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[第五章:明かされる全て]その6

「…つぁ」

 [ダークカイザー]が去った後、一時間ほどして、モモナはようやく起き上がった。

 あたりには彼女の背から生える植物が広がっており、それらは[チェリーヘヴィエスト]の残骸を纏うことで器に入れられたように状態になり、やっと落ち着いた状態となっている。

 そしてそれらは、モモナの意思に従って残骸を繋ぎ合わせ、再び[チェリーヘヴィエスト]を構築しようとしていた。

「…また暴れ出す前に箱を作っておかないと…」

 モモナの背から常時生えている、さくのものとよく似たその植物は、[チェリーヘヴィエスト]という箱の中に納まっていることで、初めて安定した状態になる。

 だからこそ、どうにか植物の生命力の影響で起き上がったモモナは、残骸から[チェリーヘヴィエスト]を組み上げようとしていた。

「…ミィジット」

 背中で地道に[チェリーヘヴィエスト]を復元していきながら、モモナは苦しげに呟く。

 先ほどまでの植物の活発化によって消耗した中、彼女が想うのは攫われたさくのことである。

「…君はまた、同じことをし続ける…。身勝手なことを。…それを見ていて、糾弾しながら、わたくしは止められなかった…。…さくをひどい目に合わせてしまう…」

 さくはミィジットの手によって[ソリード]に売りつけられる。

 そうなったとき、さくがどうなるのかは分からない。

 だが、今までよりも、その精神状態や取り巻く環境が悪くなるであろうことは想像に難くない。

 なにせ、[ソリード]はさくに一人のリーフルではなくただの兵器としての役割を求めている。

 迫る[第二種子]に対抗する、一騎当千になりうる戦闘兵器であることを望んでいる。

 アンリミテッドリーフルが作られた、当初の目的通りにだ。

 だからこそ、さくの扱いが良いものになるはずはない。仮に良いとしても、それは貴重な兵器だから大切にする、という物に対する扱いであろう。

 一人のリーフルとして扱われることはどう転んでもありえない。あくまでも物として、使われることになるだろう。

 それは、実験の日々で感情が壊れ、完全には治りきらずに成長してしまったさくにとっても、十分に苦痛に違いない。

 彼女にはそんな未来が、ほぼ確実に待っている。

「…わたくしはそれを許して…しまった」

 モモナは背中の植物の活動に体内のエネルギーを取られ、少し息を粗くしながらも己を責める。

 何故こんな結果になってしまったのかと後悔する。

「…く…。ごめん…なさい…」

 モモナは部分的にできた[チェリーヘヴィエスト]の脚に寄りかかって、涙と共にそう呟く。

 それから、もう一言を加えた。

「…必ず、助けに行くから…」

(必ず…)

 ここでずっと泣いている気はない。

 そう遠くないうちに全ての準備を整え、行先を探し出し、さくを救いだして見せる。

 モモナはさくと一つとなった[チェリーハイヘヴィ]が連れ去られた空を見上げながら、静かにそう誓った。

 それから、静かに[チェリーヘヴィエスト]が組み直され続けて十数分経った頃。

「…あ!お母さん!無事やったんやなぁ!」

「…やっちゃん」

 植物にエネルギーを取られ、疲れ切って寝ていたモモナは、聞き覚えのある声に目を覚ます。

 開けた視界に、歩いてくる[チェリーライト]と、その上に乗っているやっちゃんとくらんの姿が映る。

 どうやらさく以外は皆無事であったようだ。

 そのことに、モモナは僅かながら安堵する。

「…無事やったんやな!」

「…はい。なんとか、ですけどね」

「よかったわぁ!」

 言って、やっちゃんは[チェリーライト]から飛び降りてモモナに抱き着く。

「…心配したでぇ。遠目に[チェリーヘヴィエスト]が潰れてるのが見えた時はヒヤッとしたけどなぁ…」

「…はい。申し訳ありません、心配させてしまって。わたくしはこの通りに元気…とは言えませんか…」

「それでもええよ。生きとるなら。それで」

「…そうですか」

 モモナはまだ消耗したままの腕でやっちゃんを軽く抱く。

 そうして、彼女がある程度落ち着いたところで、[チェリーライト]から降りてきたミスリィが、[保護衣葉]を脱ぎながら口を開く。

「…お母さん。さくが攫われた。サクシドは潰したからくらんは助かったけど」

「…そうですか。…くらんさんが無事なのは不幸中の幸いでした…」

 モモナはそう言ってくらんを見る。

 だが、見た彼女の表情は暗い。

 そしてその理由は、モモナにはある程度察することができた。

(さくのこと、でしょうね…)

