[第四章:星系道中ー3旅館休息]その3
「…アレを売れば必ず。だから、確実に、ね…」
ミィジットは、動く巨大な何かの中でそう呟く。
その表情には嬉しさがある。
だが同時に、どこかに悔しさと怒りのような雰囲気も滲んでいた。
「…ふん」
ミィジットは鼻を鳴らす。
そんな彼女を乗せ、彼女手製のそれは静かに、そして確実に進んでいった。
▽―▽
「…よろしいですかぁ?夕食をお持ちしましたわぁ」
「!ついに来た…ミスリィは待っていたぞ…」
緩やかな時間を四人が過ごしていたところで、部屋の扉が叩かれる。
そうして扉を少し開けて顔を覗かせたナナナールに、ミスリィは歓喜する。
扉の隙間からは湯気をくゆらせる、四人分の食事が載せられた盆が見えた。
時間は事前に彼女が伝えた通りで、小さな菓子を食べただけの四人の腹は、十分に空いてきていた。
絶好のタイミングである。
「…お、来たようやな」
「丁度、ですね」
「確かに」
ミスリィに続いてナナナールの言葉に反応した三人は座椅子から扉の方を向き、入ってきて問題ない旨を伝える。
それを聞いた頷いたナナナールは、扉をゆっくりと完全に開け切り、笑って言う。
「それでは並べますわぁ」
いつも通りの表情のさくを除き、全員が笑顔で待つ中、ナナナールは危なさなど欠片も感じさせない動作で、一度に大きな盆を二つ運ぶ。
それらを二度、ごく短時間の内に行うことで、四人が囲む机にはすぐに料理が並並べられた。
「おいしそうですね!」
「そやな!」
くらんの言葉に、やっちゃんが頷く。
彼女らの言葉通り、机の上に盆から移され並べられた料理はどれもおいしそうである。
細かく刻まれた緑黄色野菜が中で舞っている汁物、湯気を立たせる純白の米。
さらには、ほどよい度合いでゆでられた肉と共に、金色を想起させる色合いをした、しっかりと味のついていそうな汁。それに浸かった少量の太麺や、底の深い入れ物に入った、表面に光沢のあるぷるんとした蒸し料理に、大き目の刺身。
それらのどれもが質が良く、まるでそれを示すかのように天井の照明から注ぐ光を受け、全ての料理が輝いている。
単純に料理の種類の話をすれば、普段からやっちゃんがつくって食べることがあるものもある。しかし、厳選された食材と、極められた調理法などによって完成された料理たちは、普通のそれらとは明らかに違う雰囲気を纏い、見る者を引き付ける魅力に溢れていた。
見た目に限らず、四人の鼻に流れる香りにしてもそうである。
「…これは、凄いな。ウチ、それなりに料理に自信はあったけど…こんな凄いのは…」
やっちゃんは驚嘆して呟く。
「…これはちょっと嫉妬してまいそうなぐらいやで…」
「やっちゃんがそれだけ言うなら、きっととても…おいしいんでしょうね」
やっちゃんの実力を知っているからこそ、その言葉に説得力を感じたくらんは垂れかけた唾を飲み込んでそう言う。
そこにミスリィが頷き、
「間違いない。やっちゃんはミスリィがつまみ食い、盗み食いを常習的に行う対象とするぐらいには高度な料理をするリーフル。そのやっちゃんの驚嘆とは即ち、ミスリィたちの目の前に存在する料理が、少なくともやっちゃんのを軽く超える最高品質のものであると保証するものだ」
「確かに」
さくも頷く。
もはや、目の前の料理が最高のものであることは疑いようがない。
後はその質の高さを、己の舌を持って味わい、確かめるのみである。
「…それでは、これで失礼いたします。食器の片づけには一時間半後に向かいますので、それまでごゆっくり、[お休み亭]自慢の料理をご堪能ください」
「はい、ありがとうございます!楽しませていただきます」
くらんの笑顔での返事を聞いてから、ナナナールは嬉しそうに扉を閉め、部屋の前から去っていく。
「…ほな、いただくとしよか」
「うん」
「ですね!」
「…ついに、このときだ…」
四人は口々に言い、料理の前に置かれた箸を手に取る。
それから一斉に、
『いただきます』
その言葉と共に、食事を開始する。
「さく、この麺丁度いい弾力でおいしいですよ?」
「…くらん、この蒸し料理もなかなかいける」
「…汁も米もおかずも全て最高や。…楽しむのと一緒に、学ばせてもらお」
「…最高。美味。高評価。つまり上手い…ミスリィは嬉しくて満足と言っておく」
