[第四章:星系道中ー3旅館休息]その4
「…誰」
さくは目を細め、湯船から出、数歩進んでから言う。
四人の前に現れた男の背格好はサクシドと同程度だ。
しかし、体格がしっかりしているためか彼よりも力強い。
そんな体に、申し訳程度に小さなタオルを巻いているのは、若干シュールでもある。
…とはいっても、である。
(今の出てき方は、怪しい)
さくは警戒心を露わにする。
視線の先の男の行動と言動は妙だ。
まず、女湯であるここに飛び込んできたこと。
これだけならただの悪ふざけだが、ここに来てもらうぞという言葉が加わっている。
わざわざそんなことを言いに現れ、自分たちを見るというのは、ただの悪ふざけのみとは考え難い。
さくには、そこに何かしらの意図があるように思える。
(来てもらう…)
男から視線を逸らさず、今一度その言葉を吟味したさくは、ある可能性に思い至る。
「…くらんの追手?サクシドの仲間?」
その問いに男は。
「…ひ、久しぶりに話すのは緊張するな」
「え」
何故か急に顔を赤らめてもじもじし始めた。
(え、なに。なんでそんな態度?)
さくは珍妙な男の行動に困惑する。
そうしていると、ミスリィが隣に転がり出てきて言った。
「お前はいつぞやの惚気野郎。ストーキングか」
「す、ストーキング!?」
するりと出たミスリィの言葉に男は動揺する。
その間に、さくはミスリィに聞く。
「…あれが、[緑彩地区]に私たちが行っている間に出たっていう?」
「そう。惚気×惚気の変な奴。…ここまでストーキングしてるし、ミスリィはあれを変態と判断する」
ミスリィは男を思い切り指さし、そう断言する。
「な、違う!」
反射的に反論する男に、ミスリィは続けて言う。
「何が違うか。惚気×ストーキング。つまりは変態だ」
ミスリィは惚気とスートーキングのところで指を立て、変態のところで指を交差させ、強調するように言う。
「これ以外の結論など、ミスリィの中にはない。そして変態よ、ミスリィの全裸を覗いた罪は重い。ただちにお縄だ」
「違う!俺はお前になど興味はないし、変態でもない!俺は言うなれば純愛の徒だぞ!?」
「ふん」
露骨に馬鹿にした様子でミスリィは鼻を鳴らす。
それを見た男は抗議しても無駄と思ったのか、ミスリィから視線を外し、さくの方を見る。
「…さて。残念ながら俺のことは覚えていないっぽいが、まぁ仕方ない。五年と少しぶりだしな」
「…?」
眉を顰めるさくに、男は続けて言う。
「折角だ。名乗りもしておこう。俺はケルガラ。そして、少し前から愛に生きる者であり…」
男…ケルガラは目つきを鋭くして、さく達を見る。
「さっきの予想通り、あのサクシドの仲間だ」
「…!やっぱり…」
ケルガラの言葉に、四人は身を固くする。
「…目的は知っているな?そう、そこの実験体の回収だ」
ケルガラはそう言って、様子見をしながらやっちゃんと共に湯船から出ようとしているくらんを指さす。
それからさくに向き直る。
(…何?)
