[第六章:私のやりたいこと]その4
『モモナさん…』
くらんは心配げに離れていく[チェリーヘヴィエスト]の方へ視線を送り、呟く。
モモナが相手どろうとしているのは、彼女が一度敗北し、殺されかけた[ダークカイザー]とミィジットである。
無事にモモナが生き残れるのか、心配なところはある。
故に気にしていたくらんであったが、周囲の状況がいつまでも心配することを許しはしなかった。
『くらん、前っ…!』
『っ!はぁっ!』
ミスリィの言葉にはっとし、くらんは[シルバルヘヴィ]を動かす。
両腕で構えられた槍が[危空気]を裂き、接近してきた[スライド・プリプ]の腕を切り落とし、続いての蹴りでその頭を粉砕する。
『危ういが、まぁいい』
言うが早いか、ミスリィの操る[ミスリルチェリー]が[スライド・プリプ]を遠くへと蹴り飛ばす。
『…ありがとうございます、ミスリィ…』
くらんはヘルメットの奥で冷や汗を流しながら言う。
『油断は禁物。気を付けるように』
『…はい。すみません』
『わかったならいい。どうにかさくを捕まえに行く』
『はい!』
二人の駆る[騎装樹]は漆黒の[重級]が[超重級]と戦う場所へと飛んでいく。
その中で、漆黒の[重級]は二体目の鳥人型を撃破し、最後の一体に襲い掛かる。
翼をはためかせ、腕にいつのまにか生えた巨大なかぎづめで、思い切り切り裂きにいくその様は、獣のそれを連想させる。
冷静な思考は見えず、ただ攻撃しようという念らしきものだけがあるように、くらんには思えた。
『…』
先ほどよりも意識的に周囲に気を配りながらも、くらんはさくの暴れる様子を見て思う。
(…さく。モモナさんの言ったとおりになにかされて…)
捕まり、兵器として使われるさくの意思を奪い、その用途に支障ないようにするなにかしらの処置がされる可能性は、ここまでの道中でくらんはモモナから聞かされている。
そして、さくは間違いなくモモナの予想通りの状態となっている。
くらんはそのことに心を痛める。
(…本来はきっと、私がそうなっていたんですよね…。あのままさくが助けてくれなかったら)
あのことがなかったら、漆黒の[重級]の中で、その意思とは関係なく、複数の[種子]が入り乱れるこの戦場で戦わされていたのはくらんだったかもしれない。
だが、さくが助けてくれたために、くらんはそうならなかった。そのことに対する感謝の念は絶えない。
そして同時に、
(…でも、私を守ったから、隠れていたのに[チェリアール]に見つかって…攫われてしまった)
そのことに、くらんは罪悪感も覚える。
さくに感謝し、申し訳ないと強く思う。
さらには彼女の身を今この瞬間も案じる。
(だから…私は助けます。私を守ってくれて、私を褒めてくれて、私に笑ってくれた大切なあなたを。私のせいでそうなってしまったあなたを必ず…!)
それが。
(私のやりたいことですから!)
そう思い、くらん達が飛行速度を上げたときであった。
『!?』
突如、二人の前へと何かが現れる。
六枚の翼を持ったそれは、腕を組んで頭部の二つ目を赤く光らせる。
そして、ゆっくりとその操縦者は口を開いた。
『んふ、どうも身勝手で迷惑なリーフルたちぃ。私は純奈、そしてこの[騎装樹]は[スペリオ・テュポーン]』
(純奈、[スペリオ・テュポーン]…!?)
くらんは驚いて目を見開く。
(確か、さく達と[準種子]を出た直後に出会った…)
[漣湖面]の一集団を率いるゆりの言葉で現れた、最強格の[重級][騎装樹]とその乗り手だ。
あのときは戦闘を行う[第二種子]と[第九種子]の[騎装樹]を問答無用、無差別に潰しにかかった者が、今くらん達の目の前にいる。
『…[漣湖面]の[騎装樹]がなぜここに…』
ゆり達の活動範囲である[大道]がある[星系樹]の茎からは、この拠点はある程度離れている。にも関わらず[漣湖面]に属する者が現れたことにミスリィも驚きを露わにする。
そんな彼女のセリフに、純奈は言う。
『なぜかってぇ?それは単純。あななたちはぁ、こんな迷惑な戦いをしている』
[スペリオ・テュポーン]は、この戦場全体を指さすように片手を動かして弧を描く。
『後輩はねぇ?こんな大規模で[星系樹]や[大道]に被害を与えるかもしれない戦いをするあなたたちに激怒したのぉ。必ずこの戦いを潰そうってね』
『…待て、ミスリィたちは違』
『言い訳は無駄だよぉ。あなたたちの迷惑の証拠は、この戦場全てにある。戦場そのものでもある。迷惑は明確で決定的で言い訳も弁解の余地もない事実。…だからねぇ』
再び、[スペリオ・テュポーン]は両目を光らせる。
『あなたたちを、問答無用で、悪として潰すからねぇ!』
『話が通じない…!』
ミスリィが言った直後、[スペリオ・テュポーン]が動いた。
六枚の翼が一斉に動き、その巨体を前へ向けて急加速させる。
剛腕による拳の一撃が迫る。
(回避を…!)
