[第四章:星系道中ー3旅館休息]その1
[大道]の一角で、男は呟く。
「…多分、ミィジットは許可するはずだ。その方が、都合がいいからな。最高傑作のあいつがいれば、さらに安定してつくれる。…あいつにとっては、あまりよいことではないかもしれないが…」
それでも、と男は言う。
「…それでも、俺はあいつと一緒がいい。苦しさは俺ができるだけのことをしてなんとかしよう」
身勝手ではある。そう思いつつ彼は俯き、現状を嘆くように呟く。
「…あそこじゃなきゃ、な。戦うしかない、そうつくられたし、他に何もない俺は、生きられないからな…」
(…逃げたっていう他の奴らが見つかって、受け入れてくれるなら、まだ別だけど、な…)
男は、正直に言って嫌である現状に、そう思う。
「…それは、まぁいい。まずそんなことにはならん。それより考えるのは…」
言っていて、男の口角が自然と上がる。
「…あいつをどうやって、だな」
五年程前まで、彼と共にいた少女。ミスリィに話した通りに好きだと思える彼女のことを、男は想った。
▽―▽
『はっはっは!やっぱりか!やはりこの成功作たる僕の考えは正しかった!』
サクシドは高笑いしながら叫んだ。
『やっぱり成功作の僕が速すぎて追い抜いただけだったようだな!しかし、成功作の僕はそれをすぐに察し、こうして最強の[騎装樹]を用意したのさ!』
そう言うサクシドが乗り込んでいるのは、[重級]にしては大きい([スペリオ・テュポーン]と同程度)[騎装樹]、[シュート・コラプス]だ。
巨大な立方体に六足がついたそれは、拠点防衛・攻撃の際に使われる移動要塞のごとき砲撃特化の種類、[コラプス]系の[騎装樹]で、前面には大型の射出装置が多数取り付けられており、正面における攻撃力は十分以上である。
加えて耐久力も非常に高く、非常に鈍足で的が大きいために攻撃されやすいという弱点も、それによって相殺され、あまり問題ではなくなっている。
最強かどうかは微妙ではあるが、決して弱くはない。サクシドはそんな[騎装樹]に乗り込み、勝ち誇って言い続けているのだ。
なお、[大道]の一角で待ち構える彼に近づくのは勿論、[チェリーヘヴィエスト]である。
内部のモモナは、サクシドの言葉に返事をせず(しても大した意味はないと分かっていた)、[チェリーヘヴィエスト]の巨体を操作する。
それに応えた[神経茎]が[骨格樹]を駆動させ、四つの巨大な脚が[大道]の内壁を蹴り、まるで水きりで投げられた石のごとく、一気に道を突き進む。
『さぁ、今までは攻撃力不足、耐久不足の[騎装樹]のせいで、たまたま!まぐれで!本当に偶然の偶然で!お前らが勝っていたが、もはやそんなことはない!この[騎装樹]に乗った今、成功作の僕は無敵だ!一瞬で粉砕し、ガワだけ野郎もこの攻撃力と耐久力の前にひざまずかせてやるぅぅぅぅ!』
サクシドは何の返事もないのをいいことに完全に調子に乗り切り、目前に迫る[チェリーヘヴィエスト]に狙いを定める。
『さぁ、受けるがいい!』
どんどん距離が縮まる中、サクシドは自賛してことで最強に思える自分に酔いしれながら言い続ける。
『これは成功作の僕が与える、ガワだけ野郎たちへの裁き!の一撃だぁぁぁぁ!!!!』
そうして、サクシドは巨体を操作、合計十五の砲の引き金を引こうとして、
『え、あ、待て近…のわぁぁぁぁ!』
無駄な前口上の間に接近しきった[チェリーヘヴィエスト]の脚が、[シュート・コラプス]を思い切り蹴り上げる。
『なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?』
かなりの質量を持つ[シュート・コラプス]が軽々と宙を舞う。
重力のある環境ならばそうはいかないだろうが、ここは[大道]内であり、無重力環境だ。それによってその巨体は[種子]内などより動かされやすくなっている。