 くらんは、単純な仲なら気の合うやっちゃんのほうが良かったが、一番心を寄せていたのは、何度も窮地を救い、自分を守るために戦ってくれたさくだっただろう。

 そんな彼女は、ミィジットに攫われ、いなくなってしまった。

 本来的に別れる可能性があったとしても、こんな別れ方は嫌であっただろう。

 その喪失感も、計り知れるものではない。

 表情が暗くなり、ここまで無言なのも無理はないと、モモナは思った。

「…それで?お母さんの方の状況は?」

 ミスリィの言葉に、モモナは頷いて答える。

「見ての、とおりです。[ダークカイザー]に[チェリーヘヴィエスト]を潰され…現在修復中です。アンリミテッドシードが無駄に活発に動くものですから、苦しいものですよ…」

アンリミテッドシード。

 その言葉に、くらんが少し反応する。

「一応お母さんは無事と。本当に、不幸の中の幸いというところか」

「…ええ。ただ、その不幸が大きすぎましたけど…」

 さくが攫われてしまったということはあまりに大きく、致命的とも言える結果であった。

 その中ではモモナ達が無事だったからといって、心安らかでいられるわけではなかった。

「…さく」

 モモナは目を伏せて、大切な彼女の名を読んだ。

 その時だ。

「…どうして」

「…くらんさん?」

 ふと、それまで黙っていたくらんが口を開く。

「…どうしてなんですか、どうしてさくが狙われて、攫われるんです?…あちらの狙いは私だったはずなのに…」

「……」

 くらんは憔悴した様子で言う。

「どうして、どうしてさくが…」

 モモナ達とは違って、何も知らない彼女はただそうしているしかない。

 混乱と困惑と喪失感に苛まれるしかない。

「…どうして、なんですか…」

 くらんのその言葉は、別に特定の誰かに向けられたものではない。

 何も分からない現状に対する、彼女の心が漏れ出たものでしかなく、答えを求めたものではなかったのだろう。

 だがそれに、答える者がいた。

「…それはですね。さくが、あなたと同じように実験体であったから、なんですよ?」

「え…?」

 くらんはその言葉に、顔を上げる。

「…彼女が、最高傑作であったから。アンリミテッドリーフルと言うものの中でも、あなたより出来の良いものであったから。だから…敵の首魁であるミィジットに狙われたのです」

 モモナのその言葉に、くらんはさらに困惑して目を見開く。

「それって一体…。…モモナさん?あなたは…一体」

 何を知っているのかと、くらんは問う。

 それに対し、モモナは言う。

「おそらく、全てです。わたくしは、くらんさんやさく、それにミィジットなど、ここまでの出来事の全てを知っています」

「…どうして…」

「…それは、ですね」

 モモナはもはや全てを明かす覚悟を決め、くらんの目をしっかりと見る。

「わたくしがかつて、ミィジットの仲間で…あなたやさく達への、あの実験に関わった者だったからです」

「!?」

 その言葉に、くらんは動揺する。

「実験に、関わった…?」

「…はい。わたくしや、あなたたちが[緑彩地区]であったカラン達は五年前のあの事件のときまで、愚かにも、残酷にもあななたちを実験台として利用し続けていました」

「…」

 くらんは絶句し、すぐには声を出せなかった。

 だが、どうにか彼女は次の言葉を絞り出す。

「…だから、全部知っていると…?」

「はい。…そして、くらんさんが望むならわたくしは全てを話そうと思います。わたくした達の罪の全てを。さくが攫われた理由を。わたくしの知る何もかもを」

「モモナさん…」

 くらんは少し言葉を途切れさせる。

 それから、彼女はモモナを見て言う。

「…なら、お願いします。…教えてください。さくが攫われた理由も、何もかも…私はそれが、知りたいです…」

「…はい、わかりました。ならば、語りましょう」

 モモナはそう言い、くらんに対して誠実であろうと姿勢を正す。

 そして、事情の全てを知るやっちゃんとミスリィが見守る中、モモナはくらんに対して話を始めた。

「全ては十年前、わたくしたちが[騎装樹]改造の同好会、[チェリアール]をつくったところからです…」

 そうして、今まで被害者であるさく達が忘れようとし、ほとんど言及しなかった過去が、明かされる。


▽ー▽


「かつて、わたくしやミィジット、カランたちは[騎装樹]の改造を趣味とする同好の士でした。ひょんなところから出会ったわたくしたちは、そう時間もかからないうちに意気投合しました」

