる。
次いでこめかみと耳、額にかけて細い鎧が形成され、目を閉じた女性の顔を飾る。
最後に、女性がゆっくりと両手を前に出すことでその両手に長い槍が構築され、その穂先が輝く。
『…これは…』
最後に、槍を手にした女性は勢いよくそれを一回転させて構える。
『…』
戦場にただなかに現れた女性の姿を、ゆりは見る。
巨獣に比べると大幅に小さいものの、それでも大き目の[超重級]の五倍近くある女性の姿は、非常に神々しい。
美しき純白の槍を携え、大きな両翼を広げるその様は、ゆりに自然とある言葉を言わせていた。
『女神…』
そして、女神と呼ばれた存在はその目をゆっくりと開けた。
▽―▽
『…これは』
くらんは一瞬途切れていた意識を取り戻す。
そしてすぐに、自分がどうなっているかを理解する。
『…この、体は…』
女神。そう呼ばれた存在の全体に、くらんの意志は宿っていた。
そのために、彼女言葉は女神の口で以て発せられる。
自身の体を見る目も女神のものであり、見る対象も女神の体であった。
『…なるほど、そういうこと…ですか』
感覚的に、くらんは何が起こったのかを理解する。
自分はアンリミテッドシードの力を最大限引き出し、制御することに成功したのだ。
その結果、宇宙を舞う翼を持ち、障害を排除する長い槍を携える女神という、この体は形作られてるのである。
『武器が槍なのは…[シルバルヘヴィ]の武装からですかね。まぁ、扱いやすいのでいいです』
女神はそう言い、前方の巨獣を見据える。
既に大半の[騎装樹]を叩き潰したそれは、多数の[騎装樹]の残骸の上に浮かび、咆哮する。
その大きさは女神の体の十倍近くはある。
だが、推進装置よりもはるかに高い機動性を実現する翼を持ち、女神の体であれば、この程度のサイズ差になれば十分に対抗し得る。
『…そのおかげで、どうやら私の本体は負荷がかなりあるみたいですけどね』
女神は胸をちらりと見る。
[シルバルヘヴィ]とくらんの体が収まっているそこには、鈍痛が生じている。
巨獣ほどでないとはいえ巨大な女神の体にとっては僅かなものではあるが、実際一人のリーフルのサイズになればその痛みはかなりのものであろう。
ミスリィの言う通りにアンリミテッドシードは相当な負担と苦痛をくらんの身に強いているようであった。
『…この体となれば気になるものではありませんけど。でも、あまり長くはよくないです』
そう言って、女神は再び巨獣を見る。
『さくもきっと…いえ、間違いないです。だから…』
女神の言葉と共に、その身の両翼がふわりと大きく広がる。
凛々しい顔が、真面目なものに変わる。
そして、彼女は言った。
『行きましょう。この力で、さくを助けに!』
瞬間、翼が勢いよく動く。
動く[騎装樹]が減り、再び静寂が戻りかける宇宙を、純白の女神が舞い始める。
『今、行きますよ…!』
『…いぐぁ…ガァ?…グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
片手で[超重級]を砕いた巨獣は、それまでとは明らかに大きさも見た目も違う相手に反応し、威嚇するように咆哮する。
その声を真正面に受けながらも、女神は巨獣の元へと飛翔する。
一人の少女を助けると言うただ一つの目的のために存在する神は、恐れることなどなく、一直線に突き進む。
『グガガガガァァァァァァァァァァァァァァ』
そして、巨獣と女神との戦いが開始された。
『ガァァァ!』
短い咆哮と同時、女神を敵として認識したらしい巨獣は、巨大な腕を振るう。
[危空気]を裂き、下手な[超重級]よりも大きな超質量の物体が、轟音とともに迫る。
『…ふっ!』
女神は翼を思い切り下へと動かす。
それによって体は一直線に押し出されるように飛び上がり、攻撃の回避に成功する。
