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[第三章:星系道中―2緑彩地区]その7

「…」

 くらんは動かないリーフル達を見る。

 やはり最初に見た時と、彼らの様子に変化はない。

 クラッカの想いを知ることもなく、知ることもできず、ただそこに存在している。

 そんな彼らを元気づけるのが、今くらんがやろうとしていることだ。

(できるなんて自信はありません。万が一歌を聞いて目が覚めたとしても、元気にまでなるかはわかりません。…いい結果が得られるかは、分かりません)

 それでも、クラッカのあの目を見たくらんはやる。

(そうしたいと思ったんですから。…ええ、やりたいと思ったんですから)

 だからこそ、くらんはやるのだ。

 今自分がやりたいと思うことを、彼女は実行する。

 顔を上げ、声をより響かせるための拡声器をしっかりと両手で握る。

 やる歌は決まっている。

 喉の調子も良好だ。

 場も簡易的なものとはいえ整っている。

 …後は彼女の意志一つで、小さなライブは始められる。

 故に、くらんは言う。

「…それでは」

 さくとカランの持つ照明に照らされる中、くらんは目の前の全てを視界に入れる。

 自分の歌を届ける相手全てを見て、彼女は宣言する。

「始めます」

 その一言と共に、初めてのライブをくらんは開始する。

「…」

 バックコーラスは、当然のことながらない。

 動かないリーフル達の体に何かを響かせ得るのは、その歌声一つだ。

 だからこそ、くらんはそれを完璧な状態で出そうとする。

「…」

 床に足を付けた体が、一定のテンポに沿って上下に揺れる。

 くらんの頭の中、そこに流れる前奏に彼女の体が、心が同調する。

 己の全てが、最初の一声のために研ぎ澄まされるのを感じる。

「…」

 初めて故の緊張もなくはない。

 だが、クラッカの思いを受け、自らの意思でこの手段を選び、この場に立ったくらんを邪魔することはない。

 むしろ、迂闊なことをしないよう、心と体を引き締めてくれる。

「…」

 そうして、体が、心が、意志が、感覚が、全てが望んだ最高の形になる。

 その瞬間、彼女は歌い出した。

「…ふと目を覚ますと」

 [明るい陽の下で]。そう名付けられた彼女だけの歌が、優し気な歌声と共に流れ出す。



 ふと目を覚ますと ふわりと 目を開けると



「と~…」

 以前ゆりの凶行を止めるため、勢いで歌った曲とは違う、ゆったりとして、柔らかで、優しい旋律。



 少し眩しい光が注ぎます 

 ここは陽の下 明るく 暖かい お日様の下

 私も みんなも 温まります



「すぅ…」

 包み込むような歌声と曲調に、さくが目を丸くする。



 あったかい きもちいい 

 輝くのは 光を受ける瑞々しい葉っぱたち



「…」

 さく達を出会う前から練習し、鍛えられ、磨かれた歌声にカランは驚く。



 暖かみと 緑の輝きに 私は包まれます



「…!」

 クラッカはくらんの歌声に魅了され、彼女が歌う様子に釘付けになる。



 ああ ここは明るい陽の下



 くらんはゆったりと、優しく、柔らかく、穏やかに歌う。

 そして、歌の一番は終わりに差し掛かる。

「私たちを…」



 私たちを照らす 微笑みの光の下



「下…」

 そうして、曲は一度終わりを迎えた。

「…ふぅ」

 心身を引き締めていた緊張から、くらんは一度息をつく。

 あまり喉に負担をかけるような歌ではなかったため、そこまで肉体的な疲労はない。

 ただ、ここまでらしい(・・・)場を整えての歌は初めてであったがゆえに、短時間であっても多少気疲れするところはあった。

(さて、一生懸命歌ってみましたけど、どうだったでしょうか…)

 そう思い、くらんは少し肩の力を抜く。それから、動かないリーフル達を見ようとした彼女に対し、いきなり拍手が送られた。

「…え?」

 拍手の音が聞こえた方を、くらんは見る。

 その視線の先には、照明の傍らにいるさくとカランの姿があった。

 前者は軽めに、後者は感心した様子で手を叩き、加えて言えば、相変わらず髪で買い物袋を覆うクラッカも、離れたところで同じようにしていた。

「えっと…」

 初めてのことに、くらんは戸惑う。

 そこに、拍手を止めてさくが言う。

「くらん、凄かった。…これが、くらんの本気の歌なんだ」

 さくは小さく笑みを浮かべて続ける。

「…あ、えっと。その…」

「…そういえば今までは、泣きながらのとか、鼻歌とか、勢いでのものとか、くらんが万全で、心からちゃんと歌っているところ、見たことなかった。…歌自体もよかったし、くらん自身も歌うのが上手くて凄い良かった」