 そして、彼女ら四人はまもなく一つの同好会、[チェリアール]をつくったのだ。 

「わたくしたちは最初、そこで志を同じくして、[騎装樹]の改造をしていました」

 時には何日も一か所に泊まり込んで、四人で一つの作品をつくりあげて。

 またある時は新しい[骨格樹]の研究をして。

 さらにまたある時は揃って[騎装樹]に使うパーツの買い出しをするなどして。

 彼女らは仲間として楽しい日々を過ごし、同時に[騎装樹]改造の腕も上げていった。

 その結果、彼女らはいつしか大きな街で行われているイベントに出店して、自作のパーツを売るようにもなっていたのだ。

「そしてわたくしたちは、それを何度か繰り返す中で、徐々に界隈で有名になっていきました…」

 [騎装樹]の、非常に質の良い外装、強化パーツを出す集団として、である。

 彼女らの作るものは、尖っているものもあったが、どれも高い技術と熱意を注がれてつくられているために、非常に出来が良かった。

 また、彼女らが自己研鑽を怠らなかったこともあり、パーツの質はどんどんと上がっていった。 

「…知名度の向上は、わたくしたちが扱うものが内装系にまで広がることで、拍車がかかっていきました」

 それまでは木材を削り出し、加工することによるパーツづくりだけだった彼女らは、いつしか生物学の関わる内装にまで手を出すようになっていた。

 そうして[騎装樹]に使われるパーツ一つ一つを細かく研究し、品種改良で既存のものとは違う、新たな性質を持つ[神経茎]や[外装葉]をつくることさえできるようになっていたのだ。

「…わたくし達はひたすら上を目指しました。全ては[騎装樹]のよりよい改造のために。研究と改造の日々が続き、一人で独自の[騎装樹]だってつくれるようになっていきました」

 そうなる頃には、[チェリアール]には何人もの新たな仲間が合流し、規模は同好会ではなく、組織と言えるほどのものにまで成長していた。

 それに伴い、界隈での知名度もかなりのものとなり、少しでも[騎装樹]について知っている者ならば、最低でも名前は聞いたことがあるくらいのものにまでなっていたのだ。

「…ですが、その少し後から、[チェリアール]はおかしくなり始めました」

 きっかけは、[チェリアール]が活動の本拠としていた[第九種子]を統べる[ソリード]が、その評判を聞きつけて接触してきたことにあった。

 当時、今ほどではないにしろ[第二種子]の動きに警戒感を強めていた[ソリード]は、[チェリアール]の技術に目を付け、多額の報酬と引き換えに、その技術で自軍の強化を図ろうと目論んでいたのである。

 そして、現れた[ソリード]の使者の話術と、[騎装樹]の研究・改造に役立つ多額の報酬につられ、ミィジット達を中心とした[チェリアール]は協力を約束してしまった。

 それから[チェリアール]は明確に、兵器開発の組織へとシフトしていくことになったのだ。

「…わたくしたちはそのことに、どこか当初の目的との相違を感じつつも、研究に使えるお金がもらえることの嬉しさで、数年[ソリード]の発注にしたがって[騎装樹]用のパーツの生産や開発を続けました。…そして、あるときにあの提案はきたのでした」