ついで、女神は再び翼を思い切り動かし、加速。
空を切った腕の内側、巨獣の胴体めがけて飛ぶ。
『まずは、懐に入るところからです…!』
『ギガぁァぁ!!』
サイズの違いから女神の声は聞こえなかったはずではあるものの、その狙いを理解したらしい巨獣は、そのあまりに大きな両翼を羽ばたかせる。
同時、その巨体が後方へと動き出し、さらにはあたりに漂っていた[騎装樹]や拠点の残骸が翼の産む風に勢いよく押され、女神へと殺到する。
『この程度!』
迫りくる無数の残骸に、女神は怯まない。
まずはさらに加速し、速度を確保してから翼を縮めて被弾面積を縮小、さらには手の中の槍を正面で高速回転させることで盾とし、残骸の流星群を攻略する。
『とまりません!』
女神は残骸群を抜けた直後に勢いよく体全体を伸ばし、体についた微細な残骸を弾き飛ばす。
間髪入れずに翼をはばたかせ、槍を構えて離れた巨獣に向かって飛んでいく。
その速度は尋常ではない。
決して、巨獣の移動速度に引けは取っていなかった。
だからこそ二つの存在の距離は少しずつ、かつ確実に近づいていく。
『ぐる…いっゥ…グガラナナアナアア!!』
巨獣は翼を動かす速度を上げ、上方向へと高速で移動する。
それにより尋常ならざる突風が女神を襲うが、彼女は構わず、さらに飛行速度を上げる。
そうして追いすがる女神に、巨獣は狙うようにして咆哮。
続いて左腕を動かし、近くに浮いていた[第二種子]の拠点の欠片の一つを掴む。
『グガァァァギガラ!』
欠片とは言っても、元々が侵攻拠点という、相当に巨大なものだ。
その一部ともなれば必然的にかなりの大きさになり、実際欠片は[超重級]の二体近くの大きさがあった。
質量も当然、外見分だけあるだろう。
それを巨獣は握りこみ、
『キグ…いっ…ヤアガリヤ…!』
腕を非常に力ませ、次の瞬間に投擲する。
あまりに巨大な存在の腕力によって打ち出された物体の速度は、容易に音速を超える。
『…!』
女神は目を見開く。
迫るのは自身の体を上回るサイズの大質量物だ。
しかもそれが、音速を超えて迫る。
衝突まで三秒と時間はない。
対応を考える時間は、始めからなかった。
『っぅ……!』
瞬間、拠点の欠片は女神に正面から衝突し、激しい音と共に砕け散る。
女神の姿は一瞬にして見えなくなり、あたりには砕けた拠点の欠片だったものが飛び散る。
一時的に、女神が進んでいた場所に静寂が満ちる。
『…ガァァァァァァァァァァァァァァ!!』
その様を見た巨獣は、仕留めたと思ったのか勝ち誇るように咆哮する。
そして、それを肯定するかのように破片が飛び散るところからは何も出てこず、動きもしなかった。
巨獣の認識に通りに、女神はやられてしまったのか。
…いや、違う。
拠点の欠片の破片があるところには、それしかない。よく見れば、切り裂かれたように大まかに二つに分かれ、砕けたそれらしか漂っていないのだ。
女神の体を構成していたものは、何一つ見当たらない。
明らかに、女神はそこにはいなかった。
ではどこにいるのか。何をしているというのか。
その答えはすぐに明かされる。
『…いい、目くらましになりましたね!』
『!』
巨獣が目を見開いた直後のことだ。
その左腕に巨大な槍が突き立てられ、思い切り斜めに動き出す。
『はぁぁぁぁぁぁとぉりゃぁぁぁぁ!』
女神だ。
ほとんど無傷の彼女が、己の得物である槍を握ったまま、力任せかつ超高速の移動を、巨獣の左腕上で行っているのだ。
そして、巨獣が対応する前に女神が行った動作は終了する。
その結果起こったのは。
『ギャァオオオガゥゥゥルル!!』
巨獣の腕が、肘の上あたりから切断される。
