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[第四章:星系道中ー3旅館休息]その5

『とりあえずは、これで』

 暗闇の中、声と振動から[騎装樹]の出現を察知したモモナはそう呟く。

 彼女の視線の先にある画面では、先ほど彼女が[チェリーヘヴィエスト]の腕を用いて投げた[騎装樹]が町の広場に座している。

(念のために見ておいたのが功を誘うしたね)

 さく達が[チェリーヘヴィエスト]を出て旅館に出てからと言う者と、モモナは定期的に旅館の方を見ていた。

 それは[緑彩地区]での不審な男の、彼女の気づかぬうちの接触やサクシドのしつこさを受けての、何か起こることを警戒してのことだ。

 そしてモモナは、もし[チェリーヘヴィエスト]で迂闊に立ち入れない、近づけないような位置に[騎装樹]などが出現した時のことを考えて、手元の[騎装樹]を一体送り届けられるよう準備していた。

 問題はそうなった場合、さく達を潰したりしないように[騎装樹]の落下位置を上手い具合にできるかであったが、幸い上手くいったようである。

(…暗くて見づらいから危なかったけどね。…ああ、ヤダ)

 何気に肝を冷やしたモモナは内心でそう言ってから、画面に映るさくを見て呟く。

『それこそ、わたくしが[緑彩地区]で改造した新たな[騎装樹]です。…さく。あなたを守り、あなたのやりたいをさせてあげるための…』

 さくが、その場を離れるミスリィを尻目に落ちた[騎装樹]に乗り込む。

 それを投げるに際して、手ごろな木を投げつけられた真紅が起き上がろうとしている間に、その作業は完了する。

 そして、姿を変えた[騎装樹]が、座した状態から立ち上がる。

 モモナはそれを見ながら言う。

『[重級]、[チェリーハイヘヴィ]!』

 彼女が名前を叫ぶと同時に、[チェリーヘヴィ]の新たな姿…[チェリーハイヘヴィ]は、大地を踏みしめ、己の敵を見据えた。


▽―▽


『お母さん、ありがと』

 [チェリーハイヘヴィ]の操縦席で、備え付けの[保護衣葉]を纏ったさくが呟く。

 そんな彼女が乗る[騎装樹]の外観は、今までとは違う。

 まず全体にその巨体は太くなり、力強さを増している。特に両腕と膝から下においてはその傾向は顕著で、倍近い太さになったことで多少の攻撃は寄せ付けなさそうな印象を与えている。

 肘と膝の横あたりには外付けかつ追加の[神経茎]が覗き、パワーが上がっていることを伺わせていた。

 また、以前真紅に貫かれた胴体の装甲は分厚くなっており、より安心感を覚えさせてくれ、頭部には二本の角が追加されたことで威嚇効果も獲得している。

 最後に、武装は今までと同じ腰の木刀に加え、左肩の端に二振りの剣が、右肩の端には中くらいの盾が追加されて充実するようになっていた。

『…これが、前々からお母さんが言ってた[チェリーヘヴィ]の新しい姿、か』

 総じてマッシブで堅牢な見た目をしている。

 それこそが[チェリーハイヘヴィ]という[騎装樹]であった。

『少し機動性は下がってそうだけど…でも、元からパワーは有り余ってるから…多分、問題ない』

 暗闇の中、[チェリーハイヘヴィ]の四つあるうち上の二つの目が光る。

 それによって闇は多少なりとも振り払われ、下の二つの目が照らされた敵の姿を視認する。

『…[騎装樹]か。前とは少し姿が違うようだが』

 真紅が立ち上がる中、真紅の操縦席にいるケルガラが言う。

 それにさくは真顔で答える。

『…お母さんが私のために改造してくれた。私が生き残れるよう…それに、くらんを守れるように』

『…お母さんが、か…』

 ケルガラはその言葉を反芻する。

 それからぽつりと、

『そんなことを、やってくれるのか…そうか。はは』

『…?』

羨ましそうで、寂しげなケルガラの呟きにさくは眉を顰める。

『どうしたの…?』

『…いや。なんでもないさ。言ったところで、無駄だし、虚しくなるだけだからな…』

『…そう』

 さくは追及しない。

 しても、仕方がないからである。

 だからこそ、彼女はただ[騎装樹]に木刀を構えさせる。

『…じゃぁ。戦おっか』

『…そうだな。戦おう。俺が連れて、行くために!』

 真紅が、己の得物を構える。

『…無力化、させてもらうぞ!』

 その言葉を皮切りに、どこかでなにかの落下音がする中、巨体同士の戦闘が開始される。

『…』

 さくは相手を見据える。

(私の得意技は通用しない。なら一撃必殺とかじゃなく、地道に削る。多分、それが確実なはず…)