「あの…提案?」

「…はい。それこそが、くらんさんたちに直接的に関わるアンリミテッドシードに纏わるものでした」

 [ソリード]の関係を結んでしばらくかつ、最初に[第二種子]の動きが活発化した時のことである。

 [第二種子]が移民を目的とした侵略ため、着実に蓄えつつあった戦力を危険視した[ソリード]は、できるだけ短期間での軍事力の強化を望んでいた。

 そこで、彼らが高い技術力を持つと評価していた[チェリアール]に持ちかけたのが、アンリミテッドシードを用いた、軍備増強計画である。

「アンリミテッドシード。それは、[付能]技術を支える[星幹流体]を用いた、特殊な種です。[騎装樹]を強化するために、元々ミィジットが原案を出していたそれは、[騎装樹]に組み込み、操縦席から指示を出すことで任意の形に成長し、無限に形態を変え、[騎装樹]に一騎当千の力を与える強化パーツ、のはずでした…」

「はず…」

「ええ…。ですが、そう上手くは行きませんでした」

 [ソリード]の以降を受けたモモナやミィジット達はアンリミテッドシードの研究開発を本格化させ、生物でできている[騎装樹]への研究を深めることで生物学にそれなり以上に通ずるようになった彼女らは、予定通りの性能を持つ試作品の種の開発に成功していた。

 そして、実際に利用してみたのであったが、そこで致命的な問題が発生した。

「アンリミテッドシードは、確かに万能の力を秘めているものとして生まれました。ですが、その制御は非常に難しいものでったのです」

 初めての実験の日、アンリミテッドシードは暴走し、一時は施設を破壊しかけた。

 その後に別のものをつくっても、やはり制御は上手くいかなかった。

 どうにか暴走はしなかったとしても、[騎装樹]に組み込んで操縦席から指示するだけでは、その力を望んだ形で引き出すことはできず、いつも望んだものとは違う結果ばかりがもたらされることとなった。

「…あれを制御するには単純な命令器官ではダメでした。もっと複雑で、具体的で、細かいものが必要だったのです。そしてそれは、今の技術ではつくれなかった。だから一度はアンリミテッドシードの利用計画はお蔵入りになりかけました。ですが…」

 そのとき、主導していたミィジットは、力自体は間違いないアンリミテッドシードの利用を諦めたくなく、なんとか打開策を見つけようと動き回った。

 初期の四人の中でもっとも純粋に[騎装樹]の改造や研究に入れ込んでいた彼女は、見切りがつけられなかったのだ。

 そして彼女は、[ソリード]と共に最悪の打開策を見つけてくることとなる。

「…その、打開策と言うのもおこがましいものこそが、くらんさん達を苦しめる原因となるものでした」

「…苦しめる。…もしかして、私たちを、実験台にしたこと、ですか?」

 モモナは頷く。

「はい…。あのときミィジットが出した策こそ…。アンリミテッドシードをリーフルに埋め込むことで制御する、というものでした」

 リーフルの意志の力によって、アンリミテッドシードを制御し、今まではできなかった種の力の引き出しを実現する。

 それこそ、ミィジットが出した策であり、[チェリアール]の大半を掌握しつつあった彼女が強行したことであった。

「…アンリミテッドリーフル。アンリミテッドシードを埋め込み、それが落ち着くための苗床…そして、[騎装樹]の操縦者にしてそれを一騎当千にする強化パーツとして機能する、兵器たるリーフルの製作。それは、各地の孤児のリーフルを集めて行われることとなりました。[ソリード]もアンリミテッドシードが使い物になるならと、積極的に協力を行い、実験台となるリーフルを次々と集めました」

「私もそれで…?」

「はい、わたくしたちは幼いくらんさんやさく達を集めました。そのことをいいのかと思いつつも、結局は…」

 そうして、くらんの記憶にもある、最悪の実験の日々が始まった。

 幾つも用意されたアンリミテッドシード、それに適合する個体と最適な埋め込み場所を探すための無限に近い試行錯誤が開始されたのである。

「…あの実験の日々は、あまりに残酷で惨いものでした。なんども幼い体を刃物で切って種をいれ、合わなければ切って取り出し、また別のものを埋め込む。そして、上手く埋め込みことができたのなら、アンリミテッドシードを上手く扱い、また[騎装樹]もアンリミテッドリーフルの製作目的通りに使えるよう、兵器として実験体の子どもたちを、半ば洗脳するように教育していたのです」

「…、私があの施設を出る時に[騎装樹]の動かし方が分かったのって…」

「…そうです。その教育故です。あんな、リーフルをリーフルとして扱わないものの…で。…今考えても、あの実験も教育も、どうして続けてしまったのかと、自分を責めずにはいられません」