綺麗に切断され、本体から分離した腕はすぐさま本体と繋がろうと触手や茎を伸ばす。
だがそれは、女神が即座にキックを放ち、分離した腕を遠くへと蹴り飛ばすことによって防がれる。
『グガァァァァァァァァ!』
腕を切り飛ばされたことに怒ったのか、巨獣は何度目かの咆哮を放つ。
直後、無事な右腕を思い切り突き出し、女神を捉えようとする。
しかし、あまりに直線的で単純な動きは、女神に容易に先読みをさせる。
『こんな動き!』
純白の翼が動き、女神は容易く巨獣の攻撃を回避する。
続いて、唸り声のような音を立てて通過する腕に槍を突き立て、腕とは逆方向へと一気に進む。
『はぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
『グガァァァ!!』
巨獣の動きと女神の動き、さらにはしっかりと保持される槍の動きで、巨獣の右腕に巨大な裂傷が生じる。
それに巨獣が反応するときには、女神は次の行動へと移っていた。
『てりゃぁぁぁぁ!』
槍を引き抜き、巨獣の傷口を蹴って上昇。
直後に一回転して槍を振り下ろしながら裂傷の中に高速で突撃する。
『輪切り…です!』
『ラアアアアア!』
女神の言葉通り、裂傷の内側に侵入した槍は外側より柔らかい内部の植物を次々と切断、僅か三秒で巨獣の右腕を輪切りにし、二の腕から先を分離させる。
『後は、同じ!』
先ほどしたとおり、女神は本体と繋がろうとする離れた腕を蹴り、遠くへと弾き飛ばす。
しかし、そこで安心せず、今度は巨獣の頭めがけて飛び上がる。
(両腕は切り落としました!そしてこの距離では尻尾の攻撃は使えない!)
懐に侵入し、直近の脅威である両腕を排除した女神は、一気に勝負を決めようと巨獣の頭へと真正面から攻撃を試みる。
そのときだ。
『ガァァァァァァァァァァァァァァ!』
『な…!?』
突如、巨獣はその口を今までではあり得ないほど大きく開く。
直後、その奥からは咆哮の怒声と共に、無数の植物の塊が連続的に射出される。
『ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!』
女神は槍を高速回転して対抗するものの、至近距離に来ていたことで塊は空気抵抗で速度を僅かに落とすこともなく、立て続けに襲い掛かる。
それについに女神は押し負け、弾き飛ばされる。
『ああ…!』
悲鳴と共に巨獣から距離を取らされる女神。
そんな彼女へと、巨獣からの仕返しが迫る。
『グラガァァァァァ!!』
下半身を前へと押し出し、半回転を始めた巨獣の尻から、鞭のようにしなる巨大な尻尾が女神へと接近する。
『な…!』
体勢をたてなおしきれずにいる女神に攻撃が直撃しようとする。
(これで…!?)
終わりなのか、そうくらんが思った瞬間だった。
『ふっう!』
『!?』
突如として割り込んできた何かが、手に持った大刀で巨獣の尻尾を半ばから切断する。
それは、以前コンテストの会場で見た、ケルガラが作り上げて見せた鎧武者に似た風貌を持つ巨人であった。
『ふぅ…』
体型もケルガラを思わせるものであり、それでありながら身長は女神とほぼ同じだ。
『あなたは…!』
『グガァァァァァァァァ!』
再びの巨獣による塊の連射を回避しながら、女神は自身の傍らを角ばった四枚羽で飛ぶ鎧武者に言う。
それに、鎧武者は答える。
『…ケルガラだよ、実験体』
『…!』
発せられた声は間違いなくケルガラのものであった。
そのために、女神は身を固くして鎧武者を見る。
(私を狙った、[チェリアール]のリーフル…そして、私と同じ実験体…)
ケルガラが実験体であることは、モモナに話を聞いたことでくらんは知っている。
そして勿論、彼が敵であることもくらんには分かっていた。
(そんな彼が一体何故…ですか?)