その視線はまるで、さくに聞いてくれと言っているように感じられた。
「…なぁ。実は俺としては素直に来てくれた方がありがたい。あそこの実験体にして成功作を連れて、来てくれないか?」
「なに…?」
「お願いだ。連れて、来てくれよ」
(…なんか言い方がひっかかる、けど…)
とにかくケルガラがくらんを欲していることは間違いない。加えて、サクシドの仲間だとも申告している。
ならば、さくの対応など決まっている。
「くらんを渡すわけない。大人しくお引き取り願う」
「去れ、変態、とミスリィは言っておく」
「…だから純愛だと…いや、それはよくてだな」
ミスリィの罵倒に、真剣な気持ちでもあるのか反応しつつ、ケルガラは吐息する。
「…なんか伝わってなさそうだが、なんにしろそうか。ダメか。一緒にいたかったんだがな…」
「…?」
どうも言い回しが変である。
先ほどから妙な違和感と言うかズレがあるように、さくは思う。
しかし、それを深く考える暇はなかった。
「そうだな。できないというのなら…」
その瞬間だった。
ケルガラは、己の股間を隠していたタオルを思い切りとる。
「なにやっとるん…!?」
それにやっちゃんが驚愕した直後、
「…倒して、やるしかないな…!」
ケルガラが、布地の下に隠していた短い木刀を振るう。
さくはそれに、手近な桶を取って反撃。
二つの木材が勢いよくぶつかり、くぐもった音が響く。
「ここで始めるとは馬鹿め。ミスリィが教えてやる!」
鋭い声で言い、ミスリィは濡れた床をやっちゃんに転がされる時の要領で転がり滑って、ケルガラの足元に急速接近。
その左足を掴んでバランスを崩させる。
「…これで決める」
呟き、さくは桶をケルガラの頭にヒットさせようとする。
だが、
「それはいくらお前でも嬉しくないぞ!」
ケルガラはミスリィの動きで生じた後方への転倒の動きに乗せ、体を思い切り後ろ向きへ。同時に床を蹴る。
「む!」
軽いミスリィが足を掴んだまま、ケルガラは宙で一回転。
急激な動きにより、手を離してしまったミスリィが床にべちゃりと落ちた直後、彼は浴場の入り口に着地する。
「…風呂にはいりたい欲求に負けたのが失敗だったな。ここじゃ戦いづらいのは確かだ」
『…』
さくとミスリィが警戒感をあらわにして見つめる中、ケルガラは笑う。
「場所を変えようか」
「逃がすと思う?」
「いや、逃げないさ。俺はそんなことしない。折角会えたんだから、ここでちゃんと連れてく」
「…さっきから変な、ことを…!」
言って、さくは桶を、ミスリィは近くから拾い上げた石鹸を投擲する。
ケルガラは身を捩ってそれを避け、浴場の扉を開ける。
「さぁ、来くるんだ。来てほしい」
言って、彼は浴場の奥に姿を消す。
それを見たさくとミスリィは一旦顔を見合わせる。
「…さく、どうする」
「…くらんを諦めた様子ないし、ちゃんと撃退しないと安心できない。これじゃぁどこにいるかわからないし、迂闊に外にも出られない」
「なら追撃?」
「うん」
頷き、さくはやっちゃんとくらんに言う。
「二人は隠れるか何かしてて。私とミスリィがあいつをちゃんと追い払う」
「そうだ。安全にしているがいい」
「…分かったで」
「はい。…すみません、いつも守ってもらって」
「いいよ、別に」
「…ありがとうございます、さく」
「うん」
それだけ話したした後、さくはミスリィと共に脱衣場に突入する。
周囲を確認するが、ケルガラの姿はない。
ならばと、速攻で服を着た二人はその場から離れる。
さくは、決して広くない旅館内を見回し、警戒する。
「どこに…」
一階部分に姿は見えない。
ならば二階だろうか。
そう考えるが、二階は一回よりも狭い。より戦いやすい場所を望んでケルガラが移動した以上、構造上どうしても一階より狭くなる二階にいるはずがない。
だとすれば、彼は一体どこか。
「…さく、惚気変態いた。あそこ」
「…あそこ。分かった」
ケルガラは廊下から見える外、旅館の背後に広がる街の巨大な広場にいる。
既に日も落ち、街灯しか光がない中で、彼はそこで怪しく照らされる。
「…」
彼はさく達を見て、こっちと言わんばかりに手招きをする。
「行くよ、ミスリィ」
「いいだろう」
頷きあい、二人は廊下の窓を開け、そこから外へ飛び出す。
「ケルガラ」
ケルガラの目の前と言える位置まで来たさくは、相変わらず警戒感の籠った目で彼を見る。
そんな彼女を見て、いつの間にかコートのような服を着ていた彼は言う。
「来たか。嬉しいぞ。やっぱり一緒にいると楽しい。何をするのだとしても。やはりこれは恋心か、純愛か。…死んでた俺の心が蘇るようだぞ」
「…変態は口を慎むといい。ミスリィの耳が腐る。そしたらやっちゃんのご飯の呼び声が聞こえなくなる」
「だから変態ではなくて純愛だ!」
ミスリィの悪口に一瞬抗議してから、ケルガラは言う。
「とにかく。ここなら十分に戦えるだろう。さぁ、やろうか」
「…」
さくはしっかり携帯していた木刀を腰から引き抜く。
ミスリィはどこからか棍棒のようなものを一つ取り出す。
「…俺はゲットするぞ」
ケルガラは自身の得物を構えつつ、さくを指さして言う。
「させない」
そうして、街灯と夜闇が合わさってできる薄闇の中、戦いが始まる。
「…ふっ!」
初めはさくだ。
得意の踏み込みからの突撃、それに乗せた居合切りを狙う。
「…それは、知ってるぞ!」
「!」
かなりの高速接近の中、ケルガラは言いながら木刀の先を動かし、くらんの胸元を浅くつくような位置へ持ってくる。
それを住んでのところで察知したさくは、強引に腕を動かし、木刀で木刀を迎撃、即座に後方へ跳躍する。
「…今の技」
(既視感…どうして?)