 実験と教育の日々の中で、モモナ達は自覚していた。

 自分たちが如何に残酷で倫理や道に反するようなしているのかを、心のどこかで理解していた。

「…それなのに、わたくし達は続けてしまった。ずるずると、ずるずると。そうして何人も苦しめて、苦しめ続けていきました。…そうしてできたのは」

 さくやくらんというごく少数の成功作のみであった。

「…中でもくらんさんと同じようにわたくしが担当していたさくは最高傑作と言えるものでした。本来非常に負担のかかるアンリミテッドシードの力を一番軽い不快感程度の負担で引き出し、その意思次第で自在に扱える。さらには戦闘の才能もあり、[騎装樹]の扱いもそれなり以上に上手かった。…[ソリード]側が手放しで称賛するほどの出来をしていたのです」

「…さくが」

「はい…くらんさんも十分な成功作と言えるものでしたが、やはりさくの方が全てにおいて最も優れていました。だからこそ、一度わたくしが連れていなくなった彼女の存在をかぎつけたミィジットは、さくを狙ったのでしょう」

 だが、ミィジットが狙ったのはさくが最高傑作だったことだけがその理由ではないだろう。

 そこにはある事情があった。

「…アンリミテッドリーフルの成功作。それは以降ほとんどできませんでした…」

 さくやくらんを除けば、アンリミテッドリーフルの成功作となったものは片手で数えられるほどしかなかった。

 そしてそのほとんどは[チェリアール]の手元を離れている。

 故に、ミィジット達とそのバックにいて計画を持ち掛けた[ソリード]にとって、成功作の価値は計り知れないものであっただろう。最高傑作ともなればなおさらである。

「ミィジットは新しい成功作をまともに生み出せなかったようですから…。だから彼女らは成功作であるくらんさんを、そしてなにより最高の出来のさくを求めたのでしょう」

「…そうなん、ですか…」

「はい。…結局は安定して成功作をつくれなかったからそうなったのです」

 そして、成功作となれなかった多くのリーフルたちの末路は、大抵最悪のものであった。

「…失敗作となったリーフルたちは、埋め込まれたアンリミテッドシードによって最悪の末路を辿りました」

 ときには意思が消えて命令に機械的に反応するだけの、最初の[レッドバレル]に乗っていた植物の塊のようになったり。

「ときには冬虫夏草に近い状態に追い込まれ、時には生えたその茎と部分的に一体化、あるいは飲み込まれ、過度な負担で二度と目覚められないか、死ぬこととなりました…」

「…。まさか、あのときいたのって…」

 くらん達が[緑彩地区]で見た冬虫夏草の如きリーフル達。

 モモナと同じように[チェリアール]の一員であったカランの手で隠された彼女らもまた、モモナの話で言われるような失敗作の一例であったのだ。

 その中で一人目覚めた少女については、本当にただ運が良かっただけ、ということなのだろう。

「そんなことに…」

「はい。…そして、そんなリーフルたちを大量にわたくし達は出した。だから、遅まきながら、こんなことをずるずると続けるのは、もうやめなければと思うようになりました。そうして、五年ほど前のあの日、ミィジット達と袂を分かち、全ての実験体と共に逃げることを計画したのです」

 そうして、モモナ達はミィジット達に隠れて計画を立てた。

 何気にモモナ達を最初からの仲間として信頼していたミィジットは、その動向を多少怪しみつつも、詳しく調査しようとはしなかった。

 だからこそ、モモナ達は計画をなんとか実現させる手前までこぎつけたのだ。

「ですがそれは、あまり上手くいきませんでした。脱出決行の当日、あることが起きてしまったからです」

「あること…?」

「はい。…それは、ミスリィとやっちゃんに埋め込まれた、アンリミテッドシードの暴走でした」

 あの日、まさに計画を発動させようという中で、二人のアンリミテッドシードの暴走は発生したのだ。

 それを目にしたモモナは、二人を助け出すため、カランたちに計画の予定通りの遂行を頼みつつ、単身二人の元へ向かった。

「…わたくしが目にした時、二人はアンリミテッドシードに飲まれ、その活性化の苗床として苦しめられていました。そしてアンリミテッドシードより生じた植物は、施設が崩壊するほどに暴れました」