どうして自分を助けてきたのか。そんな疑問を含んだ問いを、巨獣の蹴り攻撃を回避しながら、女神は放つ。
『…ケルガラ、一体どういうことですか?』
その問いに、女神と同じように回避行動をとりながら、鎧武者はこともなげに答える。
『単純さ。お前が必要だと思ったからさ』
『必要…?一体何に、ですか…?』
(ミィジットの指示で、何かを企んでいるんでしょうか…)
迫る巨獣の翼での殴打を避けながらそう思ったくらんであったが、帰ってきた答えは意外なものであった。
『さくを助けるために、だ』
『!?さくを助ける…!?』
(私と同じ…!?)
『一体…どういうことです?私と同じように、さくを助けるなんて』
鎧武者と背中合わせになり、上昇する巨獣を追いながら女神は言う。
『…なに?お前もか?』
『はい。そのためにアレと戦っていたんですけど…』
女神のその言葉に、鎧武者は笑う。
『なるほどな、これは話が速くて助かる』
言って、加速しつつ鎧武者は女神の顔を見て言う。
『俺はな、さくのことが好きだ、大好きだ。本当に、心の底から』
『…え、いや急に何を…』
唐突な愛の告白に戸惑う女神に、鎧武者は言う。
『ふざけているわけじゃないさ。俺はさくのことが大好きだ。だからこそ、あいつを手に入れようとしていた、というわけだ』
女神が渋い顔をしつつもひとまず耳を傾ける中、鎧武者は続ける。
『そうして手に入れたあいつだが、ミィジットが約束を破ったり勝手なことをしてくれたおかげで、さくは見ての通りの状態になった』
『…アンリミテッドシードが暴走して…ですね』
女神の言葉に鎧武者は頷く。
『その通りだ。この話が分かるなら、さくが今どれだけの負担と苦しみの中にいて、危うい状態であるのかも、分かるよな?』
『…はい。それは勿論。だからできるだけ早く助けようと戦ってました』
『なるほどな。…なら、一つ提案がある』
『提案?』
巨獣が上から降らせる塊の連射を、二手に分かれて回避しつつ、鎧武者は言う。
『ああ、一緒にさくを助けよう。二人のアンリミテッドリーフルと、その力が発揮された[騎装樹]があるなら、確実にそれができるはずだ』
『…』
槍で飛んできた塊を裂きつつ、沈黙する女神に、鎧武者はそれまでより真剣かつ低い声で言う。
『…俺はな、さくが死ぬのだけは嫌だ。それもミィジットがやらかしたがために、なんてのはな。俺はあいつが好きで…だからこそ生きていてほしい。だから、あんな危険なままにはしておきたくない。どうしても助けたい』
『…』
『どうだ?協力、しないか…?』
『…それは』
くらんは、時間がないと思いながら決断をするために思考を回す。
(今まで敵でしたし、信用はし難いですけど…今の言葉は…)
さくが好きで、そのために彼女を救いたいというケルガラの思いに嘘はないと、くらんはそう思う。
今の彼の言葉に、強く深い愛情があることを感じることができたからである。
だからこそ、くらんは決めた。
『分かりました。協力しましょう。さくを助けるために!』
『ふ、感謝するぞ、実験体!』
『くらんです!覚えておいてください!』
『なるほど、いいだろう!行くぞ、くらん!』
『はい!』
そして、女神と鎧武者は、巨獣へ向かって飛翔を開始する。
距離を取ろうとする巨獣へと、高速で迫る。
しかし、巨獣とて逃げと塊の連射と言う同じ対応ばかりではない。
『グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』
今までを上回る声量の咆哮と共に、腕としっぽの切断面から無数の触手が生える。
それらは一斉に伸びていき、迫る女神と鎧武者へと襲い掛かる。
量は文字通りの無数。
迫るそれらの脅威を凌ぐことは、できるようにはとても思えない。
だが。
『やってみせます!』
『さくを助けるためにな!』
女神とより武者は飛ぶ。
前者は槍を、後者は刀を振るい、進むのに邪魔な触手だけを的確に処理し、一切速度を落とさずに巨獣との距離を詰める。
(感覚が冴えてます…行けます!)