 真紅は全体的に細身だ。

 お互いに傷をつけ合う長期戦になれば[チェリーハイヘヴィ]より装甲の薄そうな真紅の方が不利になるはずだ。

 どうにかしてそう言う風に運びたい。

(…後、町から離れないと。くらんを潰すことになりかねない)

 さくはそう思い、慎重かつ町から距離を離すような立ち回りを決める。

『…来ないか。なら、俺から…行くか!』

『!』

 数秒の間とはいえ、木刀を構えたまま停止していた[チェリーハイヘヴィ]へ向け、真っ向から迫ってくる。

 早い。

 板状の打撃武器が、桃色の巨体へと振り抜かれる。

『ふっ!』

 さくはそれを、木刀で防御。

 二つの巨体はそれぞれの得物で鍔競り合いをする状態になる。

『…外付けがある。なら、パワーは!』

 一瞬の膠着の後、[チェリーハイヘヴィ]の両腕にさらなる力がこもる。

 外付けの[神経茎]が、元より高いその腕力をさらに高めているのだ。

『こっちが上…!』

 [チェリーハイヘヴィ]が押し込む。

 だがその瞬間、不自然に真紅の力が抜ける。

(バランスを崩させようと…!)

 一瞬、対抗する力の喪失によって、桃色の巨体は前へと倒れこみそうになる。

 だが、いつも以上の冷静さを、慎重な行動を決めた時から持つさくは、対応する。

『はっ!』

 巨体が動く。

 右足を一歩前へ。力をかける対象を失った木刀をやや強引に、力任せに横へ。

 それらを同時にこなすことでバランスを崩さないと同時に、横へ動き出そうとする真紅への攻撃が実現する。

『む!』

 …が、咄嗟のことで狙いが甘かった。

 急速な神経茎の収縮により、半ば回転するように動いた木刀の一撃は真紅の肩を掠り、装甲の表面を削ぐに終わる。

 しかし、それによって真紅が試みた何らかの動作がキャンセルされた素振りも見えた。

『不発…』

(だけど…位置は…)

 今の攻防で、[チェリーハイヘヴィ]が小山を背に、真紅が広場側に陣取る形となる。

 そして、真紅はくらんがいる旅館の方には目もくれず、まずは[チェリーハイヘヴィ]を排除しようとしているのか、再び得物を構える。

(これなら…)

 町から離れる小山側を背にしていれば、そちら側へ移動することで戦場を移すことが可能なはずだ。

 そうすればくらんの危険は減る。

(やってみよう…)

