[第五章:明かされる全て]その3
翼を羽ばたかせ、空の怪鳥が動く。
腹に大きな箱を抱えたようなそれが高速で移動する先は、街の端…[チェリーヘヴィエスト]が待機しているところだ。
怪鳥…[騎装樹]、[ダークカイザー]は丘に擬装した四脚のそれの上に、一気に移動する。
『あれは…!』
[チェリーヘヴィエスト]の中から[ダークカイザー]の姿を見止めたモモナは、水の中で目を見開く。
(…あの[超重級]は…!)
翼を広げた全長は[チェリーヘヴィエスト]の全高の二倍に達し、そうでなくても胴体部だけで一、二回り以上[チェリーヘヴィエスト]を上回る漆黒の鳥の如き姿。
それに、モモナは確かな見覚えがある。
最後に見たのは五年以上前の事でありながら、それに付随する記憶と思い出から今でもはっきりと思い出せるそれの存在に、モモナは驚愕する。
(これが、現れたということは…!)
[ダークカイザー]の出現により、モモナはある可能性に思い至る。
自分が良く知る彼女が、ここにいるかもしれないという、それにだ。
(…いや、可能性じゃない。わたくしには分かる。彼女が、特に気に入っていた一つのこれを、他のリーフルに使わせるわけがない。なら…)
モモナは[ダークカイザー]の存在による警戒心から[チェリーヘヴィエスト]の擬装を解除しつつ、眼前の巨体を見つめる。
…そして、そのときにその声は発せられた。
『…久しぶりね。裏切り者の、モモナ?』
『…っ!』
五年前とほとんど変わらない、聞き覚えのある声。
一時期はよく聞いていたからこそすぐに誰の声か分かる声に、モモナは[ダークカイザー]を操る者の正体をすぐに理解する。
そして、その口から一つの名が零れる。
『…ミィジット…』
『ええ、そうよ?ミィジットよ。…最初の四人の中で、一人残された…私よ…』
声の主、ミィジットのその言葉には妙な含みがあった。
同時に、そこには複数の負の感情が燃えている。
怒り。恨み。憎しみ。侮蔑。
そういった感情を宿し、[ダークカイザー]の中のミィジットは続く言葉を発する。
『…五年ぶりね?あんたやカランなんかと別れて…いや。…あんたらが裏切り、一方的に私のところから、実験体も奪って逃げてから…』
ミィジットの言葉は妙に説明的である。
だがそれは、説明をしてやろうという意志からのものではない。
過去にあった事実を陳列することで、モモナに己の行いを強く認識させ、同時にそれによってミィジットがいかなる感情を抱いたのかを、言葉の外から示しているのだ。
『……』
そのことがかつての付き合いから容易に分かったモモナは、ミィジットの言葉に表情を険しくする。
『…ええ。五年ぶりですね。わたくしやカラン達があなたの元を離れて…あの残酷な実験を、ずるずると続けるのをやめてから』
モモナは言って、[ダークカイザー]を睨みつける。
同時に[チェリーヘヴィエスト]はいつでも戦闘を開始できる状態に移行しきる。
『…あなたはまだ、残酷なあれらを続けているのでしょう?あんな不出来な…失敗作の塊なんてものを生み出して使っている以上…』
非難するような言葉に、[チェリーヘヴィエスト]をただ見下ろす[ダークカイザー]から、ミィジットは鼻を鳴らす。
『…残酷?ふん。何を馬鹿なことを…。私はただ[チェリアール]を四人でつくったあのときからの理念をただ守っているだけよ。…それをくだらない考えで捨てて、裏切ったあんたらと違ってね』
ミィジットは怒りの籠った声でモモナに言う。
『私は変わっていない…。初めと同じように、[騎装樹]を研究・改造することを、一途に続けている…。アンリミテッドシードも、アンリミテッドリーフルもその一環。より独創的で、強く、良い[騎装樹]をつくるためのものに過ぎないわ…変わったあんたらはそれを否定したけどね』
『…それは…!』