女神と鎧武者は、今までで一番の力を発揮する。
さくという少女を助ける、たった一つのやりたいことのため、精神を、肉体を、操る力を鋭く研ぎ澄まし、危険な状況を切り抜ける。
脅威を突破する。
『グガァァァァァァァァ!!』
触手の群れを突破した女神と鎧武者に、今度は尻尾による攻撃が襲い掛かる。
しかし、効かない。
感覚が研ぎ澄まされた状態にある彼女らは、その動作を見切って回避し、そのまま一直線に飛び、
『ケルガラ!』
『くらん!』
『『翼を!』』
言葉が重なる。
共に同じ少女を大切に思う二人の意志は自然とシンクロし、それぞれが自身の得物を構え、巨獣の翼を根元から切り裂く。
『グガァァァァァァァァ!!』
翼を失った巨獣は怒りの咆哮をし、両腕を上げて触手を伸ばそうとする。
しかし、それがなされる頃には両腕は根元から切断される。
『シガジャァァァァァ!!』
命令伝達ができなくなった触手は、攻撃対象を見失って蠢く。
そして、その間に女神と鎧武者はそれぞれの翼を羽ばたかせ、巨獣の頭へと至る。
『グガァァァァァァァァ!』
『さくの場所は分かってるか!?』
鎧武者の言葉に、女神は力強く頷く。
『勿論!』
『なら、行くぞ!』
『はい!』
そして、二人は巨獣の頭というさくを閉じ込める壁を破壊しようとする。
…そのときだ。
『ジャァァァアァァァ!!』
『なんだと!』
巨獣の首が突如として別れ、新たな頭が誕生、それが女神と鎧武者をかみ砕こうと接近する。
『く、俺が…!』
鎧武者が叫び、自ら新たな頭へと突撃する。
身を挺して新たな頭を止める気なのだ。
『ケルガラ!』
大口を開けた頭にとりつく鎧武者は、心配げな声を上げる女神に対し、鋭く言葉を返す。
『気にするな!お前はさくを!』
『…っ!』
一瞬だけ女神が躊躇したその時だ。
元々の巨獣の首が口を開け、再び塊の連射を行おうとする。
『あ…っ!』
完全なる直撃コースかつ至近距離。
これでは避けられない。
そうくらんが思った瞬間だ。
『思い知るがいいさ、ガワだけ野郎ォォォォォォォォォォォォォォォォ!』
『『なに!?』』
突如として、巨獣の一つ目の頭に突撃をかました者がいた。
『サクシドですか!?』
巨獣の攻撃へ横槍で危機を脱した女神は、聞こえてきた声に驚愕する。
その視線の先、高速回転しながら巨獣の頭を揺らすのは[スペリオ・テュポーン]であった。
本来[漣湖面]しか持たないそれから、再び声が聞こえる。
『思い知れ!暴走する程度のガワだけだったと!そして僕と言う成功作の実力を思い知るがいいさ!』
間違いなくサクシドだ。
なにをどうやったのか、どこからか[スペリオ・テュポーン](どうやら純奈のものとは別)を調達してきたらしい彼は、巨獣の喉元を抉ろうと、[騎装樹]の[特殊樹能:悪断翼刃]を発動してその体を回転させ続けている。
だが、抉るのに成功しただけで大きなダメージを与えることはできず、巨獣が邪魔とばかりに首を振るっただけでサクシドの[スペリオ・テュポーン]は弾き飛ばされ、回転を続けたまま勢いよくどこかへ吹っ飛んでいく。
『ノォォォォォ!これもいつも通りのまぐれなんだからなぁぁぁ!』
そんな捨て台詞と共に[スペリオ・テュポーン]は虚空に消える。
『…。なんにしろ、助かりました!』
『だったら行け、くらん!さくのところへ!』
『はい!』
自身をかみ砕こうとしてくる二つ目の頭に抵抗する鎧武者の言葉に、女神は槍を構えて急加速する。
そして、今しがたのサクシドの攻撃で不調が生じたのか、硬い動きをする巨獣の頭に、とりついた。
『さくぅぅぅぅぅぅ!!』