木刀を構え直しながら、さくは考える。
今のケルガラの動きには妙なデジャヴを感じる。
今までこんなことは体験していなかったはずなのに、である。
(こんなことは…)
そう思ったとき、くらんの頭にある出来事が浮かぶ。
(そういえば…あれが)
それは[漣湖面]の出現に端を発する一連の出来事、その最後に起きた、あの真紅の[騎装樹]が襲撃してきたときのことだ。
さくはそのとき、無重力仕様になっていない[チェリーヘヴィ]で真紅を撃退しようとした。だが、そこで放った一撃を縫うように避け、相手は[チェリーヘヴィ]の胸に、鋭い一撃を加えた。
今のケルガラの動きは、あのときの真紅の動きに似ている。
(まさか…だとは思うけど)
さくは、ケルガラこそあの真紅の操縦者ではないかと勘繰る。
[騎装樹]での戦いが上手いからといって生身の戦いが上手いとは限らない。[騎装樹]で繰り出すのよ同じ技が繰り出せるとは限らない。
だが、その順序が逆で、先に生身の強さがあり、その技量を[騎装樹]に反映し、生かしたという経緯ならば、同じ技を使える。その場合は、ケルガラがあの真紅の操縦者とイコールで結ばれるだろう。
なにより動きが、スケールに違いがあっても似ている。
それだけでもさくはケルガラと真紅の操縦者を結びつける。
(…いや。実際どうなのだとしても)
正直なところ、その予想が正しいかどうかはどうでもいい。
今重要なのは、目の前のサクシドが真紅と同じような技を繰り出せる技量を持つ敵と言うことだ。
(口だけのサクシドとは違う。それだけは何にしろ確か)
さくはより気を引き締める。
「…ミスリィ。挟み撃ちする。…でも、迂闊に大技はダメ。多分、隙を突かれてやられる」
「それはミスリィも、今見て分かった。考慮に入れる」
言って、ミスリィは薄闇の中に紛れて移動を開始する。
「…今度はやってみせる」
さくはケルガラに木刀を向け、宣言するように言う。
「ほう?だが、俺は既にお前の攻撃を見切っている。効かないぞ!」
「それは、どうかな?」
言った直後、さくは地を再び蹴る。
だが、今度は先ほどとは違う。跳躍を含んだ接近ではなく、姿勢を低くしての疾走だ。
高速接近を使えるだけの脚力に支えられ、彼女は高速でケルガラに迫る。
「見えているぞ!」
言った瞬間、ケルガラは真横に跳躍。
背後から棍棒を振り上げ、不意打ちを試みたミスリィから逃げおおせる。
「…避けた」
「分かりやすいぞ!」
「だが無防備だとミスリィは言う!」
直後、着地したミスリィは体を回転させ、振りかぶった棍棒を、回避直後で無防備なケルガラに投擲する。
「む!」
それを、ケルガラは木刀で叩き落とそうとする。
「そこ!」
さくの鋭い声と共に、薄闇から木刀がケルガラに向かって突き出される。
彼はそれを、首を捻って回避し、棍棒もどうにか叩き落とす。
「外れたな…ん!?」
そこでケルガラはハタと気付く。
突き出された木刀を持つ者がいない。…つまり、木刀は突き出されたのではなく、まっすぐに投げられたのだ。
「…どこに…」
呟きの直後、真横から彼の顔面に拳が突き刺さる。
「ぐっ!」
さくだ。
闇に紛れた彼女が、ケルガラに聞き手による一撃をくらわせたのだ。
得意な技と言うわけではないが、木刀を振り回せる腕力を持つ以上、その拳の一撃はそれなり以上の威力を持ち、彼に確実にダメージを与える。
「…く、やる…」
言ったところで、彼は何かに躓く。
それは、先ほど叩き落とした棍棒だった。
彼はそれに足を取られ転倒しそうになる。
「なんの…一緒のためなら!」
訳の分からないことを言い、ケルガラは態勢を立て直す。
だが、そこに間髪入れずにミスリィが身軽さを活かして飛び蹴りを叩き込む。
「くっ…」
その衝撃で、ケルガラは思わず木刀を手放してしまう。
得物を失ったことに気づいた彼は、即座に跳躍し、二人から距離を取った。
「…流石に二体一かつ、不意打ちが決まりやすい状況では不利か」
「卑怯じゃないということは、ミスリィが言っておいてやろう。変態の方から誘ってきたんだから」