抗議しようとするモモナの言葉を遮り、ミィジットは言う。
『…うるさい。それにさっきからなんなの、その気色の悪い口調は。前はだよ、だね口調で喋ってたのに…無理してて気持ちが悪い。…やめなさいよ、そんなの』
その言葉に、モモナは見えないと分かっていながら、自分の意思を確かにするために首を横に振る。
『…イヤ。…それはできません。この口調はわたくしが自分の罪を自覚するためのもの…彼女らの未来を奪いかけたことに対する贖罪の意識を忘れないためのもの』
そして。二度と過去に戻らないという誓にして、過去の自分との決別の象徴。
『だから変えません。戻しません。私はあの口調をしていた時代に戻るわけにはいかないのですから』
『…ふん。本当に、変わったようね。…にしても、罪ねぇ…』
ミィジットは息を吐く。
そして、数秒の後、射貫くような視線を幻視させる冷たい声で、
『…私まで馬鹿にするつもり?』
『…』
過去、モモナやミィジットたちは同じことをしていた。
彼女ら四人がまだかろうじて繋がっていた最後の時期。その頃にやっていた行いをモモナが否定するということは、ミィジットの行いも一方的に否定することに繋がる。
だからこそ、彼女は不快に思ったのだろう。
『…ふん。まぁよくないけど、いいわ。私はあんたと口喧嘩するために来たんじゃないんだし』
ミィジットの言葉に、モモナは眉を顰める。
『なら、一体何のために来たというのですか…?』
ほぼ目的を察しながらも、モモナは問う。
それにミィジットは、モモナの予想とは少し違う答えを放った。
『…最高傑作をいただくためよ』
『最高傑作?…くらんではなく…?』
モモナの怪訝な声に、ミィジットは鼻を鳴らして答える。
『…あの実験体のこと?まぁ、アレも[ソリード]への売却対象ではあるけど…。私の狙いはあんな普通の成功作じゃない。…もっと出来が良くて、高い潜在能力を持ったアレよ…』
『高い、潜在能力…?』
その言葉に、モモナは一瞬何のことか分からなくなる。
だが、数秒としないうちにミィジットが何のことを、誰のことを指して言っているのかを理解する。
『まさか…彼女を』
『…そうよ。一番アンリミテッドシードと同調し、負担も少なく、最も優れた苗床にして制御機構……最高の[騎装樹]の強化パーツ足り得る…あんたが完成させたあの実験体よ』
あんたが完成させた、の部分を不機嫌そうに言うミィジットが指している存在。
それは、モモナのごく身近にいる。
かつて、日々の辛い実験による反動で感情が壊れ、ついに完治しきらず、感情が動きにくいままに成長してしまった彼女。
辛い過去を封じ忘れるために、己の体に埋まった種の力を一切使おうとしない一人の少女を、ミィジットは狙っていた。
『…アレは、その潜在能力を完全に引き出せば、一騎当千の戦力にもなりうる…だからあんたが連れ去る前、[ソリード]は兵器として最も高い値を付けた』
『…ミィジット』
『…いるのよ。アレが。アレと、それに普通の成功作の方も売れば相当な金になる。そうすれば、もっともっと[騎装樹]の研究・改造ができる…[チェリアール]ができた初めからやってきたことが、さらに大規模にできるのよ』
『ミィジット!』
その瞬間、モモナは初めて激情を露わにする。
『あなたはまだ!そんなことを!まだ、道を踏み外し続けるのですか!』
リーフルを自分たちの目的のための実験台にし、ときには改造した彼女らを兵器として、商品として売って資金とする。
そんな外道としかいいようのない行為を今なお行おうとするミィジットを、モモナは糾弾する。
『踏み外す?私は!ずっと同じ道を歩んでいるわよ!ずっと、ずっと!あんたたちとは違う!馬鹿な考えで歩みを止めて、背を向けたあんたらみたいな畜生とは、違うのよ!』
ミィジットもまた、激情を露わにして叫ぶ。