槍を巨獣の頭へと突き刺し、捻って外皮となっている植物を抉り取る。
そうして中から現れたのは、半ば触手や茎と同化した漆黒の[重級]、[ブラックバレット]だ。
女神はそれに向かって手を伸ばす。
…その瞬間だ。
『くっ…!?』
抉られた外皮の下にある触手が一斉に伸び、女神の両腕と両足を絡み取り、その動きを封じる。
さくをすぐ目の前にして、女神はどうしようもなくなってしまう。
『動けない…!』
『ギギギギ…』
形の崩れた巨獣の頭が嘲笑うかのような鳴き声を上げる。
それはまるで、残念だったなと言っているかのように思えた。
『…ですが!それは、間違いです!』
女神は叫ぶ。
そして、目を閉じて胸に力を集中させる。
直後のことだ。
『…はぁ!』
女神の胸が、花が咲くように開き、中から一つの[騎装樹]が姿を現す。
[シルバルヘヴィ]だ。
今まで女神の心臓も同然の状態となっていたそれが、女神の体より飛び出し、[ブラックバレット]の元へと走る。
『はぁはぁ…さく!』
女神から元の体に意識が戻ったことで、[シルバルヘヴィ]の中のくらんはアンリミテッドシードのかけてくる尋常ではない負担と苦痛を感じ、顔を歪ませ、息を粗くする。
死んでしまいたくなるほどの苦しみに、体を蝕まれる。
…だが、彼女は止まらない。
決して、止まることはない。
『さく、さく…!』
[シルバルヘヴィ]が走る。
[重級]の身では遠い[ブラックバレット]に向けて、[神経茎]や[骨格樹]への負担など無視して、疾走する。
推進装置で速度を上乗せし、一息に[ブラックバレット]へと接近する。
しかし、相手はそのまま行かせようとはしない。
『…つ、ぅ…あああ!』
さくの苦し気な声と共に[ブラックバレット]が触手の中から起き上がり、[シルバルヘヴィ]という己を危険に晒す敵を迎え撃つ。
『あああああああああああ!!!』
『っ…!』
[ブラックバレット]が足元の植物を蹴り、右腕を思い切り前に出す。
[特殊樹能:掌底砕波]だ。
[騎装樹]の手を通じて、発生させた強い衝撃波を相手に叩きこむという、必殺のそれが、[シルバルヘヴィ]に襲い掛かる。
『ぐぅ!』
アンリミテッドシードの負担で判断力が鈍ったくらんは、その攻撃が回避できない。
[シルバルヘヴィ]は左半身に[特殊樹能]による攻撃をまともに受けてしまう。
直後、[ブラックバレット]の腕を通して叩き込まれた衝撃波が[シルバルヘヴィ]を壊し始める。
その中で、くらんは苦痛を押し殺しながら最後の指令を[騎装樹]へと送る。
[シルバルヘヴィ]はそれに応え、手に持った槍で[ブラックバレット]の胸部[装甲葉]を抉りとる。
そうして、破損した[保護衣葉]を着て操縦席に座るさくの姿が、露出する。
『さく…!』
崩れ行く[シルバルヘヴィ]の画面に映るさくは青ざめ、浅い呼吸を繰り返していた。
そして、時折さくは割れたヘルメットの奥で苦痛に顔を歪ませている。
明らかに危険な状態であった。
『さく…!』
瞬間、[シルバルヘヴィ]の画面が裂けるように砕け散り、[騎装樹]全体が形を失っていく。
くらんはその中で、さらに動いた。
『あぁぁぁぁぁ!』
その意思を、精神を、体を動かすための叫びと共に、くらんは崩壊した操縦席を飛び出す。
さくへ向けて手を伸ばす。
彼女を助けようと、周囲の触手が宿主を守るために殺到する中、必死にそうする。
『さく!』
くらんの頭の中に、さくとの日々が蘇る。
サクシドらから助けてくれたこと。
衣装を渡してくれたこと。
歌を褒めてくれたこと。
一緒に旅館でご飯を食べたこと。
その他の、色々なことを思い出しながら、くらんはさくの元へと行こうとする。
