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[第一章:旅の始まり]その2


「……さて」

 さくは見下ろす。

 自分のすぐ目の前にいるのは、横向きに倒れている、血にまみれた少女だ。

 恰好は花を端にあしらった、赤よりの桃色をした透けたドレス。腹のあたりからフリルのあるスカート状になり、左右に別れた衣装に包まれた体はあちこち切り裂かれ、そこから鮮血が垂れている。

 色は鮮やかで、水分も多そうに見える。

 どうやら傷と出血はしてからそう時間が経っていないらしい。

 そして、そんな状態の少女の意識はほとんどないようだった。

「…ぁ…ぅ」

「…」

少女が虚ろな目でさくを見てくる。

「…ぁ」

「…」

 目が合う。

 さくは焦点の合わないその目の中に何かを感じる。

 それと同時、少女は力なく呟く。

「…た…す……て」

 少女はその発言の直後、完全に意識を失い、体から力が抜ける。

 死んだわけではない。

 未だ胸は上下し、彼女が呼吸していることを、生きていることを示している。

 だが、それなり以上の出血は、彼女を放置するとそう遠くないうちに失血死することを明確に示していた。

(…血まみれのリーフル。助けて、か…)

 さくは動揺しにくい性格に加え、過去のある経験によって血を見慣れてるとまでは行かないまでも、多少の耐性があることもあって、血まみれの少女に冷静な思考をする。

(放置したら明らかに死ぬし)

 それに、相手の意識が朦朧とした状況であったとは言え、助けてと言われてしまったのである。

 他人を助けることにそこまで積極的な性格や考えを持っていないさくではあったが、この状況で瀕死の相手を見捨てられるほど、冷たい性格や考えをしているというわけでもなかった。

(仕方ない)

 ここで見捨ててしまったら後味も悪い。

 そうも思ったさくは少女の下へ近づき、買い物袋を横において、少女を持ち上げにかかる。

「…服が汚れるけど…まぁ後で頑張って洗えばいいか」

 さくは少女の体に手をかける。

 同じくらいの身長の彼女の体は、それほど重くはない。

 まして、普段から多少鍛えていたさくにとって、自分と同じぐらいのリーフル一人担ぐのは、そこまで苦ではなかった。

「…さてと」

 一度力を入れて一気に少女を左肩に乗せたさくは、右手に買い物袋を持つ。

 他に用事もなく、少女は瀕死。

 早々に家に帰る以外に選択肢はないため、少女の流した血でできた血だまりに背を向け、さくは路地を去ろうとする。

(…お母さんに頼んで手当してもらうのがいいか…)

 そんなことを考えながら路地の出口へと足を一歩踏み出した時だった。

「…!」

 さくは地面を蹴って後方へ跳躍する。

 血だまりを飛び越え、路地のより奥へと着地したさくは、少女と買い物袋を持ったまま、立ち上がる。

 そこに、声がかかる。

「…おや。僕の一撃必殺、先手必勝の一撃を回避するとは。中々やるじゃないか」

「…」

 さくが無言で見る先、そこには得物を、木材の地面に振り下ろしたばかりの一人の男が立っている。

 あまりきれいと言えない動作で持ち上げられる右手には長い剣があり、体の大半を覆う衣装は灰色のロングコートだ。

 下半身は体のラインの出る黒い長ズボンで、手には同色のグローブがある。

 そして、頭には金に近い長髪が靡いている。

「…誰?」

 目を細め、警戒心を露わにして言うさくに、男はどこか小者感の漂う笑顔を見せる。

「…僕はサクシド。…成功作の…最強のリーフルさ!」

「…自分で最強と名乗るの?」

 さくの言葉に、サクシドは鼻を鳴らして答える。

「当然さ!それが事実だからね!そんなことも分からないとは、君は低能なようだね?いまさっきの回避はただのまぐれだったみたいだ!」

「あ、そう」

 バカにはされたものの、さくは特に気にせず淡白な反応を返す。

 しかし、それがサクシドの気に障ったのか、彼はさくを少し睨んで返して来る。

「なんだい君。その態度。気にくわないね」

「そう。どうぞご勝手に」

 再びの淡白な反応に、サクシドは苛立ちを露わにする。

「…君。思い上がりがひどいよ。なに上に立った気でいるのさ。…はんっ。そう言う風に中身が伴わず形だけ、外面だけで思い上がっているやつは、僕みたいな本物に分からせられるのがオチって分からないかい?」

「はぁ」

「…君ぃ」

 再三の淡白な反応にサクシドは怒りを爆発させようとする。

 だが、そこで彼は自分の胸に手を当て、

「いや。サクシド。僕はこんなガワだけリーフルとは違う。成功作の最強のリーフルだ。この程度の奴の態度は気にしないでクールに行こう」

(長い。この子瀕死だし、時間食うのもアレだし、逃げる?)