二人は[騎装樹]を旋回させ、攻撃を慌てて回避する。
直後、外れた一撃はたまたま近くに飛び込んできた[プル・プリプ]と[シルバレル]を諸共に吹き飛ばし、粉砕した。
多数の木片があたりに飛び散る。
『…あ、外れたかぁ。でも迷惑な奴が減ったからいっか。…さてと』
純奈の言葉と共に、[スペリオ・テュポーン]は異常な速さで振り向き、距離を取ろうとするくらん達の[騎装樹]を見る。
『逃がさないよ?潰すからぁ』
言うが早いか、六枚の翼が思い切り[危空気]を叩くようにして動き、[スペリオ・テュポーン]の巨体が再度加速する。
『くらん、回避を…!』
『生半可なのじゃ、ダメだよぉ![特殊樹能:悪断翼刃]発動!』
瞬間、[スペリオ・テュポーン]の翼の内部機構の一部に水が流れる。
それによって六枚の翼全てが今までより一回り大きくなり、さらには見るからに鋭利に変貌する。
『切り裂けぇ!』
加速した[スペリオ・テュポーン]が刃となった翼と共に、二人の[騎装樹]の間を一気に通過。
何も起こらなかったように一瞬見えるが、すぐに純奈の行動の結果は現れる。
『え!?』
『くっ!?』
風を切って[スペリオ・テュポーン]が通り過ぎて一秒ほどで、[シルバルヘヴィ]の左肩の装甲の全てと、右足の膝から下、それに[ミスリルチェリー]の右腕が半ばから綺麗に切断され、宇宙空間に流れていく。
(なんですか、今の攻撃…通り過ぎただけのはずなのに…)
『驚いたかなぁ?これが[スペリオ・テュポーン]の技の一つ。暴風刃とも呼ぶべきものだよぉ?本来なら一撃でバラバラになるはずなんだけどぉ、運が良かったみたいだねぇ』
二人の[騎装樹]を見下ろしながら、純奈は言う。
『だけど、次はないよ?次こそは二人ともバラバラ。当然の報いとしてねぇ?』
『っ…!』
(不味いです…純奈さんは確実に私たちを殺る気です…)
実際、彼女はそれを容易にやってのけるだろう。
[スペリオ・テュポーン]の性能と攻撃力は二人の[騎装樹]より遥か上であるがゆえに、一度彼女が行動に移せば、その言葉通りに二人はばらばらとなってしまう。
(なんとか攻撃をやめてもらうように説得を…いえ、話は通じなさそうですし…どうすれば)
このままではさくを助ける以前に死んでしまうことになる。
それは絶対にあってはならない。
(私はさくを助けるんです…。なら、どうします…!)
『…一つ粉砕。さて、そろそろ行こうかなぁ』
背後からの不意打ちをかけた[レッドバレル]を[スペリオ・テュポーン]の両腕であっさり破壊した純奈は、くらん達を見て言う。
『さぁ、バラバラに…!』
(どうすれば…!)
『…!』
純奈の声にくらんとミスリィが冷や汗を流しながら身構えた、その瞬間であった。
『ん!?』
突如、長大な鞭のようなものが[スペリオ・テュポーン]へと襲い掛かる。
それをすぐに察知した純奈はすぐに回避行動をとるが、その回避先に新たな鞭のようなものが飛んでいき、[スペリオ・テュポーン]の胴体に重い一撃をくらわせる。
『なにがぁ……!?』
驚きの声を上げる純奈と、[装甲葉]の破片を飛び散らせる[スペリオ・テュポーン]が見る先で、ソレ(・・)は声を上げた。
『あああああああああああああああああああああああああああああ!!』
ソレは、一応[騎装樹]に見えた。
だが、違う。致命的に違う。
しっぽが幾本も生え、翼を何枚も広げ、腕を肥大化させたそれは、幾多の種類がある[騎装樹]のどれとも似ても似つかない。
[騎装樹]は確かに植物を使ってできているが、それは構造上、自然の生物そのものの形には決してなりえない。
だが、[スペリオ・テュポーン]を攻撃したそれは、あまりに生物的でありすぎる見た目をしていた。
『ガァァァァァァァァァァ!!!』
あちこちに鞭…いや、触手を伸ばすそれは、もはや[騎装樹]とは言えない。
そしてそれの上げる唸り声に、くらん達は聞き覚えがあった。
(これって、まさか…)
『さく、なんですか…!?』
くらんは見る。
生物的な[騎装樹]もどきがいるのは、先ほどまで漆黒の[重級]が戦っていたあたりである。
だが、そこにはその黒い巨体はない。
三体目の鳥人型の残骸が漂っているだけで、漆黒の[騎装樹]の姿はどこにも見当たらない。
代わりにいるのが、もどきだ。
そして、その中からは裏返っていて分かりづらいものの、さくのものと思える声が聞こえる。
『…まさか。しかし確かに、あの唸り声はさくの声と思える。まさか…暴走した…!?』