 思ったところで、真紅が来る。

 さくはそれに、後退を選択する。

 だが、背は向けない。

 あくまでも相対する意思があると示したまま、真紅の狙いが変わらないよう、距離をとる。

『逃げるか?いや、実験体の安全を考慮してか?』

『…!』

 狙いをすぐに見透かされたさくは少し背筋がひやりとする。

 敵は旅館のくらんを人質にしてくるのではないか。

 あるいは他の何かの行動をしているのか。

 そんな懸念を抱くさくであったが、そこにケルガラは笑い声をあげる。

『いいだろう。なんにしろ、そっちは早く無力化する必要があるし…こっちもここで戦って、殺しては不味いからな!』

『…』

 その言葉以上のもの感じさせながら、ケルガラの操る真紅が迫り、さくは[チェリーハイヘヴィ]を小山からさらにその奥にある平原まで後退させる。

 真紅はそれに律儀についてきた。

『…ふぅ。まぁ、これでお互い遠慮なく戦えるというわけだ。…ふ、それにこれで遠慮なく…』

 ケルガラは何かを呟き、真紅に三度得物を構えさせる。

 それにさくも応じ、

『…じゃぁ、全力でやろうか』

『いいだろう!』

 直後、巨大な二つの木の刃がぶつかり合い、鈍く響く音を立てる。

 しかし、今度は双方とも武器を振った際の力がかなり強く、鍔競り合いではなく、お互いの武器を弾く形となった。

 両の巨体の手から武器が離れる。

『…!』

 瞬間、打ち合いで左側に弾かれた[チェリーハイヘヴィ]の右腕が、左肩の剣を掴む。

 次いで、一閃。

『…そこ!』

 だが、反応される。

『見えてるぞ!』

 ケルガラの声と共に真紅は身を捩り、再びダメージを掠る程度に抑え、間髪入れずに後方に高く跳躍する。

『…そう簡単にはいかない…』

 不意打ちに近かった一撃を交わされたそう言うと、空中の真紅からケルガラが言う。

『そうだ。まあお互いそう言う風につくられたというか、改造された身だからな。サクシドみたいなのはともかく、いい勝負になるだろうさ』

 その言葉と過去の記憶から、相手の正体をなんとなく察したさくは、少しだけ顔をしかめて思う。

(…最近、過去を意識することが多い)

 五年前のあの時点で終わったあのときが、一時は忘れてさえいたそれが迫ってきている。

 それをさくは感じる。

(でも仕方がない。…くらんを守ると決めた時点で、そうなるかもしれないのは分かってたし。…とにかく、戦いに集中する)

 だが、心に残留する痛みの記憶からそんな思考をしてことが、隙に繋がった。

『そこだ!』

『!?』

 ケルガラの言葉と共に、宙を舞う真紅のあちこちから何かが飛来する。

 早い、小さい。

 暗闇の中では視認できない。

『くぅ!』

 何かが[チェリーハイヘヴィ]の巨体に幾つもあたり、その手から剣を弾き、角の片方を折り、左腕の[骨格樹]を動かす[神経茎]と追加のものの一部を裂く。

『何が…』

 [チェリーハイヘヴィ]の上の二つ目が、着地する真紅を照らす。

 そうして視認可能となった相手は、両腕を突き出すような体勢をしていた。

 まるで、その肘についている箱をさくの方へ向けるように、だ。

『…まさか』

 真紅の体勢と、[チェリーハイヘヴィ]が受けた局所的だが効果的なダメージから、さくはなにが起こったのかを察する。

『銃…?』

『ご名答だ』

 マントをなびかせて姿勢を整える真紅から、ケルガラが言う。

『この[スカーレットバレル]には多数の銃が組み込まれている。不意打ちがいつでもできるようにな』

『……』

『足にも、肩にもな。…分厚い[装甲葉]を抜くには不足だが…、一撃の鋭さと速さはかなりのものだぞ?関節なんかに打ち込めば、さて、どうなるか』

(…なるほど)

 ケルガラは迂闊にもさくに真紅…[スカーレットバレル]の装備情報を渡しているように思える。

 だが、そうではない。

 これは脅威をちらつかせて相手を怖気づかせる、あるいは警戒させて動けなくさせるための心理攻撃の類だ。

(…ケルガラは銃を適切なタイミングを計って使う力がある。なら、発射の遅い銃は瞬間が勝負を決めるこの戦いでも有効な手になるし…それが全身にあるなら、脅威なのは確か…)

 知られている通り、この世界の銃は弾の発射まで二、三秒の遅れがある。

 だが、ケルガラは動作の計算によってそれを無効にできるのだ。

 先の一撃の際も、さくが晒した隙は実際には一秒と少し程度に過ぎなかった。

 それだけの時間では、狙いをつけ、銃の引金を引き、弾が出、着弾するまで行くには全く足りない。

 先ほどの一撃が見事決まったのは、さくが一瞬の隙を見せた以上に、ケルガラが銃撃を当てられるように計算した行動をしていたこと、それに由来するのである。

『…迂闊な攻撃をすれば、[装甲葉]の隙間から、あっという間に蜂の巣だ。さぁ、どうする?』

『…』

 彼は強い。

 さくの得意技の隙を縫うだけの観察眼と、攻撃を繰り出し合う中での素早い計算力。

 それに支えられた戦闘力は確かなものだ。

 生身時点で拳を叩き込めたことから、無敵かつ最強というわけではないのだろうが、それでも間違いなく強い。

 接近戦では特に使いづらい銃を満載したという[騎装樹]を十分以上に操っている時点でも、それは明らかであった。

『…さぁ、どうする?』

 [スカーレッドバレル]が腕の銃口を見せ、ケルガラは煽るように言ってくる。

『…』

 今の相手の主兵装となる銃は再発射まで時間がかかるが、銃口の数が多数ならばその弱点は消える。

 いつでも鋭く研ぎ澄まされた一撃が、先ほど外付けの[神経茎]を裂いたように、[チェリーハイヘヴィ]の急所を狙うだろう。

 しかも、飛び道具である以上、ある程度離れたところからでも攻撃が可能だ。

 それに対し、[チェリーハイヘヴィ]には飛び道具などない。せいぜいがそこらの木や武器を投げる程度だ。

 それでは対抗などできない。

(どうする…)

