[第六章:私のやりたいこと]その5
『あれは…』
[ダークカイザー]の機動力で[チェリーヘヴィエスト]を翻弄する中、ミィジットは見た。
彼女らの周囲では、それまで[第二種子]と[第八・九種子]の混成軍が無数の戦いを繰り広げていたが、その音はもはや聞こえない。
その理由は、どちらかが勝って戦いが終わったこと、ではない。
『まさか…』
そもそも、戦いは佳境にすら入っていなかった。
こんなタイミングで収束することなどありえない。
にも関わらず戦場が静寂に包まれたのは、動く[騎装樹]のほとんどが消えたのは…一つの巨大な獣の存在故であった。
…[第二種子]の新規拠点をあっさりと砕いた、規格外と言う言葉でも表現できない程巨大に過ぎる竜が、いるからだった。
『まさか、あの実験体が…やったっていうの!?』
ミィジットは[チェリーヘヴィエスト]に砲撃を加えながら驚愕する。
元々、さくが暴走することは分かっていた。
アンリミテッドシードの力を存分に発揮して暴れてもらうために、力のリミッターを意図的に外すように処置をしていたからである。
だからこそ、さくが暴れまわること自体は想定の範囲内であった。
むしろ、ミィジットはモモナの暴走を見たことから、興味本位でさくがどうなるかを見るために、ソリッドジュールらは[第二種子]の兵をより多く駆逐するために、暴走してくれるのを望んでいた節もある。
だが、それを軽い気持ちで望めたのは、さくという最高傑作のアンリミテッドリーフルの能力を、多少侮っていた面があったからだ。
彼女らはさくの暴走がもたらすものを、せいぜい千の敵が多少[第八・九種子]の味方諸共さくの手で消える、程度にしか考えていなかった。
故に、彼女らは驚愕せざるを得ない。
自分たちが望んださくの暴走が、周囲のありとあらゆる[騎装樹]やその残骸を巻き込んで、怪獣とでも言うべきものを出現させることになったことに。
『オオオオオオォォォォォォォン!!』
獣の三度目の咆哮が響き渡る中、[ダークカイザー]は体当たりをしようと[チェリーヘヴィエスト]に急速接近する。
そのときだ。
[チェリーヘヴィエスト]が翼を動かして思い切り旋回し、振り向きざまに迫る[ダークカイザー]に一撃を見舞おうとする。
それは、今までよりも妙に迫力のあるものだった。
『っ…!』
ミィジットはその攻撃を回避し、もう何度目になるかもわからない[チェリーヘヴィエスト]とのすれ違いをする。
その直後、モモナが鋭い声でミィジットに言う。
『あれはなんですかミィジット!』
[チェリーヘヴィエスト]が背中の砲を動かし、杭型の弾丸を放つ。
[ダークカイザー]は旋回して飛来する弾丸を回避する。
『あれは、アンリミテッドシードの力のはず…ですが、どうしてあんな暴走を!』
『知らないわよ!暴走するように薬は投与したけどね、あんな怪物になるなんて知らないわよ!』
『…!あなた、兵器にするだけでは飽き足らず、暴走を誘発させるなんて…!そのせいで…!』
『だからなによ!あんな怪物を出現させたのを責める気…!?』
そんなミィジットの言葉に、モモナは一瞬黙る。
だが、すぐに彼女は言葉を返す。
とても、とても低い声で。
『…違います、違いますよ。わたくしがあなたを責めるのは!さくを、アンリミテッドシードの暴走なんて拷問を超える拷問の状態に放り込んだこと!そんな残酷なことをしておきながら罪悪感を覚えないあなたの精神性を責めているんですよ!この、大馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
[チェリーヘヴィエスト]は次々と砲撃を行い、回避を行う[ダークカイザー]を粉砕しようとする。
既に、モモナは完全に怒っていた。
(こんの、裏切り者のくせに…イラつくのよぉ!)