『暴走…?』
ミスリィの言葉にくらんが聞き返した瞬間だった。
『ガァァァァァァ!!!!』
咆哮と共に、生物的な[騎装樹]から大量の触手が伸びる。
それらは手近な[騎装樹]の残骸に次々と絡みつき、潰しながら自身と繋げていく。
『これは…』
『くらん、一旦距離を取る…!』
『は、はい…!』
『なんですかぁ!』
くらん達は触手の脅威を避け、全力でその根源より遠ざかる。
『…ミスリィ、暴走って…!?』
[シルバルヘヴィ]を飛ばしながら、くらんは問う。
それにミスリィは、緊張感をにじませながら答える。
『あれはおそらくアンリミテッドシードの暴走。五年前、ミスリィややっちゃんに起こった事と同じ…!』
『!』
くらんはちらりと触手の根源を見る。
そこでは、無秩序に触手が唸り、手当たり次第に残骸を吸収する様が見て取れた。
動き自体は同じだが、統一感はなく一つの意思の元に行われているような感じはない。
暴走していると、捉えるのが正しそうであった。
『さく…!』
『グガ…ガァァァァァァァァ!!』
くらんが見る中で、どこか苦し気なさくの声と共に触手は蠢く。
戦場を駆けまわるように動く触手たちは、戦う[騎装樹]に見境なく絡みつき、それらを触手の根本へと引っ張り込んでいく。
それらによって中心のもどきは徐々に覆われて形を変えていく。
『ミスリィ!あれって一体…!?暴走ってあんなことを起こすんですか!?』
『…っ、知らない。最高傑作の暴走だと何か違う…?ミスリィにも一体何が起きようとしてるのか…』
『…あなたたちぃ、あれが何か知ってるの?』
動揺する二人に並列飛行する純奈が、二人よりは落ち着いた様子で聞いてくる。
それに、くらんは気が動転しているためにやや投げやりに答える。
『とにかく見ての通り危ないものですよ、純奈さん!』
『…あれ?私の名前ぇ知ってるの?』
それに、ミスリィがやや早口で答える。
『…以前[大道]で名乗るのを見た。ゆりが[第八・九種子]間の[準種子]で[超重級]を囲んだ時、その[騎装樹]の中で』
ミスリィの言葉に純奈は得心が言った様子になる。
『なるほどぉ。あのときの。じゃぁ、後輩の知り合いかぁ。なら襲って悪かったね。言ってくれればさっき襲わなかったのにぃ』
『…話そうにも純奈は聞こうとしていなかったと、ミスリィはツッコんでおく』
『なんて言ってる場合じゃないようですよぉ!』
さらなる触手が三人の[騎装樹]を絡めとろうとする。
それを三人は散開して回避し、より距離を取る。
そして、五分ほどが経った頃、三人はようやく触手の魔の手から逃れる。
『はぁ。なんとか逃げ切れました…?』
緊張から解放されたくらんは、はぁと思い切り息を吐く。
『とりあえずはねぇ。でもぉ…』
『…どうやら不味い事になったらしい』
『?』
純奈とミスリィの言葉に、くらんは首を傾げ、[シルバルヘヴィ]を振り向かせる。
そうして、彼女の視界に入ってきたのは。
『これって…!』
戦場の中心で構築されつつある、あまりに巨大な獣の姿であった。
『……!』
息を呑んでくらん達が見る中、もどきを中心とした塊が脈動する。
それはすぐに、まるで卵の殻を破るように、弾けて形を変える。
多数の触手や[騎装樹]の残骸が蠢き、まず胴体を構築する。鱗にも見えるものを何層にも渡って持ったそれが、一息に形になる。
次にできるのは四肢だ。
胴体と同じように鱗らしきものに覆われ、鋭いかぎづめをはやした四肢が、胴体から背伸びするかのように生えていく。
さらに胴体からは二つの、全長も見えぬほどの翼が生え、それに勝るとも劣らない長さの尻尾が出来上がる。
最後に、塊から漆黒の[騎装樹]が、触手などの塊の先端にあった状態で伸びていき、最後には塊に飲まれて分厚い板状の装甲に覆われた、トカゲにも似た顔になる。
そうして、その規格外の巨体は完成する。
『オォォォォォォォォォォォン!!!』
戦うものがほとんど飲み込まれ、静かになった宇宙空間に巨獣の咆哮が響き渡る。
直後、巨獣は目の前にある、自身より少し小さな[第二種子]の拠点を両腕と、その巨大な顎で以て一瞬にして粉々に粉砕する。
その光景にくらん達三人や、残った数少ない兵士たちが驚愕する中、再びその巨獣は、咆哮した。
『オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンンンン!!!』
戦場は、誰にとっても想定外なものに姿を変えていた。