「…私が脱出したときの崩壊って…」

「はい。二人の種によるものです。それによって施設内に大きな混乱が起こり、カランたちの予定も狂い、予定した人数の半数程度しか回収はできませんでした。…一方のわたくしは、アンリミテッドシードの植物の根と化していた二人をそこから引き剥がすことで救い出そうとしました。…ですが」

「そやな。あのとき、確かウチらという苗床を失ったアンリミテッドシードは別の苗床を求めて動いた」

「…その結果、お母さんは二つの不適合なアンリミテッドシードを抱えることとなった」

「ええ。二人の言う通りです。そうして私はこの通りの状態になり、なんとか植物を押さえつけられたことで他の実験体の回収に向かいました」

 だが、植物の暴走で崩落した施設の中、目的の場所全てに行くのは難しく、また、二つのアンリミテッドシードが与えてくる負担に耐え続けることが難しかったモモナにできたのは、後一人回収することであった。

「そうして、わたくしが他に回収できたのが、あの施設の中で最も実験体として、兵器として価値あるとされたさくでした」

 それから、ミィジット達がモモナ達の、実験体を連れての動向を察知したことで、彼女は戻ることができなくなった。

「…それ以上の回収が無理だと判断した私は、予定していた通りに、施設の一角にある場所に行きました。そこにある、[チェリーヘヴィエスト]で逃げるために。同時に、また活性化しようとするアンリミテッドシードの植物を、[騎装樹]という箱で押さえつけるために」

 なんとか、アンリミテッドシードによる負担に耐えながらも目的地にたどり着いたモモナは、そこでどうにか[チェリーヘヴィエスト]に乗り込んだ。

 そして、去り際にミィジットと言葉を交わした。

 ほとんど、罵倒しあうような言葉を。

「…あのときに、わたくし達は完全に仲違いをしました。そして、逃げられるうちにあそこから…[チェリアール]の本拠を去ったのです」

 それからは、後悔の念に苛まれたモモナによる、三人への償いの日々が始まった。

 植物を[チェリーヘヴィエスト]中に巡らせ、自分が根として水に浸かることで完全な安定を得たモモナは、さく達に対し、今までとは違う、様々なことをしていった。

 兵器としてのものとは全く関係ない生きるための一般常識を教えたり、すり減った心のケアをしたり、彼女らのためにおもちゃや家具などをつくったり。

 そんな日々を過ごしていく中で、さく達はなんとか成長していった。

 さくは実験の日々で感情が麻痺していたが、それが少しは治り、やっちゃんは辛い過去を吹き飛ばすように明るくなり、ミスリィは変に捻くれたが実験の日々を感じさせる暗い様子は見せなくなった。

 そうして成長した彼女らに自衛の方法なども教えて、モモナはくらんと出会うまでを隠れて過ごしてきたのだった。

「…これがわたくしの知る全てです」

 ある程度、外側が組み上がった[チェリーヘヴィエスト]を背に、モモナは言う。

「…わたくし達の罪と、過去に起こった事、そしてさくが狙われた理由についての」

「…モモナさん」

 くらんは、全てを正直に話したモモナを見る。

 そんなくらんに、モモナは目を伏せ、言った。

「…本当に、申し訳ありません。わたくし達のせいで、あなたたちを苦しめてしまって」

「…はい」

 モモナの言葉に、くらんはいつものような反応はしない。

 ただ俯き、静かに答える。

 モモナ達によるあの日々は、間違いなく苦痛であった。

 それに対する恨みの念がないと言えば噓となる。暗い情念がないなどとは言えない。

 だからこそ、くらんはいつものような遠慮や尊重を含んだ反応はできなかった。

(でも…)

 くらんは思う。

 こうして自ら正直に全てを話してくれたモモナのことを、くらんは嫌いにはなれなかった。

 過去を語る中で見え隠れした後悔の念。

 そこから来る、くらん達実験台にされた者達への心からの謝罪に、モモナの誠実さと反省を感じ取れたからである。

(…あの日々のことを完全に流すことは…できない。それでも…)