「…まぁ、口の悪いお前も戦いに加わるとは予想外だし、卑怯と言いたくもなるが、言わないさ。サクシドなら言うだろうが、そんなことしても意味はない」
「…不利なのに、冷静」
さくは先の失敗のことも考え、一切の油断がないよう警戒心を強めつつ、言う。
「…そっちの得物はなくなった。数はこっちが上だし、そっちは攻撃をまともに受けてるけど。まだやる?」
「間抜けにも、変態はまだやるのかと聞いておく」
鋭い視線を送りながら言う二人に、ケルガラは肩をすくめて言う。
「…好き放題言われてるが…。だがまぁ、確かにこのままじゃ俺の方に勝ち目はないな」
「なら、退く?大人しくそうするなら、私は特に追いかけるつもりはないけど」
意図して語気を強め、さくは言う。
撤退してくれるなら、その方が良い。
だからこそ、そうなるように圧をかける。
…だが。
「はは」
ケルガラには、通じないようだった。
彼は強い意志を秘めて目でさくを見て言う。
「…さっきも言ったがな。俺はちゃんと連れてくと。だから退くことはない」
「なら…」
「だが…」
そこで、ケルガラの顔に街灯の光が当たり、怪しく光る。
「…生身のままで戦うつもりはない。だからこそ、だ」
瞬間、ケルガラは身を翻す。
同時に、その場に何かを振りまいた。
彼を追いかけようとした二人は、その何かを吸い込んでしまい、顔をしかめる。
「こ、れは…」
「辛子の粉末?…ミスリィは過度な刺激は好まない…!」
どうも料理にかける辛子の粉末らしきものが大量に撒かれたらしい。
鼻や口に大量に入ったそれに、二人は苦しめられながらも、撒かれたあたりから離れ、鼻をかむなり咳をするなりして、三分ほどをかけ、なんとか粉末を排除する。
「…ケルガラは…逃げた?」
さくは彼の気配が消えたことから、そう呟く。
だが、そうではないことはすぐに証明されることになる。
『卑怯な気はするがな。だが連れていって一緒になるためだ。悪く思うなよ!』
「惚気変態の声…!」
ミスリィが言った直後、広場の先に繋がる街の端でもある小山から、一体の[重級]が姿を現す。
「[騎装樹]…!それにあれは…」
さくにはそれに見覚えがあった。
あちこちに箱のようなものをつけ、マントを羽織ったその姿。それは間違いなく、以前装備的に不利だったとはいえ殺されかけた、あの真紅の[重級]だ。
どうやら本当に、ケルガラが真紅の操縦者だったようである。
『さぁ…』
ケルガラの乗ったそれが、さくとミスリィのいる方へ向かって、進み始める。
『大人しく、してもらおう!』
『!』
真紅が近づいてくる。
旅館の倍以上もあるその巨体には、流石にさく達は対応できない。
逃げるほかなかった。
(どうする…!?)
そう思い、ミスリィと共にひとまず距離を取ろうと逃げる中、さくは考える。
しかし、[チェリーヘヴィエスト]にそう遠くないとしても距離があり、即座に[騎装樹]を取りに行くことができないこの状況では、迫りくる真紅の脅威をどうにかする方法などない。
完全な手詰まりであった。
「もはや打つ手はない。詰んでいるとミスリィは言わざるを得ない」
[漣湖面]のときですらも余計なことを言う余裕のあったミスリィも、冷や汗を流して言う。
状況は間違いなく危機的である。
どうしようもない。
そのことにさくが危機感を覚えた、その瞬間である。
「…!」
突如として、空から何かが二人と真紅を隔てるように、彼女らに近い方に落ちてきた。
『なに!?』
ケルガラが驚きの声を上げた直後、何かが真紅の巨体にぶつかり、真紅は山の中に転倒する。
「これは…!」
さくは目の前に落ちてきたものを見て目を見開く。
それは、かなり大きい。
サイズとしては今しがた倒れた真紅と同じくらいで、二つの脚と二つの腕があり、頭、それに貯水タンクを巨大な葉っぱを持つ。
見慣れたものに近いながら、同時に少し違いもある存在。
だがそれは間違いなく、桃色をした、[重級]の[騎装樹]であった。