汁はほどよい塩気がきき、米はふっくらとし、麺はほどほどの弾力で噛み応えがある。
刺身は油っぽ過ぎずにあっさりしており、蒸し料理も見た目通りのぷるんとした触感で食べやすい。
どの料理もやっちゃんが称賛せずにはいられないほど質が良く、美味しく、満足度の高いものであった。
そのせいか、四人の食は本人が気づかぬうちに進み、間に雑談を挟みつつも、気づけば一時間が経過し、どの食器の中も完全に空となっていた。
「ああ、食ったなぁ」
「美味しかったですね」
「ほんと、よかった」
「…ミスリィは非常に満足…」
食事を終えた四人は座椅子の上で息をつく。
誰の腹も完全に満たされており、それによって全員が穏やかな気分となっていた。
「…落ち着くまでゆっくりしよか…」
「賛成です…」
「うん…」
「…それがいい…」
満足感でいっぱいの四人はそう言い、ナナナールが食器を回収に来るまで、座椅子の上に脱力した状態で座ったり、床に寝転がったりして、やや自堕落に過ごす。
…そうして、ナナナールが食器を回収に来、それを終えて去ってから、少しした頃であった。
「…あの、みなさん」
いち早く腹が落ち着いたらしいくらんが起き上がり、三人に言う。
「お腹も落ち着いてきたことですし、お風呂行きません?」
「お風呂?」
顔を上げ、さくは聞き返す。
「はい。後回しにしてましたけど、そろそろ行ってもいいかなって思いまして。あんまり遅くなってもアレですし」
「…そーやな。行くなら今かもな。このまま部屋でだらけとるのも、やし」
くらんの言葉に同意するやっちゃんを見て、さくは言う。
「まぁ、いいと思う。私は行ってもいい」
そこでやっちゃんがミスリィに問う。
「ミスリィはどうなんや?行くか?」
その問いに、彼女はのっそりと起き上がる。
「…いいだろう。このタイミングならミスリィのポリシー的に問題ない」
「風呂に関するルールあったんか?」
「今できた。…気になる?よろしい、では…」
「あ、だ、大丈夫です。分かりましたから」
「……」
話が脱線して進まないと思ったのか、やや遠慮気味に言ったくらんに、ミスリィは少し不機嫌そうに頬を膨らませたが、やっちゃんと違ってくらんにはどうこう言う習慣があまりなかったからか、それ以上何も言わなかった。
「…えっと、じゃぁ。全員大丈夫、ってことで。行きます?」
「うん、元から準備はほぼできてるし、問題ない」
「そやな。ささっと準備済ませて行こか」
「じゃぁ、決まりですね」
くらんは笑って言う。
その言葉を皮切りに、四人は服の入った袋に加え、棚からタオルを取る。
「…おし、全員準備完了やな」
部屋の鍵を、背中の左腕に握ったやっちゃんがそう言う。
「行きましょう!」
くらんの言葉で全員が部屋から出、やっちゃんが施錠。
それから風呂、およびその更衣室へ四人は向かう。
距離が近いのもあり、移動時間は三十秒程度で済む。
すぐに更衣室に入った四人は、それぞれの服を脱いでいく。
「…少ないなぁ」
四腕のせいかやや苦労しながら服を脱ぎ、やっちゃんが言う。
更衣室には、他のリーフルは見当たらない。
他の宿泊客は部屋に入る前に見たので、いないわけではない。
つまるところ、四人は上手く、空いた時間帯に来ることができた、ということらしかった。
「…他に誰かが脱いだ後もないし。これはもしかしなくても?」
「実質的な貸し切り状態ですかね?」
「かもな」
やっちゃんとくらんは、脱いだ服を入れるための籠に自分の服を入れつつ、嬉しそうに言いあう。
その横でさくはいつも通りの様子で服を脱ぎ、ミスリィも普通に脱いで、服を籠に入れた。
「全員ええな?」
「では、行きましょう?」
話してテンションの上がったやっちゃんとくらんの言葉で、四人は脱衣所の奥へ進み、外の浴場に繋がる扉を開く。
「おお、やっぱええ感じやな!」
浴場に足を踏み入れ、まずやっちゃんが感嘆の声を上げた。
四人の前に広がっているのは木目調かつ円を描きながら続く床と、その間に盛り上がるようにして配置された五つの湯船だ。
どれも円形や丘型、筒形などバリエーションに飛んだ形状をしており、それでありながら入りやすいように足場は広く取られ、手すりも付いている。