 モモナのことは許してあげたい。

 そう思えた。

「…くらんさん」

 …ふと、モモナが言う。

「…わたくしは、くらんさんを実験台とすることで、他の多くの子どもたちのように、あなたの未来を奪いかけてしまいました」

「…モモナさん?」

 くらんは顔を上げる。

 そんな彼女に、モモナは再び謝って言う。

「本当に申し訳ありません。…だからこそ、わたくしはあなたたちの未来を尊重したい…。やりたいと思うことを尊重したいと思うのです」

「…それって」

 急な話にくらんが戸惑いを見せる中、モモナは静かに、同時に優しく言う。

「…だから、くらんさんは辛いことは忘れて明後日のコンテストを頑張ってください。さくのことは、わたくし達がなんとかしますから」

「え…」

 それにくらんが目を見開く中、モモナは続けてこういうのだった。


 あなたのやりたいことをやってください、と…。

 


▽―▽


 緊急で行われた[ソリード]の会議で、その話は伝えられていた。

「拠点?」

「はい、間違いありません。[第二種子]の連中が、[第八種子]と[第九種子]の間に、拠点を構築しつつあります。それも要塞と言っていいものであり、完成もそう遠くなさそうである、とのことです」

「…なんということだ。まさか、いつの間にそんなものを…隠れて」

「ええ、驚きですよ。…それだけ強制移民に本気と言うことでしょう…」

「…く」

「…して、どうする?」

「そんなもの、決まっているでしょう?対応は一つです」

「やはりそうか」

「そうですわね。一つでしょう」

 そこにいる者達の意見は、すぐに一つに纏まる。

 即ち、今なお作られている[第二種子]による前線拠点、その排除へと。

「…では、そのために動き出そうか」

「ああ」

 そうして、彼ら[ソリード]は動き出す。

 一方的な移民を狙う[第二種子]へ、対抗するために。


▽―▽


 さくが攫われた日の夜。

 くらんは一人で、コンテスト会場のドームを遠目に見て、考えていた。

「…やりたいことをやって、ですか…」

 モモナはくらんにそう言い、彼女が望んでいたコンテストへの集中を促した。

 その行為はおそらく、彼女に対する配慮だ。

「…やっちゃんたちが言うにはモモナさんは今までずっとこうしていた。さくややっちゃんの意思を尊重し、そのやりたいことをできるだけサポートしていた…」

 モモナは本当に、くらん達実験体に対し、罪悪感を覚えていた。

 だからこそ、彼女らが何かやりたいと望むなら、それを可能な限り手助けしていたのだ。

 そして、くらんをこの会場まで連れてきたのも、そういった手助けしたいという気持ちからだったという。

「…だから、私にも昼間、ああ言った…」

 折角苦労してここまでたどり着き、狙ってくる敵も一応引いた。

 コンテストへのエントリーも済み、一時混乱した街も夕刻から夜にかけては被害がほとんどなかったことで平穏を取り戻し、コンテストの開催日に変更が生じたようなこともない。

 くらんがずっとやりたがっていたことの実現は、すぐそこまで来ているのだ。

 だからこそモモナはそれを邪魔しないよう、くらんが心配するさくのことは任せるよう言い、コンテストへの集中を促したのだろう。

「…私のやりたいこと。それはあそこで歌って、勝ち抜いて歌姫になる事…」

 [緑彩地区]でのライブでやったように、他の誰かを明るくさせたい。

 心を込めて歌ってそうする。

 それがくらんのやりたいことで、望みである。

 今まで彼女はそのために、モモナたちと合う前から曲をつくりもし、密かに練習を重ね、十分な自信と実力を得るほどになっていた。

 その熱意と思い入れ、望む心は相当なものだ。

「…ええ、確かにやりたいです。それをずっと、私は望んできたのですから」

 しかし、だ。

(…確かに私はやりたい。…ですけど…)

 くらんが気にするのはさくのことだ。

 サクシドに襲われる自分を救い、彼らに狙われる自分を守り、自分の歌を心から褒めてくれた大切な彼女のことを、くらんはどうしても考えてしまう。

(…さく)

 彼女は攫われてしまった。

 しかも、モモナが過去を話した後に語ったことによれば、攫ったミィジット達はアンリミテッドリーフルをつくった目的通りに、さくを兵器として、[ソリード]に売りつけるらしい。