『今…』
口を開く中、今なお女神に繋がっているアンリミテッドシードがくらんの意思に応える。
完全に制御されたそれは、ただ宿主のやることのために全力で力を貸す。
『助け…』
[保護衣葉]が触手によって無残に裂け、ヘルメットが割れ砕ける中、四枚の翼を生やした妖精の如きものへとくらんは姿を変える。
羽ばたく翼は彼女をさくの元へ進ませ、迫る触手の全てを弾き飛ばす。
「ます!」
ついに、くらんの体はさくの元へ辿り着く。
[ブラックバレット]の操縦席に満ちた触手が、くらんを叩き出そうと迫りくる。
「邪魔です!」
くらんの背に生えた四枚の羽根が高速ではためき、風を巻き起こして触手群を壁へと叩きつける。
そして、くらんはさくの身を抱き上げ、
「こんのぉぉぉ!!!!」
叫びと共に、その背から生えたアンリミテッドシードの茎を引きちぎろうとする。
その動作で、宿主にして苗床を失うことを恐れた触手達が、限界を超えた激しい動きでくらんに体当たりを繰り返す。
(痛い…痛い…でも…でも!)
くらんは諦めない。
全力で、全身全霊で、さくを苦しめる種を徐々に引き抜いていく。
『ガギャァァァァァァァァァァァァァァ!』
巨獣が悲鳴を上げ、触手が激しい抵抗をする。
操縦席が揺れ、くらんの意識もあまりの負荷に揺れる。
それでも意識は失わない。
手の動きは止めない。
「私は、助けるんです…さくを…絶対に…!」
くらんの背の四枚羽が輝きを放ち、強い力を持って触手達を弾き飛ばす。
「絶対にぃぃぃぃ!!!」
『ギャァァァァァァァ!!』
そして数秒か、十数秒かが経った時、ついにさくの身に埋め込まれたアンリミテッドシードが根元から引き抜かれる。
『グギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!』
「はぁ!!」
制御器官たるさくを失った巨獣が断末魔の叫びをあげる中、くらんは背の翼を羽ばたかせ、さくをしっかりと抱いて操縦席の床を蹴り、その場を離脱する。
「はぁ…!!」
くらんは必死に女神の方へと後退する。
そんな彼女の胸のさくへ、触手達が次々と延びていく。
宿主にして苗床の彼女を取り戻そうとしているのだ。
当然そんなことをさせる気などないくらんは、全力で翼を動かして後ろへと逃げていく。
そんな彼女を、女神の左腕を縛っていた触手が動いて捕まえようとするが…、
『!』
即座に動いた女神の腕が触手を掴んで引きちぎることでくらんから脅威を取り除く。
そして、半ば意識をなくして女神の胸まで戻ったくらんを、女神は包み込むようにその胸にしまう。
『…』
『グぎゃあぁぁ…』
巨獣が震える中、女神は自由になった腕で右手にあった槍を取り、伸びてくる触手を一掃する。
それから、両翼を羽ばたかせて巨獣の頭から離脱する。
『………』
『くらん、やったか…!』
くらんの一連の動きを見ていた鎧武者がそう言う中、巨獣の全体は武者震いするように震え、力が緩む。
そのチャンスを見逃さず、鎧武者は即座に二つ目の頭から離脱し、女神と共に巨獣から離れていく。
『ぐぎゃ……ぎが…ぎゃぁぁ』
巨獣はそれを追おうとしたが、翼を失くし、進む手段を失った巨体では足場のない宇宙空間を進めるはずもなく、失敗する。
それでも触手だけでも伸ばそうとするが、ある程度伸びたところで触手の動きが全て止まる。
『が…ぐ…ぎ』
アンリミテッドシードは、それ単体ではいかなる形態も維持できない。
アンリミテッドリーフルと言う宿主にして苗床、そして司令塔であり制御器官であるそれがなければ、自分という存在を制御できずに崩壊してしまう。