「あ、その…」

「ほんとによかった」

「あ、ありがとうございます…」

 口数がそこまで多くないさくが正面切って、ここまでの言葉で褒め讃えてくれた。

 そのことに、嬉しさと変な気恥ずかしさのようなものが同時に湧いてきて、くらんは顔を赤くして悶える。

(そんなにさくが褒めてくれるなんて…嬉しいです)

 そうしていると、拍手の手を止めたカランもまた、称賛の言葉をくらんにかけてくる。

「…凄いな。多少上手いぐらいに思っていたが、くらん自身が提案するだけの上手さだった。正直、我は感服したぞ」

「…そう、ですかね?」

「ああ。凄かった。…どうやら、クラッカも同意見らしいがな」

 言って、拍手の音が響く中、カランはクラッカの方を見る。

 彼は既に拍手をやめてはいたが、カランの言葉に頷き、肯定の意思を示す。

 単純な反応ではあったが、逆にそのシンプルさが、くらんの歌が彼の心に響いたことを示しているようにも思えた。

「くらん、ほんとよかった」

「ああ」

「あはは…どうも、ありがとうございます」

 くらんは三人の反応に、照れながら笑って答えた。

「…後は、だな。これで誰かが起きたりでも、してくれればいいんだが」

「そう、ですね。それならいいんですけど」

 そう、カランとくらんが言ったところで、さくがふと言う。

「…そういえば、だけど。まだ拍手の音聞こえるけど。誰がやってるの?」

「…え?」

 言われて、くらんは気づく。

 そういえば先ほどから、さく、カラン、クラッカの三人は拍手をやめているのに、拍手の音が聞こえてくる。

 それも、遠くから聞こえるというものではなく、明らかにこの部屋の中でのものだ。

 四人は奇妙なそれに、それぞれ視線を動かす。

 …そして。

「あ」

「な」

「え」

「…すごかったよぉ」

 笑って手を叩く、小さなリーフルを見つけた。

『……』

 四人は、そのリーフルを見る。

 桃色の短い髪を持つ彼女は、無垢な表情で手を叩く。

 だが、その腕や横っ腹には植物の一部が生えている。まるで、その場にいる他の、冬虫夏草の如きリーフル達と同じような見た目を、その少女はしている。

「…えっと、これって」

「つまりは…」

「そういうことだな」

「…」

 四人は一度考えを整理するために顔を上にし、そして少女に視線を戻し、(クラッカを除いて)一斉に言った。

『起きてる!』

「へにゃ?」

 先ほどまで死んだように眠っていた少女は、四人の反応に首を傾げる。

「…どうしたの?私変なことしたぁ?…えっと、誰か知らないみんな」

 面識がないためか、呼び名に困った様子を見せて、少女は言う。

「…?」

 少女を除くその場の全員が、偶々起こってしまった事態に驚き、固まっている様子を見て、彼女は再度首を傾げる。

「…どうか、したのぉ?」

「…いや、な」

 数秒の後、場の空気を破ったのはカランだった。

 彼はやや心配げな表情で、少女に近づきつつ話しかける。

「…なぁ。お前、大丈夫なのか?」

「…私のこと?大丈夫だよぉ?」

「そうなのか?どこも、痛くはないか?搾り取られるような、感覚はないか?」

「?大丈夫だよぉ?私ぃ、元気いっぱいだもん。すっごくいい歌聞いて起きたからぁ」

「私の…」

 自分の歌がきっかけなのかとくらんが呟く中、少女は不思議そうに言い、腕を上げてアピールして見せる。

 それを見たカランは、急に表情を綻ばせる。

 そして、ぽつりと言った。

「よかった…。本当に…」

「カランさん…」

 くらんは彼の様子を見て呟く。

 たった一人、たった一人であるが少女はくらんの歌をきっかけに、偶然にも起きてくれた。

 そのことに、彼は心底安心し、嬉しがっているようであった。

「…」

 ふと、クラッカも少女の方へ近づく。

 そして、数歩分もない距離から彼女の様子をしばらく静かに見る。

「…?どうしたの?私は元気だよ?」

 カランと同じことを気にされていると思ったのか、少女はそう言う。

 クラッカはそれに、ゆっくりと頷く。

 その直後。

「うわぁ!?」

 いきなり、クラッカは少女に抱き着いた。

「な、なに?どうしたの?私が、どうか…」

 少女は混乱してクラッカに言う。

だが、言葉は途中で途切れる。

その理由は、彼の様子にあった。

「…泣い、てるの…?」

「…」

 クラッカはそれにこくりと頷く。

 それから嬉しそうに笑った。

(クラッカさん…)

