[第六章:私のやりたいこと]その1
「話が違うぞ、ミィジット!」
面倒くさそうに目を逸らすミィジットに、ケルガラは抗議の声をあげた。
「…さくを売るとはどういうことだ!」
さくを攫って数日。
[ダークカイザー]によって[第八種子]を離れ、[ソリード]が所有し、[星系樹]の外側にある対[第二種子]を想定した防衛拠点の一つに、ケルガラたちはいた。
そこに辿り着いたミィジットは、そこにいる[ソリード]本部との連絡係を担うリーフルに対し、目的のものを入手したと話していた。
モモナの前では言っていた、さくを売るということをミィジットはその会話の中で言ったのである。
ケルガラはそれを聞きつけ、今ミィジットに対して抗議をしているのであった。
「…なによ、文句でもあるの?」
「大ありだ!」
回転椅子に座り、面倒くさそうにしているミィジットに対し、ケルガラは彼女の前にある机に思い切り手をついた。
「俺が最初にさくを見つけて話を通した時、お前は俺の提案通りに成功作の参考として置いておくことを、了承したはずだろう!」
[漣湖面]などの出来事の中、[チェリーヘヴィ]と戦い、その装甲を破壊して中のさくを見止めたケルガラは、最高傑作である彼女を[チェリアール]の本拠に置くことを提案していた。
その表向きの理由は、成功作にして最高傑作である彼女を、ほとんど失敗し続けるミィジットのアンリミテッドリーフル製作の参考にするためである。
勿論、本心はさく本人にも言ったとおりに彼女と一緒にいたいからであるが、それを言っても何の意味がないため、ミィジットには言っていない。
あくまでも[ソリード]に売る実験体を造る際の、有用な参考物であることを前面に押し出し、彼女の入手を提案していたのだ。
そしてミィジットはそれを承諾する姿勢を見せていた。
…だが。
「…ああ、確かにしたかもね。言ったかもだわ」
「覚えているなら何故だ!売るなんて…!」
怒り心頭で抗議するケルガラに、ミィジットは心底面倒くさそうに、目線を逸らして答える。
「…金になるからよ。[ソリード]が[第二種子]対策でまともなアンリミテッドリーフルを欲しがってるのは知ってるでしょ?」
「だからって何故さくをすぐ売る!?さくを参考に成功作を量産すれば、もっと稼げるだろ?お前にとってはそっちのほうが遥かに得だろうが!」
そうである。
これからは、[第二種子]の動きによって、戦力を増やしたい[ソリード]から複数の成功作のアンリミテッドリーフルを求められる可能性もある。
ここですぐにさくを売るより、最高傑作たる彼女の体を徹底的に分析し、得られた情報を元に、成功作を安定してつくり出せる体制を構築したほうが長期的に見て得になる。
なのに何故、ミィジットはそうしないのか。
「さくをすぐ売っても短期的な利益にしかならないだろうが。何故…!」
ケルガラの、もっともらしいと言うか、ミィジットの基本的な都合を考えれば正しい内容の発言に、彼女は不愉快そうに目を細める。
それから、彼女は非常に不機嫌そうに言った。
「んなこと決まってるでしょ?嫌いだからよ、モモナが。あの最高傑作を作った、裏切り者が!」
「なに…?」
今度はミィジットの方が、怒声を上げる。
「分かる!?あんたにこの気持ちが!裏切られた側の気持ちが!五年前の去り際に、一方的に全てを否定された私の気持ちが!私はね!そのことで本当にあいつが嫌いになったのよ!」
ミィジットは勢いよく立ち上がり、机を思い切り叩く。
「そんなあいつのつくったものを、いくら有用だからって使いたいわけないでしょ!?売り物として利用するのがせいぜいよ!研究に取り入れるなんてまっぴらだわ!」
「なに……?」
以前ケルガラの提案を受けた時とは真逆の主張を展開するミィジットに、ケルガラは驚愕する。
(いや…こっちがこいつの本心か…!)
「あのときは売りのものを手に入れるため、あんたを動かすために了承したけどね!私はあんなの置いとく気なんてさらさらないのよ!」
「…く」
(身勝手な…)
勝手な主張を展開するミィジットに、ケルガラの拳は怒りで震える。
「…いい?あれは売る。ソリッドジュールの奴にも話を通してる以上、これは決定事項よ」
「…ミィジット」
ケルガラはミィジットを睨みつける。
それを彼女は鼻を鳴らし、
「…まぁ所有権があっちに移っても、運用指導があるから、それが終わるまでは手元にあるけどね。心底不快だけど。……にしても」
そこで、ミィジットは目を細めてケルガラに言う。
「なんであんた、そんなに怒ってるのよ?私が約束を破った程度のことがそんなに気に障った?…短気なサクシドじゃあるまいし」
「……」
その問いに、ケルガラは答えない。
胸の内のさくへの恋心を明かしたところで、ミィジットは相手にしないか、笑い飛ばすかぐらいの反応しかしないのが目に見えているからである。
(こいつは…身勝手すぎる…自分のこと以外に情も何もない…俺の気持ちに共感はしないしできない。だから言っても絶対に無駄だ…)
この五年、ミィジットと言うリーフルの人物像を見、よくわかっているケルガラは、期待など一切せず、そう内心で切り捨てる。
「…ま、どうでもいいけど。ほら、とっとと去りなさいよ。私は[ソリード]の連中と、今後の予定を立てなきゃいけないんだから」
ミィジットはケルガラの沈黙した理由などは一切気にせず、邪魔とばかりに部屋の出入り口へと手を振る。
「……ああ」
ケルガラはそれに浅く頷き、ミィジットに背を向ける。
そうして部屋の出入り口へ行き、扉を開け、