 中距離から一方的かつ的確な攻撃を繰り出せる相手を倒すにはどうすればいいのか。

 相手を見て攻撃を警戒しながら、さくは必死に考える。

(どうする…何か打てる手はない?)

 相手はそれまで主兵装としていた打撃武器を手放している。

 それに、見るからに装甲は薄い。

 機動力は銃が大量についているせいなのか、見ためよりは低く、[チェリーハイヘヴィ]と大きな差はなく、逃げたとしてもその動きに全く追従できないということはない。

(なんとか距離を詰めて一撃をいれるしか攻略方法はない…?)

 一撃、まともに入りさえすればおそらく撃破ができる。

 だが、それは現状では難しいように、さくには思える。

 こちらの打撃に対応する武器がない以上、ケルガラは接近戦を避けるだろう。

 故に、普通に近づこうとしても距離を取る、[チェリーハイヘヴィ]の関節を撃ち抜くなどで接近を封じてくることが考えられる。

 得意技の、一気に接近からの居合切りは有効かもしれないが、移動中に先ほどやられたように武器を弾き飛ばされる恐れがある。それでは近づいても決定打にかける。

 かといって、モモナが同じように搭載していると事前に教えてくれている[特殊樹能]で撃破しようにも、[掌底砕波]は一定時間の接触がいる。

 しかし、それを許してくれるとも思えない。

(なら…。居合切りの次に殴るのを…でも、そのとき使える左腕のパワーは神経茎が裂かれて落ちてる…)

 それでは威力不足で決め手にならないかもしれない。

 そして、決めきれなければゼロ距離から急所を射撃されて終わりになってしまう可能性もある。

(確実な攻略法は、ない…) 

 現状取れる手段では、なんとか接近して攻撃を上手く入れられることに賭ける、というのが限界であった。

(不確実だし、失敗したらダメかもだけど…これしかないか…)

 そう思い、さくが無謀とも言える行動をしようとした時だ。

(あれは…)

 さくはふと気づく。

 [スカーレッドバレル]の後方に動くものがある。

 [チェリーハイヘヴィ]からの光により、暗闇から僅かに浮かび上がるそのシルエットに、彼女は心当たりがあった。

(…もし、そうなら)