しかも、である。[チェリーヘヴィエスト]の脚部はその巨体を重力のあるところでも容易に支えられるほどの耐久力とパワーを持っている。そこに直進してきた分の速度が上乗せされれば、大きいと言っても[チェリーヘヴィエスト]の半分もない[シュート・コラプス]が、あっさり蹴り飛ばされるのは当然のことだと言えた。
『のわぁあぁぁぁあぁぁぁ!?』
情けない悲鳴を上げ乍ら飛ばされるサクシドは、最後の意地か、衝突の衝撃で砕ける[騎装樹]の操縦席から叫ぶ。
『こ、これで勝ったと思うなよぉぉぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉ!ガワだけ野郎どもぉぉおぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!』
そんな捨て台詞と共に、サクシドは[騎装樹]と共に[大道]の奥へ消えて行った。
『…。彼のノリも、あしらい方も、慣れたものとなりましたね…』
(…あまり、よいことには思わないけどね…)
そう内心で言いつつ、モモナは前を見る。
彼女の視線の先にある画面。そこには今までは全く見えなかったあるものが映っていた。
『ついに、ここまで来ましたね』
モモナはそう呟く。
そんな彼女が見る画面に映るのは、非常に巨大な穴である。
ぱっくりと開き、感覚的に下へ([大道]ひいては宇宙に絶対的な基準たる上下は、無重力故にない)、深く広がっているそれは、彼女らが[大道]に入る際に通ったものとよく似ている。
それも当然であろう。モモナ達の目の前にあるそれは、以前通った穴とその役割において同じもの、つまりは[種子]と[星系樹]を繋ぐ物であるからだ。
そして、ここにおけるそれは、目的地がある[第八種子]に繋がる入り口であった。
(明確に、終わりが見えてきたね…)
[緑彩地区]でやっちゃんらが買い物を終え、その地を出立して四日。
今しがたのサクシドの襲撃を除いて、彼女らは追手に襲われることもなく、順調に進んできた。
その結果、ついにここまで辿り着いたのである。
目の前にある穴を下りきれば、目的地まではそう遠くない。
この旅の終わりは、確実に見え始めていた。
(…くらんを護衛するのは、コンテスト会場までの話だった。だから、この日々はもうすぐ終わる)
モモナは思い返す。
くらんが来てからここまでの、三週間近く、何度か危機がありつつも、彼女と娘たちはそれなり以上に仲良くなり、笑いあって過ごしていた。
それを微笑ましく思い、同時に楽しそうであることに安心しながら、モモナは見守っていたわけだが、それが終わってしまうことに寂しさを感じる。
(…けれど、わたくしの都合で引き延ばすわけにはいかない。あくまで彼女たちの意思を尊重しなければ。そうすることがわたくしの義務なのだから)
罪悪感からそう考えるからこそ、モモナはくらんに行かないで、などと言うつもりはなかったし、この日々を引き延ばすため、意図して移動を遅くするようなことも、しようとは思わなかった。
基本的には予定通りに、くらんを守り、無事送り届ける。
モモナはそのつもりであった。
ただし、その間に必要に迫られたり、くらんや娘たちからの希望がなにかあれば、立ち止まってでもそれに応えようという考えもある。
だからこそ、モモナは四日前の出立時にやっちゃん達に言われたことを思い出す。
(旅館での休息、か)
モモナは一人微笑む。
[緑彩地区]を出る時、彼女はやっちゃんとくらんから、道中にある旅館のタダ券を手に入れたこと、そして折角だからそれに行きたい旨を伝えた。
それに対しモモナは、積極的な肯定の返答をし、旅の予定の中に旅館で一泊分休むことを組み込んだのである。
(わたくしは…ここから離れられないから楽しめないけど。でもあの子たちが楽しいならそれでいい)
さくとミスリィも行くことになったのに、自分だけはいけない。その事実に、モモナは残念がることはない。絶対にだ。