 そうさくが思ったところで、サクシドは気を取り直して言ってくる。

「君。さっきまでの思い上がりは置いておいてあげよう。そして本題に入らせてもらう」

「…本題?」

 サクシドは頷く。そして、剣を握っていない方の手を差し出す。

「君が肩に背負っているリーフル。彼女を渡してもらおう」

「…。何故?」

 より警戒を強めて、さくは言う。

 それにサクシドは笑って、

「詳しくは話せるわけないだろう?けどね。とにかく僕は彼女を捕まえなきゃいけない。僕に恥もかかせてくれたしね。…だから、引き渡してもらおう」

「…」

「素直にこの僕の言うことに従えば、命は取らないでおいてあげるよ」

 サクシドは剣を見せつけるように揺らして見せ、そう言ってくる。

「…さぁ。賢明な判断をするんだ。間違っても抵抗なんて考えないようにね?」

「……」

 さくは答えを待つサクシドを見ながら考える。

(…引き渡せ、か。…怪しい)

 サクシドの正体は不明だ。

 しかし、いきなり襲い掛かってきたところを見るに、攻撃的な相手であることは違いない。

 肩の少女を引き渡すにはあまりに危険すぎるだろう。

(それに、一応助けることにしたし)

 そう決めており、特に覆す気もない以上、さくの答えは決まっていた。

「…無理」 

「…ん?今なんて?」

「聞こえなかった?無理と言ったのが。サクシドの言う通りにはしない」

「…なんだって?」

「…この子は渡さない。一応、助けを求められて、私はそれに応えることにしたから」

 さくは静かな声で、そしてしっかりとした視線をサクシドに向けて言う。

 それを受けた彼は、予想だにしなかった回答だったのか驚き、しばし硬直していた。だが、すぐに気を取り直し、

「君。それがどういう意味か分かっているね?僕に逆らうということが」

「…」

 さくは返答しない。

 サクシドはその態度に、もう限界と言わんばかりに怒りを爆発させる。

「分かった。分かったよ。…なら、力づくで奪い取ることにするよ!」

 彼は感情のままに叫び、剣を両手で構える。

 そして、持ち手の先に付いているスイッチを押す。

 すると、ワンテンポ遅れて黒光りしていた剣がより鋭利な見た目へと、形は変えずとも確かに変化する。

 その所要時間と見た目の若干の変化こそ、[付能]の技術がサクシドの剣に使われている証だ。

 [付能]で付与した性質は、生物的に常時持つ性質とは異なり、起点となるものによりきっかけをつくることで、一時的な変化という一工程を挟んで発揮される。

 加えて、きっかけづくりに使われるのは、多くの場合においてこの世界で最もありふれた水である。それを、スイッチなどで内部の貯水槽から流すことで改造部位に触れされ、変化のきっかけをつくらせる。

 そのような工程を踏んでいるため、どうしても[付能]の性質の発揮には多少の時間がかかるのであった。

 …とはいっても、この場ではあまり問題ではなかったが。

「さぁ…」

 サクシドは視線をさくに飛ばし、いつでも突撃できる姿勢で叫ぶ。

「君には死んでもらってね!」

 そして彼が動き出そうとしたその瞬間、さくは言う。

「そう。戦うと。なら…やろうか」

 直後だった。

「なにっ!?」

 サクシドの驚きの声が上がる。

 その理由は彼の視線の先にいるさくが、少女も買い物袋も手放すことなく、木刀を構えて地面を蹴り、急速接近したことにあった。

「なぁ!?」

 サクシドは慌てて剣を横に振るってさくを迎撃しようとする。

「…遅い」

 だが、それはさくには当たらない。

 端からサクシドの攻撃が大雑把すぎること、それにさくの身体能力と反応速度の高さによって、剣は空を切る。

 さくはその軌道の下だ。

「…ふっ!」

 瞬間、一閃。決して大きくはないし、派手でもないが確実な威力を持つ一撃が、サクシドの胴体に叩きこまれる。

「ぐゎ!」

 うめき声を上げ、サクシドは壁に叩きつけられる。

 その際、彼の持っていた剣は宙を舞い、近くにあったゴミ箱に突き刺さる。

「……あれ。思ったよりだいぶ弱い」

 戦闘の邪魔になる買い物袋を、手首から肩に移動させ直し、さくはサクシドを見て呟く。

 あれだけ最強を謳っておきながら、プライドの高さを見せながら、随分と手ごたえのない相手である。

(まぁ、だとしても…)