「…クソ野郎」
ミィジットに聞こえないぐらいの大きさでそんなことを呟き、部屋を出るのだった。
▽―▽
「戦いの訓練、ですか…?」
「そう」
さくが攫われてから数日。
どうにか[チェリーヘヴィエスト]を形だけでも修復し、コンテストの会場を去ったくらん達は、さくの行方を探るための行動を開始していた。
そんな中、交流の少ないミスリィは、珍しくもくらんに話を振ってきたのだ。
それも戦闘の話を、である。
「…ミスリィ、どういうことです?」
廊下で話しかけられたくらんは、ミスリィの方を見て言う。
彼女はそれに淡々と答える。
「実に単純な話。ミスリィたちはくらんを助けに行く。が、それは場合によって[ソリード]の拠点などを襲撃してのものになる。戦闘が必要。そして、ここで重要なことが一つ」
「…それは?」
ミスリィは言う。
「戦力が足りない。明らかに」
「…戦力」
「そう。今、ミスリィたちには、アンリミテッドシードという嫌な隠し玉も併せて最高戦力だったさくがいない。[チェリーヘヴィエスト]で襲撃をかけても、実際に潜入し、敵を蹴散らして助けに行くことができるのはミスリィだけ。それでは不味い。一人ではとれる行動の択も狭まる」
「…確かに」
「だから、と言っておく」
ミスリィはそこで、しっかりとくらんの目を見る。
表情と雰囲気こそ、いつも通りのぶっきらぼうで感じの悪そうなものではあるが、目を見るミスリィの瞳の奥には、普段とは違った確かな真剣さというものが感じ取れる。
だからこそ、くらんもミスリィの目を見て続きの言葉に耳を傾ける。
「…くらんには、最低限の戦力確保のため、戦えるように強くなってもらう。そもそも台所担当のやっちゃんみたく、何かできるだけでもない奴をただ置いておいても意味がなく、危ないだけ。故にミスリィが鍛える。生身の方も、[騎装樹]での戦いも」
「…ミスリィ」
「…安心すると言い。成功作たるくらんには、そうなった以上最低限のポンテンシャルは間違いなくある。特に[騎装樹]での戦いはすぐに上手くなり得る」
「……」
「くらん。ミスリィは意思を聞いておく。くらんはどうする?助けに行くと言っておきながら何もできないままでいるか?」
それとも、さくを助けるための力を得るか。
ミスリィはそう問うてくる。
(私は…)
答えに悩む必要はなかった。
「…はい。やります。ミスリィ、私を鍛えてください。…戦いはそれなりに怖いですけど…でも、それでもさくを助けるためにきっと必要でしょうし」
言って、くらんはミスリィの目線の高さまでしゃがみ、頭を下げる。
「お願いします」
それを見たミスリィは、頷く。
「いいだろう。自衛のためにもミスリィが鍛える。だから今日からでも始めると言っておく」
「…はい。分かりました!」
くらんは顔を上げてそう言った。
「…なら、こちらに来るといい。修復の仕方のせいで出来た、丁度いい空きスペースがある。訓練にうってつけだ」
「はい!」
そうして、ミスリィに促されてくらんは行動を開始した。
全ては、さくを助けるという、今、自分がやりたいことのために。
(…厳しくても、耐えましょう。それがきっと、さくを助けることに繋がるのですから)
▽―▽
『ミスリィが…。そうですか。…そして』
モモナは、修復が完全ではないために脆い[チェリーヘヴィエスト]を慎重に動かしながら、呟く。
(…くらんも戦う、か…。しかし、ミスリィの言い分ももっともだ。さくが抜けた穴を埋める…と言うほどではないにしろ、減った戦力を増やす必要はある…)
くらんが戦うことに抵抗を覚えつつも、ミスリィの判断は妥当だと、モモナは判断する。
(…なら。わたくしにはやることがあるはずだ。彼女がミスリィの手で戦力としての成長を望むのならば)
モモナは画面越しに、格納庫の一角を見つめる。
そこには、[ダークカイザー]による押しつぶしの影響をあまり受けずに済んだ、一体の[騎装樹]の姿がある。
銀色のそれは、くらんが以前乗っており、モモナが破損個所を修復した[シルバレル]だ。
一部装甲などは押しつぶしの影響を受けて僅かに変形しているが、小破にも満たない良好な状態である。
(…とはいっても、これはもはや移動用で戦闘は想定していない…)
[チェリアール]の本拠から試作のものであるそれが奪われた時は戦闘にも対応できたのだろう。だが、くらんが[大道]を進む中での管理不足による部分的な壊死、破損によるパーツの交換などにより、銀のそれは既に戦闘には向かず、移動に使えるのみのものとなっていた。ここまでの修復も特に戦闘に耐えうるような仕方もしていなかった。
しかし、である。
『…折角[重級]がもう一体あるんです』
くらんが戦えるようになるというのなら、移動用ととはいえ使い慣れている[シルバレル]を、このままにしておく手はない。
『もし、くらんさんの許可がいただけるのなら』
そして、モモナは決める。
『この[重級]を改造しましょう。彼女の剣としての』
その銀の巨体を、くらんを守り、そのやりたいことを手助けする剣として申請させようと、モモナはそう思った。
『…そして、それはそれとして』
モモナはそう言い、ある方向を見る。
それと同時に、彼女は五年前に自分やカラン達に協力してくれた[ソリード]の一員であるリーフルのことを思い出す。
『彼女がまだもしいて、その気ならば…あるいは』
(さくの居場所はすぐわかるかもしれない。…だから、できるだけ早く、手紙を送ろう)
そう思い、モモナは行動の計画を立て始めるのであった。