 一人のリーフルではなく、物としての扱い。

 それを受けるさくのことが、くらんは心配でならなかった。

「…私は。さくのことを放ったまま、歌えるのでしょうか」

 彼女は自分に問う。

「…私を守ってくれたさくがひどい扱いを受けているかもしれない中で、自分のやりたいいことに集中できるのでしょうか」

 問うて、くらんはドームを見て静かに考える。

 そして、一分ほど考えたところで吐息し、言った。

「…いえ、それはできません。…できるわけがないです。だってさくは…」

(私にとって命の恩人で、友人で、大切な相手です。そんなさくのことを放っておいたままで、自分のことができるわけないじゃないですか…)

 くらんは、さくへの恩義と親愛の情からそう思う。

 そして同時に、このままコンテストに参加してしまうのは、さくに対してきっと失礼で、冷たく、思いやりもない事なのだと思う。

「…モモナさんの言う通りにさくのことは任せてやっても、きっと私は失敗します。ならば…」

(私はどうしますか…?)

 このままではほぼ確定的にコンテストに集中できず、失敗もしてしまうだろうと思うのなら、なによりもさくの身を案じるのなら、自分は一体、どうするというのか。

 それは…。

「きっと、一つです」

 言ってくらんは、ドームに背を向ける。

 …そして翌朝。

「…モモナさん」

「…どうしました、くらんさん?」

 朝が開けて早く、どうにか外側だけは復活した[チェリーヘヴィエスト]を前に、その足元にいるモモナに声をかけた。

「…昨日、モモナさんはさくのことはモモナさん達がなんとかすると、言いましたよね」

「?はい…確かにそうですが…?」

 改めて言ったことを聞いてくるくらんに、モモナは首を傾げる。

 そこに、くらんは言う。

「…モモナさん、なんとかするというのは…さくを助けに行くということですか?」

「…それは、はい。そのつもりです。今すぐには行けませんが、できるだけ早く、できれば三日以内にこの地を立ち、さくの行先をあらゆる手段で以て探し出し、助けに行くつもりです。どんな障害があっても、例え[種子]間を何度も移動するような旅になっても」

「…やっぱり、そうですよね」

「…?」

 くらんの妙な反応に、モモナは再び首を傾げる。

「…くらんさん、一体どうしたのです?」

 なにかあったのかと気遣うような様子を見せるモモナに、くらんは息を吐く。

 そして彼女は、意を決してその言葉を言った。

「モモナさん。私を、さくを助け出す旅に連れて行ってください」

「な!?」

 くらんの言葉に、モモナは驚いて目を見開く。

「私、一晩考えたんですけど、どうしてもさくのことが心配です。守ってくれた恩に報いたい気持ちもあります。だから、連れて行ってください」

 その意思を示すように一歩踏み出して言うくらんに、モモナは心配げな顔をして返す。

「…いいのですか?コンテストや歌姫になることは?コンテストはしばらく行われると聞いていますし、わたくしたちに同行するとなれば、コンテストの全日には参加できなくなります。くらんさんがやりたいことに、差し支えるでしょう?」

「それは…そうです。でも…」

 くらんは、モモナに昨晩考えたことを語る。

「…私、このままじゃ…さくを放っておいたままじゃ、歌を心から歌うこともできません。コンテストだって全力を出せずに失敗すると思います。それぐらい、さくが心配ですから」

「…くらんさん」

「だからどうか連れて行ってください。コンテストは…また別のものを探してでればいいんです」

 別の機会があるだろう。

 だからこそ、くらんが今何よりもやりたいの思うことは…。

「…今私がやりたいことはさくを助けに行くことなんです。モモナさん、お願いします」

 言って、くらんは頭を下げる。

 それを見たモモナは数秒の沈黙ののち、一つだけ問うた。

「危ないことに、あうかもしれませんよ。…いえ。きっとあうでしょう。それでも、ですか?」

「それでも、です。私はさくを放っておけない…助けたいんです」

「…そうですか」

 モモナ吐息する。

 そして、くらんの目を見る。

「…それだけの意思を持って、危険の承知で助けに行きたいと言うのなら、わたくしはそれを尊重します」

「それじゃぁ…!」

「はい。共に行きましょう、攫われたさくを助け出すために」

 モモナは笑って手を伸ばす。

 その手を、くらんは感謝の言葉と共に、確かに取る。



  

 そうして、さくを救うための、彼女らの戦いが始まるのだった。








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