かつては目的を同じとし、同じ場所で笑いあい、同じことをしていたのに、一方的に裏切ったモモナを、怒りと恨み、憎しみ、侮蔑の感情より糾弾する。
二人はお互いに怒りをぶつけ、対立する。
五年前に破綻した彼女らの関係は決して戻ることはない。
道を違えたものは、もはや共にいない。
『…そう。私はあんたらとは違う。だから[騎装樹]をいじるための資金を集める。…そのために!』
ミィジットの言葉と共に、[ダークカイザー]の腹が開く。
そこから多数覗いたものに、モモナは目を見開く。
『[重級]…!ミィジット、あなたは…!』
『私は本気よ…だから、確実に今回でとりにいく。そのために、邪魔になり得るあんたと[チェリーヘヴィエスト]を潰す…私は、全力で嫌いなあんたを潰す!』
『く…っ!』
モモナの見る先で、輸送用[騎装樹]である[ダークカイザー]の腹部格納庫に収納された、多数の[シルバレル]や[レッドバレル]が降下する。
それに対し、迎撃のために動こうとする[チェリーヘヴィエスト]であるが、突如その動きが鈍くなる。
『…!関節が!』
下半身の脚が全て、[漣湖面]の一件でやられた以上に動かなくなる。
腕を振るいながら上半身だけ振り向いた先には、関節を固めるための弾を打ち出す専用の銃器を所持し、密かに背後を取っている[レッドバレル]が三体いた。
それらは振り向きざまの[チェリーヘヴィエスト]の腕の一撃で吹っ飛んで無力化されるが、時既に遅し。
[チェリーヘヴィエスト]は、銃器より打ち出されていたトリモチにも似た見た目の硬化する液体に足をほぼ完全に固められ、移動が不可能となる。
そんな[チェリーヘヴィエスト]を、降下してきた二十六体の[重級]が取り囲む。
『…さぁ。裏切り者のモモナ。処刑の時間よ。あんたはここでそのデカブツと一緒に果ててる。確実にね』
『…っ!』
移動は封じられ、多数の[騎装樹]に包囲されている。
状況はモモナ側の圧倒的不利であった。
『始めなさい![チェリーヘヴィエスト]を、叩き潰すのよ!』
ミィジットのその命令と共に、一切に[騎装樹]が動き出す。
一対一では叶わなくとも、動きを止めさせて接近し、数で殴って潰す。
[超重級]に対する単純にして明快な攻略法を、[チェリアール]は実行する。
(…不味い。だけど、ミィジットの口ぶりからすると、ここに彼女らがいないことは、向こうは分かっている…)
モモナは[チェリーヘヴィエスト]の腕を振るって[騎装樹]を迎撃しながら、さく達の考える。
(なら、彼女らの方にも…)
さく達の方にも[チェリアール]の魔の手が伸びている。
それもミィジットの本気ぶりを見れば、かなりしっかりとした戦力が向かわされている可能性がある。
その場合、さく一人では流石に対処できない。
(…けれど、この状況では目立つ[ミスリルチェリー]なんかを出して向かわせることはできない…なら!)
モモナは敵の動向に気を配りながらも[チェリーヘヴィエスト]内部に声を響かせる。
『ミスリィ!』
焦りの感じられるその声に、状況を察知し、先んじて格納庫にいたミスリィが反応する。
『小さい[チェリーライト]なら、この状況でも目立たず、かつ素早く迎えるはず!お願いです!』
「…いいだろう。むしろそのつもりだった」
モモナが言う前から[チェリーライト]の前に立っていたミスリィはそう言った後、小さなそれに乗り込む。
素早く[保護衣葉]纏い、すぐに動ける状態になった。
「では、行く」
ミスリィは[チェリーライト]を操作、格納庫ではなく別の出口に移動し、[チェリーヘヴィエスト]の腕の動きに隠れながら密かに戦場を脱出。
さく達がいる街へと駆けだす。
モモナはそれを視界の端で捉え、
(頼むよ…)
そう内心で言ってから、ミィジット達との戦いに全神経を集中させた。