故にこそ、巨獣はすぐに動きを止める。
そして。
『ゥ……ァ…ィ』
巨獣の崩壊は始まった。
『………… … … 』
蠢いていた触手が力を失い、結び目は解け、巨獣の体は徐々にその形を失っていく。
『…… …』
しっぽの残りがなくなり、両足が解け、胴体がしおれるように、溶けるようになくなっていく。
生き残った者達が固唾を呑んで見守る中、巨獣の崩壊は進行する。
そうしてついに、崩壊は終わりを迎える。
『 』
巨獣の体は完全になくなり、周囲の[騎装樹]の残骸と見分けがつかなくなった。
『……』
それを、生き残り達はしばしの間黙って見つめていたが…。
『…あれは…!』
女神と鎧武者が巨獣の跡から飛び去ったのを見た一人が言う。
『あれがあの女神達があの化け物を…化け物を…!』
『そうだ…あの怪物はいなくなったんだ…倒されたんだ…!』
続いての一人の言葉を皮切りに、生き残り達は喜びの声を上げ始めた。
『……』
戦場のところどころで歓声が上がる中、女神は鎧武者と共に飛んでいく。
そこへ手を振るものがあった。
『くらんさん…!』
[チェリーヘヴィエスト]だ。
半身の外装と片腕を潰されながらも生き残ったそれが、女神の顔からその正体を察したのか、モモナの言葉と共に右腕を振る。
それに反応した女神は、静かに[チェリーヘヴィエスト]の元へと向かって飛んでいく。
鎧武者は、それについていかずに見守る。
『…』
女神はその速度を落としていく。
そして、[チェリーヘヴィエスト]のすぐ近くで両手を胸に当て、開いた胸の内で眠るくらんとさくを優しく包み込む。
それから、女神は二人を[チェリーヘヴィエスト]の上部に降ろし、微笑みと共に解けて消え、くらんのアンリミテッドシードはその力は非活性化する。
「……」
「……」
残された二人はアンリミテッドシードの与えてくる負荷から解放されたことで、それまでより穏やかな表情で眠る。
そんな彼女らの元へ、一人のリーフルが近づいた。
『…やったんやな』
言葉の主は、それまで何もできずにいたやっちゃんであった。
[チェリーヘヴィエスト]の中から出てきた彼女は、ヘルメットが割れているがゆえに[危空気]にさらされる二人を保護するために、近づいていく。
そうして二人の元へ辿り着いたやっちゃんは、四つの腕で二人を抱き起しながら言った。
『お帰りやで。くらん、さく』
こうして、戦いは収束する。
[第二種子]の新規拠点を巡る攻防は巨獣による両軍の損害の大きさと拠点の消失でうやむやになり、モモナは合流したミスリィと共に、くらん達を連れて場を去る。
全てはここに終わるのであった。
▽ー▽
『…ふん、モモナめ…。あんたのことは嫌いよ…』
ミィジットは飛び去って行く[チェリーヘヴィエスト]を見ながら、大破した[ダークカイザー]の中で、そう呟く。
操縦席には大穴が開き、[危空気]が流れ込んできている。
既に[騎装樹]は動かず、流入を防ぐ手段はない。
ミィジットの運命は決まっていた。
『…嫌いだけどね…』
徐々に[危空気]に身体が蝕まれていくのを感じながら、ミィジットは言う。
『…どうして、こんなことになったのかしらね…』
昔はあんなにも仲が良かったのに、笑いあっていたのに。
自分達は仲違いし、怒りをぶつけあうことになってしまった。
『…それは、もしかしたら…』
モモナの言う通りに、
(私が間違ったから…なのかしら…)
戦いに負けたことから、ミィジットは一瞬そんなことを思う。
『…ふん……』
そんな自分を鼻で笑ってから、ミィジットは静かに目を閉じた。