 さくは右手の木刀を構え直す。

「…戦うなら、最後まで…」

「…くっ!」

 サクシドは慌てて立ち上がり、剣を拾いに行く。

「…卑怯じゃないか!不意打ちなんて!」

 走りながらサクシドは言う。

 しかし、その抗議の声にさくは淡白な反応で、

「何を間抜けなことを。戦うんでしょ?なら、最初から本気で行かないと」

「く…!」

 サクシドはプライドを傷つけられたことに怒ることもできずに、そして冷静になることもできずに剣へとかけよる。

 さくはそれを、ほんの少し笑って見る。

 そうするのは、彼女の性格に関係してる。

 普段は落ち着いており、感情の起伏もあまり大きくない彼女であるが、今回のように戦闘や勝負となると隠された好戦的な一面が顔を出すのだ。

 その際、さくは勝負をつけるまで冷静に、しかし大胆に戦う。

 彼女のそう言った側面が今、サクシドを前に少し現れていたのである。

「さぁ。決着、つけようか」

「…こんのぉ。思い上がるなよ!ガワだけの奴の癖にぃ!」

「それはそっちじゃないの?」

 真顔でさくがそう言ったのを合図とするかのように、二人は地面を蹴る。

「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「…負担かけたらアレだし」

 剣を振りかざし走ってくるサクシドに対し、さくは肩の少女のことを考え、過度な動きをしないよう意識し、木刀を構える。

「イぃぃぃぃヤぁぁぁぁぁぁ!!」

「…………はっ」

 瞬間、さくが地を蹴って急加速。

 サクシドの力任せの剣戟を鮮やかに回避し、すれ違いざまに木刀を、同じ場所に流すように、しかし重く叩きこむ。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!」

 サクシドの剣が再び宙を舞い、さくの方へ飛んでくる。

 それを彼女は、振り向きざまの木刀の一振りで弾き、刀身の半ばを打撃された剣は空中で折れ、地面に転がる。

 [付能]のために内部に貯水槽を持つ関係で、[付能]で改造された武器は一定以上の衝撃に、構造的に弱い。

 それに対し、さくの木刀は[付能]での特別な力はないが、質の良い木から彫り出された一振りだ。

 耐久性は、こちらが上である。

「…勝負あったね」

 さくは、路地の入口付近で腹を抱えて蹲るサクシドを見る。

「…まだ、やる?」

 さくは、ただ平坦な声でそう言う。

 そしてそれは、彼女にとってサクシドが相手にもなっていないという何よりの証拠であった。

「…く、く…う。君も、君も僕に恥を…」

 サクシドは圧倒的な実力差を理解したのか、先ほどのような大口は叩かない。

 ただ無様に膝を震わしながら立ち上がり、

「…お、覚えているんだね!君は確実に後悔することになる!成功作の僕に恥をかかせたんだからね!近いうちに報いを受ける!それまで…」

 同時、サクシドは路地裏の入り口へと走り出す。

「…せいぜい自分の思い上がりを自覚しておくがいいさぁぁぁぁぁぁ!!」

 若干泣いているような情けない声を上げ、路地から飛び出し、衆人環視の中を全力疾走して逃げて行った。

「…随分と弱かった」

 散々大口をたたいた割には武器の扱いも下手であるし、戦闘技能も低く、対応力もない。

 やはりサクシドの方こそガワだけであると、さくはそう思った。

 …と、そこで。

「…ぅ…」

「あ」

 さくとサクシドのごく短時間の戦闘も、傷ついた少女にはとっては死に確実に向かわせる時間の浪費である。

 そのために、少女の息は浅くなっていた。

「…時間を、無駄にしている場合じゃない」

 言って、さくは路地から飛び出し、自宅の方へと全力で走っていった。

(…けど、どうして追われたんだろ)

 さくは町を駆け抜ける中で、肩の少女を見てそう思う。

(…まぁ、それは後でいいか)

 今はとにかく少女を手当てすることが先決である。

 それが分かっているさくはより速度を上げて家へと向かって言った。


▽―▽


「許さないぞ。必ず見つけて…」

 無様に敗走したサクシドは、町の端にある森の方へかけて行く。

「…僕の[騎装樹]で後悔させてやるぅぅぅ!」

 そんな叫びを聞いた住民が変なものを見る目で見てくる中、サクシドは走っていった。

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