 さくは考えを改める。

 そのシルエットが適切な行動をしてくれると信じ、行動の方針を変える。

『ねぇ。ケルガラ。さっきお母さんのこと言った時、なんか反応してたけど、あれなに?』

『?どうした急に。隙を作ろうとしても無駄だぞ。…そろそろ撃てるし、再開するか』

 どうやら今まで撃ってこなかったのは全弾撃ってしまったがためだったらしい。

 先ほどの言葉は時間稼ぎだったようだ。

『…さぁ、そろそろ決着の時だ。俺と共に連れて行く…!』

『…っ。…くらんは、渡さない!』

 さくはケルガラを話に乗せられなかったことを一瞬悔やみつつ、同時に自分の意思をやけに大声で言う。 

 それに威勢がいいとでも思ったのか、ケルガラは叫ぶ。

『来るがいい!これで決着だ!』

 さくはそれに、仕方ないと[チェリーハイヘヴィ]を一歩前に進ませる。

 腰が下がる。

 左肩から取った剣を腰だめに構える。

 そうした、ケルガラの力の前では無謀な突撃の予備動作の最後に、[チェリーハイヘヴィ]が前傾姿勢を取って、

『勝つ…くらんを守って見せる!』

 さくがそう叫び、[チェリーハイヘヴィ]が、改修前にも劣らぬ瞬発力を見せる…その瞬間だった。

『ん!?』

 ケルガラが何かの気配を察知し、[スカーレッドバレル]の頭が僅かに後ろを向く。

 …そこには、一体の巨体がいた。

 白い[重級]だ。

 [レッドバレル]と似通った見た目を持つそれは、両腕に棍棒を持ち、今にも振り下ろさんとしている。

『っ!』

 それにケルガラと[スカーレッドバレル]はなんとか反応する。

 首周りの箱の後ろに付いた銃口から、マントを貫通して二発の弾が発射される。

 気配に気づいて振り向く前に反射的に引き金を引いていたのだろう。

 ギリギリのタイミングで打ち出されたその片方は、白い[騎装樹]の右腕の棍棒を取り落とさせるが、片方は外れる。

 そして、直後に白い[騎装樹]の棍棒が振り下ろされ、[スカーレッドバレル]の左腕と腰の一部を破壊する。

『…また不意打ち!油断したか!』

 言って、ケルガラは[スカーレッドバレル]を右方向へ跳躍させる。

 と同時に、[チェリーハイヘヴィ]が抜刀の勢いで投擲した剣が、空中で身動きの取れない[スカーレッドバレル]の右肩に直撃し、その装甲を抉り取る。

『…くっ』

 真紅の巨体は他二体から離れたところに着地する。

 その様子を見たさくは、咄嗟の攻撃が当たったことに安堵しつつ、白の[騎装樹]の操縦者に語り掛ける。

『…ありがと、ミスリィ』

『惚気変態を仕留められてない。不満』

 その、先ほど[チェリーヘヴィエスト]からまた別の位置に投げられた[騎装樹]に乗っているのは、ケルガラの呼び方から分かるように、ミスリィであった。

『完全に不意を突いたはずなのに反応してきたし…』

 不満げにミスリィは言い、白の巨体を[チェリーハイヘヴィ]に近づける。

 その[重級]の名としては[ミスリルチェリー]で、ミスリィ専用のものであった。

 落ちたものも拾い上げて両手に握られている棍棒は、[チェリーライト]で使ったのと同じもので、重力のある打撃武器だ。

 ミスリィはそれで[スカーレッドバレル]を背後から闇に紛れて一撃粉砕しようと試みていたのだが、残念ながら失敗となってしまっている。

 それを彼女は悔しがっているようであった。

『[騎装樹]出す前から、なんかちょっと届かない感じ…ミスリィは不満』

『…まぁ、攻撃いれても中々決め手にならないけど…』

 先刻の生身の拳による一撃もケルガラにダメージは入れてもノックダウンにはいかず、やはり決め手とはならなかった。

 彼は、自身が危うくなったらすぐに距離を取るなど適切かつ上手い動きをしてくるため、ここまでは思うように決着を付けられない。

『けど…』

 さくは見る。

 少し離れたところに立つ[スカーレッドバレル]は左腕と右肩の装甲を失い、細かな傷もある。

 損傷の程度としては中破と言ったところであろうか。

 もとより手持ち武器がない上にそこまで損傷していれば、[スカーレッドバレル]の戦闘能力は大幅に落ちている。

 今の不意打ちと武器投擲のコンボでは決着とまでは行かなかったが、追い詰めたのは確かである。

(…でも油断は禁物)

 さくは改めて気を引き締め、[スカーレッドバレル]を見つめる。

 そのときだ。

『はは…』

『?』

『何』

 ケルガラが笑い声をあげる。

 それにさくとミスリィは眉を顰める。

『気でも触れた?』

 ミスリィの遠慮ない言葉に、ケルガラは再び笑う。

 そして、並び立つ二つの巨体を、ひいては二人を見て言った。

『…ああ、羨ましい。羨ましいものだな。そう言う風に助け合う…助けてもらえる。想ってもらえる。そう言う関係は、実に羨ましい!』

『…』

『…』

 ケルガラは笑う。

『俺はとても、とてもだ。とてもお前たちが羨ましいぞ。寂しい俺としては、温もりのない俺としてはな!』

『ケルガラ…』

 先ほどさくが、モモナが[チェリーハイヘヴィ]を改造して作ったことに言及した時と同じようなものを、さくは感じる。

 ケルガラは言葉通り、何か温かさのようなものがない環境にいる。

 だからきっと、助け合えるさく達を見て、こんな言動をするのだ。

『ああ、ああ。本当に羨ましい。だから、だからこそ、連れて帰りたかったわけだが…』

 そこでケルガラは言葉を切り、[スカーレッドバレル]を動かす。

 しかし、その動きは悪い。

 外見上の大きな損傷は左腕と右肩装甲の欠損だが、どうやら先の[ミスリルチェリー]の一撃は[スカーレッドバレル]の他の箇所の[神経茎]や[骨格樹]に影響を与えたようだ。