デザイン性と機能性とが上手く共存する上手い構造である。
「…これが旅館のお風呂ですか。…初めてですね、こういうのは」
くらんは呟きながら辺りを見回す。
どの風呂も湯気を立ち上らせており、入れば大変気持ちがよさそうに見える。
さらに、予想通りに実質的貸し切り状態のため、どの風呂も入り放題の状態であった。
「…構造は[チェリーヘヴィエスト]にあったのと同じでも見た目でここまで雰囲気変わるものなんですね」
ちなみに。
この世界の現在の風呂は、できた経緯が特殊である。
[星系樹]の内部であるこの世界には、地熱もないため自然に湧く温泉などがない。そのため、温かい湯船につかるという発想自体が発生することがなく、風呂も元々は冷たい水をそのままに浴びたりするものであった(熱の発想は[陽華]から降り注ぐ光の暑さなどからあったものの)。
だが、今から半世紀と少し前の頃に状況は変わる。
すでに[付能]技術が普及して久しいその頃、ある屋敷に勤めていたリーフルが、パーティ用の料理に使用し、[付能]技術による温め器で温めた巨大な鍋をひっくり返したことがあった。
主にゆで作業に使われたその鍋には、ほどよく温まったままのお湯のみが残されて、そのリーフルはそれを頭から被ることになる。
そしてその際、彼はその温度感に気持ちよさを感じ、その後に同じことを試み、気持ちよい事を確信した。
さらには、被るのではなく泉で体を洗う時のように浸かればよいのではないか。そう考えたことで、ほどほどに温めたお湯を、元々収納用だった大きな木箱に注ぎ込み、そこに浸かることにしたのだ。
すると、これが予想外に快適であり、彼は何度もこそこそとお湯につかるのを繰り返した。それを、かなり有名な人物でもあった屋敷の主人に見つかって、白状させた内容を聞いた主人も試し、気に入って話を広めたことから、その影響力などから[星系樹]全体にその話が伝わっていったという。
さらに、[付能]技術が広まって時間が経っていたことから、話に聞くお湯の風呂というものを再現するのにそう手間はかからなかった。
結果、世界的にお湯の風呂は広がり、今くらん達の眼前にあるようなものが、普通となっていったのである。
「さて、体洗ってささっと湯船や」
「ですね」
「うん」
やっちゃんとくらんを先頭に、四人は湯船に入る下準備(体を洗う)を整える。
それを比較的短時間で終えた彼女らは、相も変わらず貸し切り状態の浴場をペタペタと歩く。
「じゃぁ、入りましょう、みなさん」
「うん」
笑って言うくらんにさくが頷いたところで、彼女らは一番大きな風呂に浸かる。
「ああ、ええわこれー。体に染み渡るぅ」
「おっさんくさい台詞を」
「やかましいわ」
「あう」
余計なことを言ったミスリィにデコピンを見舞うやっちゃんを見ながら、さくとくらんは湯船に肩までつかる。
定期的に床下の大型お温め器に水を通し、発熱させることで下から熱が伝わることで成り立つそれを、彼女らはじっくり楽しむ。
「…広いから、ですかね。それとも温度が高いからでしょうか。とにかくすっごく気持ちいです」
「確かに気持ちいい。関節がほぐれる感覚もするし」
くらんのライブ以来、久しぶりに笑みを浮かべながらさくはくらんに同意する。
「…いいですねぇ」
「うん…」
いつの間にか四人は誰も喋ることなく、風呂場の端に見える整えられた庭などを見つめつつ、風呂の熱に身を委ねていた。
それほどに、この風呂は気持ちが良かったのだった。
「…こういうの、ほんといいです」
疲れが取れ、心は安らぎ、穏やかになる。
静かで、落ち着いていて、先の食事とはまた違った充実した時間。
それにさく達は身を任せ、最大限楽しんでいた。
そうして平和な時間はゆったりと続く。
…そのはずだった。
「…やっとだ」
「?」
聞き覚えのない呟きを聞いたさくは顔を上げる。
気のせいか。お湯でふやけ気味になった頭が、ぼんやりとそんなことを考えさせた時であった。
「……ご対面だ!」
「!?」
叫び声と共に、何者かが浴場に飛び込んでくる。
「…ふふっ」
そんな笑いと共に、浴場の床に着地した者は、ゆっくりと立ち上がる。
そしてその男は。
「さぁ、来てもらうぞ」
体にタオルを巻いた状態で、さく達を見て、にやりと笑った。