彼女にとっては、娘やくらんが幸せで、好きなことをできて、笑っていられるだけで十分なのである。
それ以上は望まないし、望むべきではないと思っている。
だから、ずっと水の中にいて、種の根として動けない自分の現状を変えることを望まないし、嘆くこともなかった。
(…なのにちょっと、くらんやさくの[騎装樹]をいじる時は興奮してしまったけど…)
などと、昔の感覚が抜けきらない面があった自分を思い出して恥じつつ、モモナは改めて前を見る。
『…さぁ。行きましょう』
外の様子を見ているさく達に呼びかけるように呟き、モモナは[チェリーヘヴィエスト]の脚を進める。
『もうすぐです。ここを抜けたら旅館も、コンテスト会場もすぐそことなります』
娘たちの喜ぶ声を、[騎装樹]内の収音器越しに聞き、モモナは笑い、同時に陰りのある表情も見せる。
(こうして、喜ばせて。それに嬉しくなって。…そんな自己満足。わたくしは…)
まるで自嘲するようにそう思いながら、モモナは娘たちに言う。
『それでは。[第八種子]へ行きましょう!』
『おー!』
やっちゃんを中心とした歓声と共に、[チェリーヘヴィエスト]は[第八種子]へ入り始める。
巨体が穴に身を躍らせ、ゆっくりと下に向かって下りていく。
その中でモモナは思う。
(後少し、後少し。だから無事に全てが上手くいってほしいものだけどね…)
彼女が作業している間にミスリィに接触した謎の男や、一度の襲撃後に全く姿を見せない真紅の[騎装樹]など、懸念事項は多い。
そしてなにより、サクシドの異様なまでのしつこさと、その背後にある者の存在。
その正体を、[レッドバレル]の残骸の中の歪な塊の存在などから察しているモモナは、不安を感じずにはいられない。
(もし、彼女らが目的地についても追ってくる…撒くことができないのなら。くらんを守るべきか…)
寂しさからこの日々を引き延ばす気はない。
だが目的地に着いたところで、そこは安全地帯ではない。くらんを脅かす者たちを完全に撒くか諦めさせることがこのままできないのなら、彼女は再び危険に晒されるだろう。
そのときは、どうするのか。
(そうなるなら…)
くらんの意思に反しない範囲で、守るための行動をしよう。
そう、ありうる可能性に対し、不安を抱えるモモナはあらかじめ決めておく。
(ここまで追ってくるのだから…そうなることも否定できないからね)
そう思って思考を打ち切ったモモナは、胸の不安の感情を奥へと封じ込める。
娘たちのことを想い、過剰に片足を突っ込んでいるほど優先して考えるモモナは、内心の不安を口に出したりすることは決してない。
だからこそ、彼女はただ明るく、丁寧に、元々の性格とは違うそれを自らに強い、演じる。
『まずは旅館での休息になります。今日中には付けると思いますので楽しみにお待ちください』
そう、笑顔を浮かべてモモナは言うのだった。
そうしてしばらくの後、彼女らはついに、[第八種子]内部の大地へ至る。
▽―▽
ある部屋で、男のリーフルが目の前の男に言う。
「では、そこならば見つからずに建設できると?」
「はい、間違いありません。二つ目の候補地が最も、です」
頷いて言う男に、聞いた男は頷き、不敵に笑う。
「ならば、すぐに始めよう」
「は!」
敬礼をし、言われた男は素早く退出していく。
そうして静かになった部屋で、残された男は呟く。
「…これで、強制移民の拠点ができる。計画通りに、あれらの[種子]を乗っ取る足掛かりとなる、な…」
偵察部隊が今退出したもの以外は全滅したのは多少残念ではあったが、計画はおおむね予定通りに順調に進んでいる。
そのことに、[第二種子]の男はニヤつかずにはいられなかった。
そうして[第二種子]の[第八種子]・[第九種子]周辺での計画は、着々と進む。
新たな争いの種が芽吹き始める。