 見た目以上に、[スカーレッドバレル]は戦闘続行が難しい状態のようであった。

『これではダメだな。連れて帰るどころか、特に口悪い方に殺されかねん。ここは、退かせてもらうか』

『逃げる気?』

 ミスリィの圧をかけるような口調の言葉にケルガラは答える。

『ああ。ここは、な。だが、すぐに三度目がある』

 三度目。その言葉にさくが眉を顰める中、ケルガラは宣言するように言う。

『それじゃぁ、三度目で会おう。そのおき、必ず俺は連れて、帰ろう!』

 後半の言葉は特に、自分に向けられているようにさくには思えた。

 直後、[スカーレッドバレル]が後方へ跳躍し、闇へと消える。

『逃がすとでも…』

『…深追いはしないでいいと思う。しても仕方ないし、多分本当に逃げた…』

 [スカーレッドバレル]があの状態ではまともな攻撃もできるか怪しい。

 それにこちらは万全に近い上に数も上回る。

 あちらの不利は明確であり、故に撤退したと見せかけて不意打ちするといったことはせず、本当に退いたのだとさくは思う。

 実際、それを証明するように暗闇の中を[騎装樹]が走る音が鳴り、徐々に遠くに消えて行った。

『…。撃退できたみたい』

『みたいだけど。潰せなくて残念』

『…そんなに潰したかった?』

『…別に』

 そんな会話をした後も[スカーレッドバレル]が再出現することもなかった。

 それにより、二人は落ち着いてくらんを迎えに行くことになる。

「くらん、大丈夫だった?」

 [チェリーハイヘヴィ]を降りたさくは、旅館の物置にやっちゃんと共に隠れていたくらんを見てそう言う。

「あ、はい。他にサクシドとかが襲ってくるとかもなかったですし。…ありがとうございます」

 さくがケルガラを撃退した旨を聞いたくらんは頭を下げてそう言う。

 それにさくは今まで通りの反応を返した。

 …と、そこでやっちゃんが言う。

「…しっかし、どないする?この後…」

「…そうですね」

 幸い旅館には被害は出ず、ケルガラとの小競り合いも露見してはいないようである。ゆえに、ここに今まで通りいることは可能だ。

 また、彼の撤退も確実であるし、ひとまずの安全は確保されたと言っていいだろう。

「こんな暗い中[チェリーヘヴィエスト]まで戻ったりするのは危ないし…今日はこのまま旅館で過ごしていいと思う。私が見張りはするけど」

「…まぁそんなところやろな。それがええやろ」

「…確かに、そうですね」

 くらんも納得の様子を見せる。

「それじゃぁ。…改めて、風呂入ろっか?うちら物置で汚れたし、さくも汗かいたやろ?」

「…まぁ、確かに」

「ならええやん。気は抜けへんけど、折角旅館にいるんやし、さくもくらんももう少し休んでいくことにしようや」

 先のことから万が一にでも場が暗くなったりすることを懸念したのか、やっちゃんはあえて明るく振る舞い、そんな提案をする。

 それにくらんは笑い、さくは頷く。

「そうですね。さく、いいですか?」

「うん。まぁそうしよう」

「なら、決まりやな。外で見張りしとるミスリィにも提案して、もう少しだけ楽しもうや!」

「はい!」

「うん」

 そうして、三人と遅れてミスリィもその晩はもう少しだけ楽しんで、一日を終えるのだった。




 …そして。翌日に旅館を出た四人はモモナと合流し、[第八種子]の大地を進む。

 数日とないごく僅かな旅路の先で、ついに彼女らは目的地にたどり着く。

 そのことにそれぞれが喜びつつも、同時に彼女らはその胸にある思いを抱えていた。

 


 このまま無事に済んでくれるだろうか…。



 ケルガラの言葉やサクシドのしつこさ。そう言ったものから、ある程度の不安が彼女らの中には居座っているのであった。


▽―▽


「さぁ。やるとしましょ」

 ミィジットは目的地近辺に着いた巨体の中で、そう言った。

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