モモナの怒りに、彼女の生存で端から苛立っていたミィジットはさらに苛立つ。
そうして、二人は正面からぶつかり合う。
全身に怒りを宿し、相手を責め、嫌い、憎み、その身と共にある[騎装樹]という刃を突き立てに行く。
『モモナァァァァァ!!!』
『ミィジットォォォォォォ!!!』
戦場の隅に、二人のリーフルの叫びが響きわたる。
そして、二人の戦いは他よりも早く、その決着を迎えようとしていた。
▽―▽
『オォォォォ…オォォォォン!』
巨獣はさくの声で、四度目の咆哮を発する。
既に、その周囲に戦いはない。
触手の魔の手から逃れ生き残った者達は、眼前に存在する巨体を超えた巨体に驚愕し、恐れおののくしかない。
とても戦いどころではなかった。
加えて、戦いの原因たる拠点を巨獣が粉砕したことで、双方ともに戦う意味が先刻よりなくなっているというのもある。
故に、ごく一部を除いてそこに戦いはなく、緊張から来る静寂だけが広がっていた。
『グガ…ガァァ…うぐ…ぃ…ガァァァ』
巨獣は鎌首をもたげる。
他の追随を許さないその圧倒的なサイズからくる動作の迫力は相当なものだ。
見たうちの幾人かは、ただそれだけで、恐怖から失神する。
そうならなかったとしても、相当数のリーフルが失禁したり、体が震えてまともに動くことができなくなったりしていた。
『…さく』
くらんは[シルバルヘヴィ]の中から、その状況の原因たる巨獣を見上げる。
一目ではとても全体像を見ることができない大きさのそれの頭を、見つめる。
『ガルゥゥゥゥ』
『…こんな』
白い息を吐いて唸る巨獣の迫力に、くらんは息が荒くなる。
元々、この戦場にいること自体怖かった。
だが今までは、さくの戦いを間近で何度か見たことによる危機的状況への若干の慣れや、彼女の救出を固く決意して意識的に押さえつけることで、恐怖の感情は表には出ずにいたのである。
しかし、誰も見たことのないような巨獣の姿に、それまで蓄積されていた恐怖がくらんの中から溢れ出そうとする。
『…こんな…』
声が震える。
さくを助けると言う意識が塗り替えられるように消え、怖いという感情のみが脳内を支配していく。
『…あ、ああ…ああ…!』
そうして、くらんがパニックに陥りそうになったときだ。
[ミスリルチェリー]内のミスリィが、言葉をかけた。
『くらん、落ち着く!くらんはさくを助けるためにここにいる!忘れるな、自分を保て!パニックに…なるな!!!』
『!』
有無を言わせぬミスリィの言葉にくらんははっとし、自分の目的を思い出す。
それに加えて[ミスリィチェリー]が[シルバルヘヴィ]に優しく手を置いたことで、くらんはどうにか落ち着く。
『…あ、ぅ…』
深呼吸。
『…。すみません、ミスリィ。おかげでパニックにならずに済みました』
『よし。ならいい』
ミスリィの言葉と共に、[ミスリルチェリー]は巨獣の方を向く。
『…さて、くらん。どうしようか』
『…そうですね』
(さく…)
くらんは見る。
巨獣は、あまりに巨大すぎる。
さくの乗っている漆黒の[騎装樹]の居場所は分かっているものの、あまりにも遠い。
たかが[重級]の移動能力では簡単に近づけそうにない。
なによりも、
『…近寄らせて、くれるのでしょうか』
『分からない。今さっき、あの怪物は、[チェリーヘヴィエスト]の二十倍はある拠点を、何もしてないのに潰した。近づいたら攻撃されるかもしれない。もしそうなったら、ミスリィたちに勝ち目はない』
もはや技術や能力がどうこうという問題ではない。
相手は並みの[重級]の三百倍の大きさを持つのである。
その体より繰り出される攻撃は掠る、あるいはその余波を受けるだけで、くらん達とその[騎装樹]は粉々にするだろう。
それが可能な相手に迂闊に近づくなど、できはしなかった。
(どう、しましょう…)
くらんが迷い、そう思った時だ。
『ガァァァ…いがぁ…いぐ…オォォォォン!』
巨獣が五度目の咆哮をする。
そこに、自棄になった[騎装樹]たちが攻撃を開始した。
『オオオオオオオオオオ!!』
[超重級]や[重級]の砲より、多数の杭が打ち出されて巨獣へと向かっていく。
それは、的が大きすぎるが故に全て命中する。
だが。
『オオオオオオオオオオオ…うぐ…がる…オオオオオオオオオオオ!!!』
『ひぃっ!』
『そんな!』
元より大幅に減ったと言っても、単純な数なら相当いる[騎装樹]の砲撃や射撃は、巨獣には全くと言っていいほど効いていなかった。
一方で、多数の攻撃を受けた巨獣は六度目の咆哮と共に、獣のような粗い動きで反撃を開始する。
『いあやぁぁぁぁぁ!』
『クソガァァァァ!!』
巨獣が腕を振るう。脚を伸ばす。尻尾が弧を描く。顎が手近なものをかみ砕く。
巨獣は戦場の生き残りを狩り始める。
それは、もはや戦いではない。
蹂躙でしかなかった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
七度目の咆哮が、宇宙空間に響き渡る。
一度は触手に引き込まれて消えた残骸の満ちる光景が、僅かな時間で再現される。
その様子を見て、くらんは絶望していた。
『…さく…』
手出しはできない。
あんな暴虐の中に飛び込んだところで、なにもできはしない。
なにかできるはずがない。
暴走するさくを助けることなど、絶対にできない。
そんな確信が、頭の中に満ちる。
(…さくを、助けられない)
『オオ、ガァァァ…うぐ…あああああああああ…ガァァァァァァァァ!!』
時折、受ける攻撃とは関係なく、おそらくアンリミテッドシードのために苦痛の声を上げるさくに、何も出来ない。
自分が本来受けるかもしれなかった地獄より、解放できない。
(私には…何も、できない…)
『ガァァァァァァァァ!』
『私にはなにも、できない…!』
好戦的な純奈も無謀なことはできずに事態の推移を見守る中、くらんはくやし涙を流しながらそう叫ぶ。
その瞬間だった。
『…いや。くらんにはまだできることが、ある』
『え…?』
断言の声に、くらんは操縦席で下げていた顔を上げる。
直後、断言の声の主…ミスリィはくらんに言った。
『くらんだけは、この状況で打つ手がある…!』
その言葉に、くらんは目を丸くせざるを得なかった。