 彼は言葉を発すことはできない。だが、言葉がなくても彼がどんな感情なのかはこの場の誰にでも簡単に、そしてすぐに伝わった。

 だからこそ、少女も何かあるのを察して、彼を抱きしめ返す。

「…わか、んないけどぉ…。でも、大丈夫、大丈夫だよ」

 事情は分からなくても、そうするべきだと思ったのだろうか。

 少女はしばらく、クラッカの気が済むまで、そうして抱きしめ続けた。

 くらんはそんな少女たちと、カランの様子を見て言う。

「…よかったです。一人とはいえ、こうして起きて、元気になって」

「…確かに。まさかの偶然だったけど。よかった」

 さくはくらんの言葉に頷く。

 それから二人は、しばらく他三人の様子を見つめ続けた。

 …そうして五分程度の時間が経ったとき、少女はクラッカが自主的に離れたのをきっかけに、くらんの方を見て言った。

「ねぇねぇ、お姉さん」

「…あ、はい、なんでしょうか?」

 急に話しかけられ、反応の遅れたくらんに、少女は近づく。

「…さっきの歌、凄かったよぉ」

「…ああ、はい。歌のことですか。そうですね、ありがとうございます。あちらの三人にも褒められて、嬉しかったです」

 くらんは笑って少女にそう言う。

 すると、少女は称賛するように手を叩く。

 と同時に、

「ねぇ、お姉さん。もっとぉ、歌ってくれない?」

「…はい?」

 急な提案に、くらんはきょとんとする。

「歌うって」

「うん。私、さっきの歌すごいすきぃ。あったかくて、ふわふわで、すっごいよかった。起きて言いたくなっちゃうくらい」

 少女は嬉しそうに続ける。

「だから、もっと聞きたい。私、もっとお姉さんのさっきの歌、聞きたいよぉ。ダメぇ?」

「あ、それは」

 少女の訴えかけにさくはどうしようかと考える。

(個人的にはやってもいいですけど…いったん終わったわけですし、どうしましょうか)

 とりあえずカランにどうしようか聞こう。

 そう思ってくらんが彼の方を向くと、

「…くらん。我からも頼む。ようやく目覚めることのできたこの子の願いだ。聞いてやってくれないか?」

「…」

 カランの言葉に、クラッカは頷く。

 加えてさくも、まぁいいんじゃないか、とでも言いたげに、やや軽く頷く。

(…みんないいって言ってる。…なら、一つですね)

 そう思ったくらんは、少女を見て言う。

「…分かりました。まだ一番しか歌っていなかったことですし。歌います…ライブ、続けます!」

「やったぁ!」

 少女は満面の笑みを浮かべ、両手を掲げる。

 くらんはそれに苦笑しつつ、拡声器を握り直す。

 さくとカランは、くらんの動きに合わせて照明の位置を調整し直す。

 クラッカは、そんな彼女らの様子を見守る。

「楽しみぃ」

 少女は聞きやすいように、くらんから少し離れたところに浮かぶ。

「…はい。そんなに楽しみにしてくれるなら、私、今まで以上に気持ちを込めてやります」

「あはは!」

 少女は嬉しそうに手を叩く。

 それに、初めてのファンのような彼女の存在を嬉しく思いつつ、くらんは言う。

「それでは…ライブ、再開です。…聞いてください、[明るい陽の下で]!」

 言って、くらんは先ほどの歌の続きを、歌い出す。

 


 背伸びをして ゆっくりと 起き上がると

 光で体がぽっかぽか



 くらんは今までと違い、嬉しい、明るい気持ちで歌を歌う。

 より優し気な旋律が流れる。



 ここは陽の下 綺麗に 注ぐ 光の泉

 私は みんなは 笑ってます



「ラ~…」

 歌は続く。



 きもちいい 幸せだ

 呟くのは 笑顔を浮かべる私達

 


「あはは!うまぁい!」

 少女が笑って手を叩く。


 

 元気で 明るく 私たちはいます

 ああ ここは明るい陽の下


(…ああ、私)

 歌う中、くらんはふと思う。

(こういうのがしたっかたんですね)



 私達みんな とても元気です



 くらんは歌い続けながら少女を見る。

 彼女は元気に笑っている。

 楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうで。

 そんな彼女の様子を見て、くらんは心が温かくなる。



 ぽかぽかで ふわふわで 

 明るい陽の下 私たちはいます

 


(私が歌姫を望んだのは、きっとこういうこと。好きな歌を歌って、誰かを明るくする。そういうことがしたかったから、私はやりたいと思ったんですね)

 くらんは自分のやりたいことが何故そうなのかを、今さらながらはっきりと掴む。

(きっとこれは、私の性格と同じ、反動。ないがしろにされたからこそ。あんな過去があったからこそ)

 だからこそ、自分は歌姫を望むのだ。

 そう結論付け、くらんは歌のラストを歌う。



 ここは陽の下

 明るく 優しく 微笑んでくれる お日様の下 



「した…」

 柔らかな声が、部屋にゆったりと広がり、消えていく。

 そうして、完全な静寂が訪れた後、

「よかったよぉ、お姉ちゃん!」

「はい!」

 くらんは、少女の笑顔に笑顔でそう答える。

 …それからもう少し歌った後、小さなライブは静かに終幕を迎えるのだった。



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